初めて触れた時





あの頃よりも、背が伸びた。体も、大きくなった。
手の届かなかった本棚が、可笑しくなるほどにその背を縮め、
遠く果てしなく思えた歩道が、あっけない程に短い物だと知った。


貴方の手も、あの頃より随分小さく感じるようになったけれど。

貴方は、もうあの頃の様に、触れてはくれない。



大人になれば、全てが近くなると思ったけれど、
貴方と同じ視線で、同じ世界を見る事ができるのだと、思っていたけれど。


あの頃届かなくて、必至に伸ばした手に気付いてくれた貴方はもういない。
例え、直側に、触れられる位置に、あったとしても、
貴方はもう、私の寂しさに答えてはくれない。



貴方から沢山の物を学んだけれど、

どうして、それだけは教えてくれないの。


どんなに、訊ねても、教えてはくれないの。





季節は冬。星の娘候補となった年から、3年が過ぎていた。
ちらちらと、外には雪が降っている。
魔法院は、暖炉も効いていて暖かい筈なのに。
どうして、こんなにも寒いのだろう。


「アクア、お前まだ寝てないの?」
「ユニシス・・・・。先生、待ってるの。」

気遣わしげにやって来たユニシスに、アクアは虚ろな声で答えた。それを聞いた途端、 美麗な青年の顔が顰められる。あの頃よりもずっと男らしく成長した面持ちは、今では 多くの女性に追い求められる様になっていた。当の本人はちっとも喜ばしく思っていない様だが。

「おまえな・・・・先生、もう3日帰ってきてねーじゃん。毎日そうやって待ってたら体壊すぞ。今日帰ってくるなんて 言われてないんだから!ほら、部屋ん中入れ、風邪ひく。」

一番の理由は、男の増えた魔法院で、こんな夜分まで女子が・・・しかもアクアが一人で居るのは まずいと思ったからなのだが、それだけは伏せておいた。言った所でどうせ解ってはくれない。

「ううん・・・・先生に・・言いたいこと、あるから・・・。」

所が、アクアは頑なに頭を振る。頑固な所は相変わらずだ。

「言いたい事なんて、何時でも良いだろ!?お前、顔色良くないよ、戻れって。」
「いやよ・・・まってる・・・。」
「わがまま言うなっ!大人だろ!?」


思わず声を荒げると、アクアは唇を噛み締めて下を向いた。

「・・・・になんか、なりたくなかった。」
「え?」
「おとなになんか・・・なりたくなかった!!」
「お、おい、どうしたんだよ!?」

信じられない事に涙ぐんでいるアクアの憤慨の理由がつかめずに、ユニシスは おろおろしながら珍しく矛盾した我が侭を言う少女を宥めた。やはり、ヨハンの所為なのか・・・。 泣きじゃくる少女を見ていると、胡乱とした感情が心の中で渦巻く。それは、とてもでは無いが 綺麗な物じゃなくて、青年となった少年は、頭を振って己の思いを打ち消した。

「変じゃねーの?お前、やっぱり戻るぞ。ほら。」

なるべく優しく少女の手を引く。だが、予期していた抵抗はなく、 その変わりどさりと一気に体重が掛って、ユニシスは危うく転び掛けた。

「おい、アクア・・・・アクア!!」

青年の叫びは、もはや少女の耳には届かなかった。











体が重い・・・気持ちわるい。

扉の外からユニシスの声がする。怒ってるみたい。


ごめんね・・・ユニシス。


まどろみの中でそう思っていると、ガチャリと扉が開いた。
気配でそれが誰だか解る。
だから余計切なくて、アクアは瞼をきつく閉じていた。

「アクアさん・・・・・」

優しく呼ぶその声は、何日も待ち望んでいた物で。アクアは思わず零れそうになった 涙を必至で堪えた。

優しい、優しい、彼の声が。
けして、優しいだけではないと知っている。



間違いだらけだった、先生。
酷い先生。
駄目な、先生。




それでも、死ぬかもしれないと解っていても、あの時、抵抗できなかったのは。




ヨハンの手が、優しく髪を撫でて行く。






先生の手、暖かいわね。




優しい人の手は・・・冷たい。

じゃあ・・・つめたい人の手は、暖かいの?







ぽろりと、アクアの両目から涙が零れ落ちた。
ビクリと、驚いたヨハンの手が反射的に離れる。
誤魔化しきれなくなったアクアは、ゆっくりと瞳を開いた。


「せんせい・・・・。」
「アクアさん・・・・すみません、起こしてしまいましたか?大丈夫ですか?」

少し慌てたような、取り繕った声が、耳に届いた。

「せんせい・・・手、繋いで・・・?」

寒さに凍えて、震える手をゆっくりと布団から取り出す。 今なら、彼がそれを拒絶しない事を知っていた。

「仕方ないですね・・・今だけですよ。」

困った子供をあやすような声で言うと、ヨハンはそれでもやさしくアクアの手を包んだ。初めて触れた時と変わらぬ暖かさが、 指先から、全身に溶け出す。



せんせい・・・・せんせい。


優しい人の手は・・・冷たい。

じゃあ・・・つめたい人の手は、暖かいの?




