Sinful desire






毎日、強くなっておりますの。

お兄様。

どうしたら、良いのか解らない。

早く止めなければ・・・何時か、罪深くなる前に・・・。


煌びやかな衣装を纏う貴婦人とは対象的に、
その少女は、淡白な白いドレスを身に纏っていた。
レースを何重にもあしらったそれは、シンプルながらも、
少女の無垢なる美しさを引立たせ、誰もが我先にと彼女に声を掛けた。

少女の名前は、ディアーナ・エル・サークリッド。
クライン王国の第一王女であり、今日16歳の誕生日を迎えた所である。


疲れましたわ・・・・。


普段お転婆な事もあってか、ディアーナが社交界に出る事は滅多に無い。
しかし、16歳にもなって流石に知らぬ存ぜぬでは通らなくなってしまった。
寄り集る貴族相手に、教え込まれた営業スマイルを浮べながら、
兄が略毎日こんな事をしているのだと考えると、多少なりとも、普段の行いを反省してしまうディアーナであった。


お兄様・・・。


自然と視線は、人込みの中でも、見失う事の無い人物を追いかける。
誕生日だと言うのに、ディアーナは、今日まだ一言たりとも、兄と言葉を交わしていなかった。
仕方ないのだとは解っている。
生誕披露宴とは名ばかりで、これが政治の取引である事ぐらい、流石のディアーナにも解っていた。
先ほどから踊りの輪には加わらず、数人の貴族と真剣な面持ちで話している父と兄が、何よりの証拠。きっと、今ごろは嫁ぎ相手を吟味している所なのだろう。そのお陰で、皇太子目当てでやってきた貴族の令嬢たちも、兄を誘う事ができずにいる訳なのだが。


ディアーナは内心大きく溜息を吐いた。


早く終ってほしい。その一心で、名も知らぬ男に愛想を振り撒く。
滑稽な人形の様だと思った。


お兄様。

お兄様。


解っている。仕方が無い事だとは。
兄が、好きで自分を政務の道具に使う筈はない。

だけど、只どうしようもなく悲しくて。

誕生日など、来なければ良かった。
子供のままなら、何時までも兄の側に居られるのに。


「ディアーナ姫は、随分と皇太子殿下をお慕いしていらっしゃる様ですね。」

今まで胡乱だった周囲で、その台詞だけが、耳を貫き、ディアーナは現実に引き戻された様に ぎょっと目の前の人物を見上げた。

誰・・・でしたかしら??

今共に踊っているにも係らず、名前すら思い出せない。

「先ほどから、ずっと殿下を見ていらっしゃる。」

何を考えているのか解らない。痩せた長身の男は、そう言って笑みを浮べた。
それが、酷く不吉な物に思えて、ディアーナは、身を強張らせる。
が、直に王女としての立場を思い出し、賢明に笑顔を作った。

「ええ、大切なお兄様ですもの。当然ですわ。」
「お兄様・・・ですか。そうですね、あれほど才色兼備な方も珍しい。そんな方が、未だ奇跡的に独身とあれば、ご婦人の方々も、目の色の変える訳ですね。」
「・・・・っ・・・。」

顔色を変えてはならないと解っていても、ディアーナは、どうしても震えを抑える事ができなかった。
この得体の知れない男が、一体何を言いたいのか、謀略など微塵もしらない頭で考える。
知られている筈はない・・・笑わなければ・・・。

「・・・・少し、克己なされた方が良い。貴方の視線は、余りにあからさまだ。」
「!!」

どくりと心臓が大きく波を打つ。

どうして・・・・??

