Chapter4: 『 Sunny Girl 』
「よう、ナイト様。」
「……」

昼休み。席にて昼食を取っていた乖吏は(半ば無理やり)隣に座った友人の台詞に、露骨に嫌そうな視線を向けた。

「気色悪ぃ…なんだ?その呼び方は。」
「何いってるんだ。お姫様を守るナイトだろ?ははははは。」

笑いながらバンバンと乖吏の背中を叩く人物…守村 保一と彼は、幼い頃からの腐れ縁であった。 性分から敵(特に男)を作り易い乖吏の数少ない友人の一人ではあるが、過剰に饒舌な為、乖吏の関わりたくない人間リスト ベスト10に入っていたりする。何を隠そう、学園の噂の元は全てこいつから…と言われる程情報に敏感な人物なのだ。

「てめぇーの頭はもー少しマトモな事考えられねーのか?大体だれがお姫様だ、誰が。」
「いやだわ〜んv乖吏君ってば冷・た・いv雪菜ちゃんの事に決まってるじゃな〜いv」
離れろ。失せろ。消えろ。

気味の悪い猫撫で声を出し、近寄る友人に、乖吏は間一髪入れずに言い放った。マトモな行動を取っていれば、それなりに良い身なりなのだから、 彼女の一人や二人できように…何故この男は何時も変質者まがいな事ばかりするのか…自分の事は棚に上げて本気で訝しむ。

「…あいつはどー考えても姫じゃねーだろ。」

どちらかと言えば侍女が妥当なのではないか…格上げしすぎだ。と思いつつ言うと、ざざざっと保一が椅子を引き、まるで 衝撃の大告白とでも言いたげに、慄いた。が、その顔は明らかに楽しんでいるとしか思えない。

「一々大げさに反応するな!!」

ったくこいつは…

げんなりと、頭痛を覚え始めた乖吏に、にやにやと近寄ると、保一は全く反省する様子もなく、話を続けた。
疲れる…本気で疲れる。

「っとまぁ、冗談はおいといて、」

最初から言うな。と思う所だが、とりあえず我慢である。

「お前知らないの?雪菜ちゃん、かなり人気あるぜ?特に年上や先生から。去年の三年の支持率も凄かっただろ?」

知らない訳ではない。 現に去年の学園女子人気投票にて三位を獲得した雪菜から、戦利品の美容材一年分をどう始末したら良いのか相談された事も覚えている。 が、美人と言うでもなく、色気があると言う訳でもないのに、この人気は何処から来るのかが乖吏には全く理解できなかった。

「やっぱあの守ってオーラが人気の秘密だよな〜。」
「はぁ……なんだ。それは。」

もういい加減にしてくれ…というよりはなんでこんな話題しているんだ。と思いつつ、 しみじみと話す友人の姿に、大胆に溜息を吐いた彼は、保一が「お前もそれにやられたから、一緒に帰るなんてお飯事に付き合ってるんだろ。」と言いたげな視線を送っている事に気がつかなかった。

「またまた〜〜〜。惚けちゃって。」
「吊るすぞ。」
「……悪い悪い。雰囲気こう守りたくなるって言うか可愛いって言うか…C組の椚(くぬぎ)が保護委員会なんか作ってるらしいぜ?」

おいおいおい。

いくらなんでもやりすぎだろう。守ってオーラまでは百歩譲って納得してやっても良いが…保護委員会…あの狂人的親友二人を 持つ雪菜には必要ない気もするが…反対に抹消されない事を祈ると、乖吏が言おうとした刹那、バシーーーーーーーンと言う効果音とともに、 三年D組の扉が勢い良く開かれた。そして。

「浅葱先輩はいらっしゃいますかーーーーーーー??」

クラス中…基、学年中に響き渡りそうな程絶大な声で呼ばれる名前。
面白い程に沈黙した(沈黙させられた)教室の中で、いち早く我に帰ったのは保一だった。

「……このクラスで浅葱って言ったらお前しかいないよな?」

顔が笑ってんだよ。てめぇ。

「…他にいて欲しかったけどな。」

くつくつと笑い始める友人が、この上なく憎らしい。教室の中では逃げ場もなく、仕方なしに一体何の用なのかと乖吏が席を立つと、 これまた茶化すように保一の一言。

「告白か?罪作りだねぇ。」
「こんな教室のド真ん中でするか!バーカ。」

「先輩!!」

立ち上がった乖吏の姿に、パタパタと駆け寄る少女。上履きの色からどうやら一年生の様である。注目する気すらさらさらない乖吏は気付かなかったが、 ぱっちりとした瞳が愛らしい、可愛い少女だった。笑顔で駆け寄ってくる姿に目を奪われた者はきっと少なくない…が、美人には慣れている 乖吏がその時思った事といえば、近くにいるんだからボリュームを下げてくれ…だけだったりする。