それでも、




あの頃歩いた、高く冷たい町並みから、私を、助けてくれたのは。

この手だった。

迷子になったら、慌てて私を探しに来て。
孤独な人込みの中で、そっと抱き上げて。



「せんせい・・・・」



涙をぼろぼろ流しながら呼ぶアクアに、ヨハンが、困惑しながらも、ハンカチで涙を拭ってくれる。



せんせいに、ずっと、ずっと、触れて欲しかった。
せんせいに、触れていると、さびしくなかったの。


だから、彼が、研究に没頭して、離れてしまった時も、
間違いだと解っていながら、近くにいたかった。
抱き締めてくれる位置にいたかった。



「せんせい・・・・わたし・・・・ここ、でてくね。」

ヨハンの手がピタリと止まる。

「な・・・何故です?突然、どうしたのですか?」

困惑するヨハンに、アクアは重い体を懸命に起こして、彼の瞳を覗き込んだ。

「じゃあ、せんせいも・・・こたえて・・・」

頭が、痛い。ぼうっとしている。
だから、考える余地もなく、アクアは感情に流される侭に言葉を吐き出した。

「どうして・・・わたしに・・・触れてくれないの。どうして、だきしめて・・・・くれないの。」
「あ・・・アクアさんっ!そ、それはなんども言いました。貴方が大人になったからです。」
「大人になんて・・・好きでなったわけじゃ、ないもんっ・・!」
「アクアさん・・・・子供のような我が侭言わないで下さい。」

ヨハンの困惑しきった顔に、心が痛んだ。こんな我が侭、子供の頃ですら、言った事はない。だけど、どうしようもない寂しさに、 涙が止まらなかった。

「ごめんなさい・・・・せんせい・・・・。」

でも、寂しい。

とても、とても、寂しい。

大人になればなるほど、離れて行く。追いかけようとすればするほど、遠くなる。



せんせい・・・。


好き。



だから、これ以上、我が侭言って、嫌われる前に出て行くね。

そう言おうとして、アクアは口を開き掛けた。
その瞬間、ヨハンの表情が変わった気がして。
次の刹那、息を奪われていた。


「・・・・・っ・・・んっ」

キスをされているのだと、理解するまでに、数秒掛った。 開き掛けた唇から生温い何かが侵入し、口内を犯して行く。 未知の行動に、アクアはパニックに陥った。

「・・・・ふっ・・や・・・ぁ・・・」

やっと、僅かに息を吐く間が与えられたかと思うと、手早く眼鏡を 外したヨハンによって、更に深く口付けされる。僅かな抵抗とばかりに、 身をよじると、窘める様に、唇をやんわりと噛まれた。

「っ・・・はぁ・・・はぁ・・・せん・・・せい・・・」

やっと解放されても、長時間の翻弄に、アクアは、息も侭ならず。 只、涙に濡れた瞳でヨハンを見あげる事しかできなかった。

「私が・・・貴方に触れなかったのは・・・こういう事ですよ。アクアさん。」

困惑と恐怖を織り交ぜたアクアの表情に、何処か悲しげにヨハンが口を開く。

「貴方はもう大人になりました・・・女性としての魅力も、十分すぎる程です。」

そして、躊躇うように言う。

「私も・・・・男だと言う事を、忘れないで下さい。」

そう言ってからふわりとアクアの顔を撫で、すみませんでした・・・と謝罪をすると、 ヨハンは立ち上がって踵を返した。

「確かに・・・一人立ちするのも・・・良い考えだと思います・・・貴方なら、一人でラボを開いても、 やって行けるでしょう。」

そして、離れて行く背中を見詰めながら・・・・突如、アクアの身に、燃えるような怒りが 湧き上がった。






「先生の・・・・・・・・ばかっ!!!




バキャッ!!!!




熱で動く事も侭成らない(筈)の身から繰り出された回し蹴りが、見事なまでにヨハンのあばらに 直撃した。あっさり撃沈するヨハン。

「・・・・せくはら行為しといて・・・にげる気・・・?」

熱が退いてない体で動いた所為で、立ち上がれないアクアは、倒れたヨハンの上に 圧し掛かった侭言い放った。

「せ・・・せくはら!?」

さり気無くショックを受けるヨハン。

「じょうだんよ。・・・・せんせいなら・・・いいもの。」

そう言ってアクアはぽっと頬を赤らめた。

「・・・なによ。先生の・・・ばか・・・・。わたし、寂しかったよ。」
「先生が、はなれて・・・行っちゃうとおもって・・・さみしかったよ。」

だから、もっと、触れてて。


そう言って、ぎゅっとヨハンに抱きつく。

「あ、アクアさんっ!!!と、と取りあえずこの姿勢は不味いので!!はい、体制立て直して 頂きたいのですがっ!!」


幸せそうなアクアとは対照的に、ヨハンの声は哀れな程裏返っている。
彼の苦労は、まだまだ続きそうだった。







コメント:

何処の三流メロドラマだよこれっ!!!(爆死)
と、取りあえず、ヨハアクは堂々と恋する健気なアクアちゃんが書けて嬉しいです。(爆)個人的に ヨハアクは裏カプなので、(え)今回裏に行かない様に我慢するのが大変でした。(超爆)っつーか ヨハン×13歳アクアで裏が書きたくて仕方ないのですがっ!!誰か許可下さいっ!!(死んで来い)