Chapter6: 『 The only summer 』
夏休みが近づいて。
それなりに裕福な生徒ばかりが通う雪菜の学校では、この時期ともなると、一足先にバカンスへと飛びたってしまった者たちの所為で 教室は物の見事に抜け殻状態であった。

「まったく!最近ってばプールばっかりじゃないの!!期末終ったからってもうちょっと真面目に授業してほしいわ!!」

今回も期末でトップを取ったまどかは、すっからかんの教室で教える気にもならない教師陣の投げやりな連続プール授業の所為で 切れかかっていた。

「いやですわ。北斗さん、良いではありませんの。自由行動が増えて嬉しい限りですわ。」

周りに人がいるために、何時ものお嬢様口調に戻っている弥を無言でプールの奥底深く沈めながら、先ほどからプールの淵にすわり水と睨めっこをしている 雪菜に声を掛ける。

「どーしたのよ?雪菜、さっきからぼーっとして。」

言われてきょとんと雪菜は瞳を見開く。自分でも全く気付いていなかったが、そう言えばいくらか記憶がない気もする。が、取り合えず伝える手段もないので 心配をかけまいとフルフルと首を振った。
本当は夏休みの事を考えていたのだけど、今年は一緒に遊びに行こうと言ってくれている二人に、 乖吏に会えなくなるから寂しいとは言えなかった。尤も、弥にはそれなりに気付かれているかもしれないが。

(恭子ちゃんは、やっぱり自分から遊びに行くよね。)

恭子の場合、遊びに行くではなく、押し掛けか突入なのだが。。。。確かに積極的な彼女から考えれば当然の事だろう。今でも毎日サボりがちな乖吏のクラスに 態々殴りこみ。。。。基、尋ねていっている訳である。そしてその度に身代わり人形を立てている乖吏を 「忍者みたいです・て・きv」などと訳の解らない理由でますます惚れこんでいるらしい。まったくもって趣向の理解できない少女である。

(去年は、一度だけ。。。。会ってくれたよね。)

去年の思い出だというのに、それはとても遠くにあるようで。雪菜は胸が締め付けられるようだった。

けれど、本当に嬉しかったから。
例えそれが只の気まぐれでも。





「恥ずかしくねーのかよ!!兄さん!!」

雪菜が物思いに耽っている間、その日学校をさぼった乖吏は、デート中、待ち伏せたかのように出くわした義兄に、無理やり茶に付き合わされていた。しかも 甘党で有名な女性に人気のあるファンシーな喫茶店である。刺繍の施されたレースのテーブルクロス、紅いハート柄が散りばめられたピンクのカーテンに アンティーク調の可愛い木製の椅子と極めつけはむせ返る程に甘ったるい菓子の匂い。何もかもが乖吏の神経を逆撫でする要素を十分に含んでいる物ばかりだった。 が、今彼が女性の集中的な視線も構わずに放ったその台詞は、断じて兄の異形なる趣味に対してではない。

「あぁ、乖吏君。チョコレートパフェが倒れるっ!!」

この後に及んで女性にも負けない程に大量の菓子を目の前に並べている兄に、青筋がぴりぴりと立ち上がって行く。

「俺をそんな面倒くせぇー事につき合わすために、こんな気色悪ぃ喫茶店に男二人で来させた訳?」
「そんな事を気にしてるのかい?大丈夫だって、はたから見れば多分私は女に見えるから。心配要らないよ。」

何がだ何が!!っていうか自分で言うな!!!

恥ずかしげもなく危ない台詞を吐く目の前の男に、乖吏はぞぞぞっと背筋が寒くなるのを感じた。確かに宍道は女顔ではあるが、 それを全くマイナーには考えていないらしい。呆れるべきか尊敬するべきか困ったものである。

「頼むよ!!乖吏君!!君にしかできないんだよ!!!」
「だから自分で誘えって言ってるだろーが!大体俺は受験生なんだぞ?(一応)ハワイなんて行ってられるか!」

ともすれば土下座でもしかねない兄に、無償に腹が立って、乖吏は口調を荒げた。一ヶ月程前に、病院で雪菜と会って以来、彼女に一目ぼれしたらしい この兄は、今までずっとこの調子だった。院の看護婦の証言でも、日中あらぬ方向を見ていたり、ふとした事で急に紅くなったりと、 精神科医の癖に、逆に精神科に送り込まれかねない程に怪しいらしい。まったく。。。自分よりよっぽど年上の癖して、純情少年紛いの行動をやってのける兄に、乖吏は呆れると共に、言い様のない苛立ちを覚えていた。その彼が、今度は夏休みに雪菜をさそってハワイ旅行に行くなどと 無茶な事を言い出したのである。そして、自分はその付添い人。まったくもって冗談じゃない。

「何を言ってるんだい。乖吏君、此処にいたって受験勉強しないだろう?なっ!!頼むよ!!」

確かに、乖吏が態々夏休みを受験勉強に費やすなんてありえない。。。。。が、だからと言って自分に関係のない恋愛沙汰に巻き込まれるぐらいなら、 予備校などと称する物にでも行った方がましだ。