「…何?」

明らかに迷惑がっている乖吏の声にも、まったく怯む様子はなく、少女はすぅっと息を吸った。反射的に耳を塞ぎかける乖吏。

「先輩、好きです!私と付き合って下さい!!」

予言の張本人である筈の保一でさえ、一瞬で固った。

変化を巻き起こす風は、思わぬ所でやってくる。





「良くそんな事ができた物よね。恥ずかしくないのかしら??乖吏君の迷惑も考えたらどうなの!?」

放課後、係りである音楽室の戸締りを終え、教室に戻ろうとした雪菜は、突然響いてきた声に、反動的に身を強張らせた。周りを見回して見るが、 誰もいる様子はない…気のせい…だと思うにはあまりにもはっきりと聞こえたし…雪菜はちょこんと首を傾げた。

「乖吏が、貴方みたいな小娘なんか相手にする筈ないじゃない!!何も知らないくせに、目障りなのよ!!」

びくん!!

そして今度は決定的に。 自分に言われた訳ではないのに、酷く心に突き刺さる台詞は、彼女自身何度となく言われた経験があった。朧げに状況を掴んできた雪菜は、声のする方へ 、校舎の裏へと恐る恐る近づいた。

(あの人は…たしか、カイチョーさん…)

そっと木陰に隠れて、様子を伺う雪菜の視界に、まっさきに入ってきたのは、見覚えのある長身の少女だった。かなり成熟した雰囲気を持つため、 女性と称する方が相応しいかもしれない。(この手の話には必ず登場しそうな)乖吏のファンクラブ会長である彼女には椚 美奈子と言う名が ちゃんとあるのだが、部員からは何時も会長と呼ばれている為、雪菜の記憶には残っていなかったらしい。乖吏が人の彼女にしか手を出さないと 解っていても、ファンクラブのメンバーは減る事はないようで、中には無理に彼氏を作ろうとする者もいるらしいが…あまり深くは説明しないでおこう。

(カイチョーさん、もうやめたと思ってたのに…)

一年前までは、雪菜も随分と呼び出しを頂いていたのだが…まどかと弥と友達になった頃から、それはぷっつりと止んでいた。良く言えば純真無垢、 悪く言えば、単純無知である雪菜は、素直に卒業した物だと信じていたのだが、実の所、まどかと弥が、口にすれば彼女に同情せずにはいられなくなる程の圧力をファンクラブに掛けた事は 言うまでもない。部員が一人、また一人と消えて行くホラーミステリーまがいの怪奇現象など序の口である。

(カイチョーさん、久しぶりだから力が入ってるのかなぁ…どうしよう。)

何処と無く的外れな事を考えながら、雪菜は、その場で動くに動けずにいた。出て行くべきか…余計な事はしないでおくべきか…人が何かをするには必ず 理由がある…両親の遺言でもあったそれを律儀に守っている雪菜としては、どちらか一方を止めるような真似は軽軽しくできないのだ。

「言いたい事はそれだけですか?」

怒っている様子もなく、怖がっている様子もない声がピシャリと空気を打った。
木陰でどうした物かと悩んでいた雪菜は、相手の少女…と思って間違いないであろう人物から放たれた言葉に 驚愕して、身を乗り出した。幸い、死角になっている様で、誰にも気付かれなかったが。ポニーテールの少女が、数人の女生徒に囲まれるようにして立っている。

「乖吏先輩の趣味は知ってます。私は、恥ずかしいなんて思いません。好きな人に好きって言って何が悪いんですか?大体、先輩方には関係ないじゃないですか。」

それは、群がる女性郡を、一瞬で閉口させるだけの力は持っていて。あまりに大胆かつ恐れを知らない物言いに、雪菜は、少女の面をまじまじと見詰めた。

なんて…力強い瞳。

「ファンクラブなんて影でこそこそして、一体何になるって言うんですか?たとえ嫌われても、あたしは浅葱先輩の瞳に映りたい。浅葱先輩にあたしの事を知ってもらいたいから。 言わなきゃ、先輩の中に、あたしは存在しないじゃない!!あたしは、何を言われようと、絶対に止めませんから!!」