体の痙攣と共に、顔から血の気が引いて行く。

早く、離れなければ・・・・。

そんな思考とは裏腹に、体が、動かない。

お兄様・・・。


「失礼、ヴェルダイン公、妹を、少しお借りしたいのですが。」


幻かと思った。

聞きなれた声・・・尤も心を揺さぶる声が聞こえて、ディアーナは思わず涙腺が緩みそうになる。

お兄様・・・・。

何も言えずに、じっと凝視する事しかできないディアーナに微笑むと、セイリオスはそっと妹の手を取った。

「勿論、それでは、姫・・・又後ほど。」

意外にもあっさり身を引いた男に、僅かばかり驚きながらも、ディアーナは今日始めて近くで見るセイリオスの正装に、胸の高鳴りを感じていた。

「・・・・踊ろうか。ディアーナ。」

優しい兄の声に導かれるように、ディアーナが頷くと、セイリオスはゆったりと妹の手を引き、輪の中へ踊り出た。

お兄様・・・。

優しすぎる動作の一つ一つに、息が苦しくなる。
離れていても、近くにいても、どうしても切ない。

昔は、こんな事なかったのに・・・。

お兄様。

お兄様・・・・。

重ね合わせた手と、腰に当てられ手。
触れている部分はそれだけだと言う事が、酷くもどかしくて。

どうして、欲しいんですの・・・?私は。

考えるだけでも羞恥に己を消し去りたくなる。

あぁ・・・それでも・・・。

何を伝えたいのか、解らない。けれど、ディアーナは、苦しさを拭い去りたい一心で、自分と同じ彩色をした兄の瞳を見詰めた。其処にある、感情を、少しでも読み取りたくて。

お兄様。


お兄様・・・・。


「そんな瞳で・・・見るものじゃないよ・・・。ディアーナ。」


不意に、兄の瞳に、激情の欠片がちらついた気がして、
ディアーナは、それを確かめようとした。
だが、一足速く鳴り響いた拍手が、一時の夢の終わりを告げる。

妹の視線から逃げるように、作法通りの敬礼をし、身を翻した兄に、
ディアーナは不意に貫かれる様な胸の痛みを覚えた。

お兄様・・・・。

『そんな瞳で、見るものではないよ・・・ディアーナ。』

お兄様・・・・。

「ディアーナ姫、今度は、是非私と踊って下さい。」

「いいえ、是非私と!」

それでも、私は、お兄様しか・・・・。

「申し訳ありません・・・・私、気分が優れませんの・・・少し、席を外させて頂きますわ。」

見えなくなった兄を追いかけたくて、焦った声でそう言うと、ディアーナは、周囲が戸惑うのも構わず会場から逃げ出した。


汚れなき月が、黒い空に高々と空に浮かぶ。
ディアーナは、王宮庭園にやってきていた。
部屋に戻っては、女官が煩い。此処ならば、一人になれると思ったのだ。
そんなディアーナに、夜の庭園が、男女の情事に最適な場所であるなどと、想像がつく筈も無かった。


「あっ・・・いやっ・・・・」

不意に耳に届いた艶かしい声に、ぎくりとディアーナは足を止めた。
反射的に、慌てて木陰に身を潜める。

「んっ・・・はぁ・・ああん・・・・。」


淫らに喘ぐ女の声が、何を示しているのか、ディアーナには解らなかった。
只、頬がこれでもかと言う程に赤く紅潮し、心臓が、どくどく煩い。

な・・・なんですの・・・?

何が行われているのか、見てはならない気がして、必至に目を瞑る。
正体の掴めない恐怖に、身を震わせながら、ディアーナは、なんとかその場から逃げようと、身を奮い立たせた。だが、

パキリ

混乱の中で、音も絶てずに走り去るなどと言う芸当がディアーナにできる筈もなく。
踏み折られた小枝が、僅かな音を立る。
静寂の中でそれを聞き取るには、容易い事であった。