「大体、一目ぼれなんだろ?勘違いって事だってあるんじゃねーの?」

雪菜の何処に一目ぼれする程の魅力があるのか、乖吏にはまったくもって理解不能だった。そこまで魅力的な外見とは到底思えないし、 特別目立った所もない。平凡そのものな少女だと言うのに。。。

「いや!!!それは絶対にない!!!彼女は私の究極の理想なんだよ!!!」

あまりにもきっぱりと否定した宍道に、乖吏は返す言葉が見つからなく、仕方なしに冷めかけたコーヒーを啜った。
究極の理想などと良く恥ずかし気もなく言えるものだ。情けない。ある意味、この素直さは、雪菜と似ているかもしれないが。。。。。

似てる。。。。ねぇ。。。。

確かに、相性は良さそうだが、自分には関係ないと思った。面倒な事には関わりたくない。特に雪菜とこれ以上関わるのは嫌だったのだ。 嫌悪と言う訳ではなく。。。それは、正体の掴めない漠然とした不安。

「だから頼むよ!私が誘っても、絶対に警戒すると思うんだ。けど、あの子が信頼している君なら。。。。頼む!!私からの一生のお願いだ!!!」
「はぁ〜〜〜〜〜。。。。。。。。。。」

しつこくもまだ諦めずに頼み込んでくる兄に、乖吏は諦めにも似た溜息を漏らした。此処で引き受けねば、きっと一生ねちねち根に持つに違いない。 人情なんて気にした事はないけど、確かに義兄には随分と恩もある気がして。乖吏はげんなりと台詞を吐き捨てた。


「解った。。。。誘うだけだからな?断っても、俺は知らねーし、例え行く事になっても、俺はその後の面倒は一切見ないぞ?」
「ほっ本当かい!!!???恩に切るよ!!!」

年甲斐もなく、少年の様に喜ぶ目の前の男に、心底、こういう人種には勝てないと思った。
取り合えずはさっさとこの場違いにメルヘンな喫茶店を出よう。ファンシーなピンク柄を見ていると、 頭痛が更に頭痛を呼びそうだった。





ピピピ。。。。。ピ。。。ピ。。。。

適度に用件だけを伝えたメールを書き終え、乖吏の指は送信ボタンの上で止まった。了解はしたものの。。。。。いざとなると思う様にできない。 誘われる事の方が多いが、それでも数え切れないぐらい行っている行為が、此処まで戸惑われる理由。それは、雪菜が断る事はないと知っているから。
会えば、それはそれは嬉しそうに良いよっと笑うのだろう。
それが見たくなくて、メールと言う形を取ったのだが。。。。それでも、思い出すのは去年の夏。

気まぐれに、どうしているのかと思って、彼女が行きたいと行っていた海に連れて行った。
それだけの事。
けれど、僅かな星の輝きしか見えない真っ暗な海で、彼女のそれはそれは嬉しそうな笑顔を見た時、もう忘れていた罪悪感が、じわりと胸を支配したのだった。
何故かは解らないが、酷く悪い事をしてしまった気がして。
耐えられなかった。
イライラして、彼女の顔を見る事が暫くできなかった。

「何やってんだか。。。。」

少女一人誘うだけに、此処まで悩んでいる自分に自嘲しながらも、一度引き受けた事を取りやめる事はできず、乖吏は 決定ボタンを押した。そのまま、ソファーに倒れこむ。非常に疲れた気がする。。。。数分後に帰って来るだろうメールがNOである事を祈りながら、 乖離はまぶたを閉じた。

そしてその三分後。

−−−−−−-----うん。いいよ。弥ちゃんが、自家用飛行機で送ってくれるって。
                    楽しみだね。-------−−−−−−−−

返ってきたメールを読んで、乖吏は思いっきり項垂れた。只でさえ面倒な事だと言うのに、その上あの狂気的な友人まで着いてくるのだ。 実のところ、雪菜のメールを見て、激怒したまどかに面白そうだと思って弥が提案した事なのだが、そんな事はどうでも良い。
あぁ。。。面倒くさい。。。この上なく面倒くさい。。。
が、過ぎてしまった事をいくら嘆いても仕方が無い。
それに、面倒くさいと思いながらも、どこか付添い人の存在にほっとしている自分がいるのも確かだった。
取り合えず、鉄壁ガードに抹消されない様、後で宍道に忠告をしておこうと思いながら、乖吏は携帯をしまい込んだ。


投げられた一つの小石が作る波紋は、

想像以上に大きく広がる物だと、

その時は思ってもみなかった。



宍道にいちゃん純情だねぇ。。。。。男子高でしたからね。この方。もててたんだろうなぁ。。。(爆笑)

楽園にエントリーしております。この小説を読んでまぁ、許せる出来だわvと思った方は投票してやってください。人魚の歌で検索をすれば出て来る。。と思います。(爆)

<<...TOP...>><<...PREV...>><<...NEXT...>>        <<...HOME..>><<...RAKUEN...>>