鈍器で頭を殴られた気がした。
なんて真っ直ぐな瞳…一寸の揺るぎもない、強い意志。
雪菜は、息をするのも忘れて、その場に硬直しきった。どうして、此処まで素直に自分の気持ちを言い出す事ができるんだろう。一年生が入学してきて、 まだ間もないと言うのに、彼女の乖吏に対する思いは、自分よりも遥かに強い気がした。ショックと同時に、雪菜は目の前の少女を尊敬せずにはいられなかった。

まるで、お日様のような子ね。
すごいな…
…私…私は??

口に出していえないから…
そうやって何時も逃げる自分。

「…っ馬鹿にしないでよ!!!」

彼女とて、少女の台詞には強い衝撃を受けたに違いない。けれど、プライドの方が勝っていたと言うだけだ。 ヒュンと言う音と共に、力強く右手が振り下ろされる。

(あっ!!)

雪菜は咄嗟に飛び出て行った。右手の軌跡は、見事に空中を切って…

「っ!誰よ!?」

渾身の一撃を台無しにされ、何事かと忌々しげに標的を押し倒してその場に倒れこむ人物を睨みつけた…とたん、 さーーーーーーと彼女は青ざめた。

「みっ…三月さん!!??」

ファンクラブとして、尤も許せないと解っていても、手を出せない人物。 本人非力だと思っているだけに、地雷並のたち悪さを誇る、乖吏FCブラックリストナンバー1…そっと周りを見回してみれば、非情にも、他の部員は既に逃亡している。裏切り者ーーーーーー!!と 彼女が心で叫んだとしても無理ないと言うものだ。

「…っきょっ今日はこのくらいにしといてあげるわ!!痛い目に会いたくなければ今のうちに考えを改める事ね!!」

痛い目に会うのはどう考えても自分たちの方なのだろうが、それでも捨て台詞の一つでも残さなければ立場がない。恐ろしい物でも目のあたりにしたかの如く、 一目散に撤退して行くファンクラブのメンバーに、雪菜は怪訝そうに首をかしげた。こんなにも簡単に引き下がるとは、流石に思っていなかったのである。 が、当然、状況を予測していなかったのは、雪菜だけではない。

「すっ…すごい…先輩って何ものなんですか!!??」

何者なのかと聞かれても…制服に付いた砂を払い落としながら立ち上がった少女に、半ば感嘆にも似た眼差しを投げかけられ、雪菜は戸惑った。 けれど、どう答えようか…とあれこれ悩んでいるうちに、またもや口を開いたのは少女の方だった。

「あっ、すみません。自己紹介まだでした!!私、三田村 恭子って言います!助けていただいて、有難うございました!!!」

思わず、こちらも元気になってしまう様な笑顔だと思った。

敵意も好意も、此処まで素直に表す事ができるなんて…

「先輩〜〜〜?」

のん気にも暫く感慨してしまった雪菜は、少女の怪訝そうな呼びかけに、はたりと我に帰った。
いけないいけない…だが、困った事に何も執筆する物は持っていないし…

「雪菜!!」

絶妙のタイミングと言うべきか、最悪のタイミングと言うべきか。背後から聞こえて来た覚えのある声に、 雪菜は驚愕しつつも振り返った。間違える筈もなく、其処には乖吏がいたのだが…なんだかいたってご立腹な様だ。

「お前が中々戻ってこねーとか言って、護衛隊が散策始めてるぞ?ったく鍵閉めるだけに何時までかかって…げっ!!!!」

護衛隊とは言わずとも、まどかと弥の事なのだろうが…それよりも雪菜の背後に立つ人物に気がついて、乖吏は咄嗟に身を翻した。 彼にしてはあまりの動揺ぶりに雪菜は思わず瞳を見開く。何事かと思っている矢先、大人しくしていた筈の少女が、まさに俊足の速さで 駆け出すと、乖吏の袖をガシリと掴んだ。