「っ、誰っ!?」

焦りと驚愕、そして怒りが混合した声が響く。
ディアーナは、もはやパニック寸前だった。

その時。

力強い手が、腕を掴んだ。
驚いて思わず声を上げそうになるディアーナの口を、もう一つの手が塞ぎ。

半ば誘拐するように、庭園から連れ去られて、
困惑に暴れようと思ったディアーナがそうしなかったのには理由があった。

間違える筈のない気配。
一番、安らぐのに、一番切なくさせる人。

「まったく・・・会場を抜け出して・・・あんな場所で何をしていたんだい?」

人気の無い場所に出て、ディアーナを解放したセイリオスは、咎める様にそう言った。

「お兄様・・・っ・・・ふぇぇぇぇ〜ん!!怖かったですの〜〜〜!!!」


兄の姿に、ほっとして、今まで我慢していた涙腺から涙が溢れ出す。
ディアーナはセイリオスの胸に顔を埋めて泣いた。


宮廷の庭で、あ・・あんなこと・・・あんな事をするなんて・・・

考えただけでも、顔から湯気が出そうである。

そんな妹の心境を理解してか、セイリオスは優しくディアーナの背中を撫で続けた。


「誕生日だと言うのに・・・泣いてばかりいたら駄目だよ。ディアーナ。」
「ぐすっ・・・はい、ですの。ごめんなさい・・・お兄様・・・。」


あやす様に、諭すように、何処までも優しい兄の声に、ディアーナは
小さく頷くと、涙で濡れた頬を上げた。

家臣から、良く似ていると言われる。兄の瞳は、何処までも深く、静かで。


私も、こんな瞳を・・・していますの・・・・?


お兄様・・・・


不意に、口付けを交わしていた男女が、脳裏を過ぎって。
消え入りたい程の羞恥心が身を焦がした。

私・・・・。

なんて、なんて浅ましい事を・・・・。

でも・・・・。

「お兄様・・・・私・・・・誕生日に、お兄様から、欲しいものがありますの・・・・。」
「なんだい・・・?」

漆黒の雲が、月を隠す。

 

 

「お兄様・・・・口付けを・・・・して下さいまし。」

 

 


月の光が、消えて。
冷たい静寂。
吐息だけが聞こえる空間で。


兄は、一体どんな顔をしているのだろうか?

どんな目で見ておりますの?お兄様・・・私を。


汚らわしい・・・淫乱な妹だと、


軽蔑なされます・・・・?


お兄様・・・・・・・。

切り取られた様な、黒い闇の世界で、
全てが、夢の様に思えた。
だから、言い出せたのかもしれない。
目が覚めたら、きっと、夢で、私は、ベットの中にいるんですわ。

狂気的に、そう思えた。


「仕方のない子だね・・・・・。」


溜息が聞こえた次の瞬間、唇に柔らかい感触が触れる。
ディアーナは、大きく瞳を見開いた。

お兄様・・・・今・・・・・

でも、何故だか、悲しい。どうして・・・・?

『仕方のない子だね・・・・・。』

兄の言葉が、脳裏に反響する。
只の、何時もの、わがままな妹の願いだと思われたのだ。
そうでなくても、
所詮、兄にとっては、それ以上になり得ない存在なのだと。
告知されたも同然。

あぁ・・・私・・・・・。


指先から、感覚が無くなって行く。
このまま、瞳を閉じたら、もう二度と、目を開く事もなく、楽になれるかしら・・・・?

そんな考えが、脳裏を過ぎった刹那だった。


「本当に・・・・仕方のない子だ。」


抑えつけたような兄の声が、酷く近くで聞こえたかと思った次の瞬間。
ディアーナは息を奪われていた。最初の、触れるだけの口付けとは違う、
深く、意識すらも奪い去るような口付け。接吻が、唇同士を合わせるだけだと
信じきっていたディアーナは、思いもよらなかった行為に、なすすべもなく
兄の衣を握り締めるだけだった。

「っ・・・・はぁ、はぁ・・・・。」

息もつけない口付けから解放されて、力なく崩れ落ちた妹の体を、
セイリオスはしっかりと抱きしめる。

「ディアーナ・・・。」
「お兄様・・・・。」

その時、兄の瞳を見て、ディアーナは、解ってしまった。
切なさと、苦しさと、


愛しい激情。


あぁ・・・・・お兄様・・・・・。


幸福と絶望。
どちらが勝っているのか、解らない。
只、濁流の様な思いが、心を押し流して行く。
ディアーナは泣くしかできなかった。
兄にしがみ付き、背中に回る腕に、痛い程力が込められるのを感じながら。

お兄様。

お兄様・・・・・。


愛しております・・・・。



END.......




ディアバースディー企画にとして、推薦委員会様にささげた品。(笑)
コンセプトは『抱いて下さいまし、お兄様』だった筈なんですけど、
流れで無理だったので諦めました。(お)
まぁ、何時もエロばかりなんで、たまには健全にっつー事で。<超爆>