先輩〜〜〜〜vvvv
「離れろ!!なんでお前が此処にいるんだ!!」

激しい勢いで全身に鳥肌を立たせる乖吏に、心底嫌そうに怒鳴られても、まったく怯まない少女。それどころか、いっそう嬉しそうにしがみ付く。

「お前、じゃないですよぅ。恭子って呼んで下さい〜v」
「てめぇーは人の話を聞け!!!」
「むーーー。酷いです!!えーっと…三月…先輩の事は名前で呼んだじゃないですか!」

二人の掛け合いをあっけに取られて観ていた雪菜は、ささっと、腕を持ち上げられ、胸元の名札をさりげなく恭子に読まれるまで、 状況からすっかりと疎外されていた。

「こいつは特別。あのなぁ…俺、しっかり断っただろ?しつこい女は嫌いだ!」

特別…と言う言葉にぽぽぽぽっと頬を染める雪菜。可愛い…可愛いが、そんな事をしている時と場合ではない。乖吏の台詞に、恭子が目の色を変えて 雪菜を見詰めた。それはもうじっと頭のてっぺんからつま先まで見定めるようにしっかりと。そして一言。

「私、諦めません!!たとえ、雪菜先輩が乖吏先輩と付き合っていようと、私、乖吏先輩を振り向かせる自信あります!!」

(つっ付き合って…(ぽぽぽ))
(だからその自信は何処から来るんだ!!)

二人の心の嘆きを他所に、恭子は力一杯拳を握り締めた。これは、何を言っても無駄であろう。乖吏の忍耐はそろそろ限界に近づきつつあった。

くいくい。

そんな中、雪菜が恐る恐る乖吏の裾を引っ張る。どうやら彼の不機嫌オーラに気がついたらしく、瞳が怒らないでと訴えている。が、恭子はそんな彼女の の行動を見て、怪訝そうに、そして不機嫌そうに口を開いた。

「三月先輩、言いたい事があるならはっきり言って下さい!!」

挨拶しても返事なし、しかも目の前でアイコンタクトの様なもの(少なくとも恭子にはそう見えた)をとられれば、嫌悪感を感じるのも当然だろう。 が、言い訳を…と慌てる雪菜を静止したのは乖吏だった。

「こいつは喋れねーんだよ。」

しばしの沈黙…

「ええ!!!そうなんですか!!!??ごっごめんなさい!!」

余りにも予想していなかった事だったのか、彼女は一瞬素っ頓狂な声を上げ、次の瞬間、それは気が抜ける程素直に謝った。

思い込みが激しくて、自己中心的で…でも、明るくて、素直な恭子。

雪菜は、自分の持たない物をいとも簡単に所持する目の前の少女に、たちどころに惹かれていくのを感じた。でも、それは何処か恐怖感も覚える感動で。

「それじゃあ、三月先輩は浅葱先輩と一緒に帰ってるんですね?何時も。」
こくこく。
「俺が学校来てる時だけだけどな。」

一瞬…それは、本当に一瞬だけ恭子の目の色が変わった。

「三月先輩、あたし、助けてもらっちゃってなんてお礼を言ったら良いか解りません!是非、友達になって下さい!!」
こくり…???
「それじゃあ、さっそく一緒に帰りましょうー。これから毎日。
(はい?)
「おいちょっと待て!!!」

ぎょっとして止めに入る乖吏をさり気無く、優雅に無視し…

「友達なのに、一緒に帰らないなんて絶対変ですよ!!乖吏先輩のお近くなんでしょう??なら、私の家の近くでもありますから!!」
「てめぇーがなんで俺の家知ってんだよ!!」

確か、一週間程前、学校のコンピューターにウィルスが侵入したと言う噂があったが…

ね!?
(はっはい!!)

迫力に思わずこくりと頷いてしまった雪菜に、乖吏はそれはそれは盛大に溜息を吐いた。
それじゃあ、もうコイツの面倒は任せるから…と言いかけて、ひるむ。雪菜がそれはそれは切なそうに瞳を曇らせたからだ。 今日は厄日かもしれない…そろそろストレスのたまり過ぎで、神経性胃炎になりかねない乖吏に、多少は同情をしてやっても良いだろう。

「やった!!!決まりですね。宜しくお願いしますね!!先輩…方v」

思い込みが激しくて、自己中心的で、明るくて、素直で…


そして、恭子は非常に打算的だった。

高校生にもなって一緒に帰る帰らないなどとお飯事やるこいつらオカシイデスヨ。(自爆)
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