Chapter26: 『 So long 』



時が過ぎるのは速い物で、なんだかんだ言って2週間余りが過ぎようとしていた。 故巳には、あれから一度も会う事なく、卒業式は既に眼と鼻の先に迫っている。 悩む事はいやになる程あるが、雪菜は迷っていた。

卒業式が終れば、乖吏とは会わなくなる。
長がいようで短かった2年間の思い出に、終止符が打たれるのだ。
彼はどう思っているのだろうか?少しでも寂しいと思ってくれたら嬉しいのだけれど。。。そこまで考えて雪菜は小さくため息ついた。恭子の様にはっきりと好きだって言えたら良いのに。。。言わなくても別れが来てしまうのだったら、当って砕けた方がまだマシだ。けれど、考えるだけでも、頭が真っ白になって顔が一気に熱ってしまうのに、行動に移したらどうなってしまうのだろうか。それに、告白するならなら、絶対に言葉が良い。たった一言だけで良いから、思いの全てを込めて声で伝えたい。

それは、不可能よりも不可能に近い願いに思えた。

そして、迷っている事はもう一つ。
故巳の告白を聞いてから密かに考えていた事。。。。

(本家に。。。戻ろうかな。。。)

自ら利用されようとしているのは解っているし、これは間違っているのかもしれない。 けれど、あの時、途方にくれた故巳の表情を見た時、苦しくてどうしようもなかったから。

助けてあげたいと思うのは、傲慢な自分の願い。


必要だって言ってくれたから。。。。


本当は、決意はもう決まっているのだけれど、行動に移すタイミングを、雪菜は掴めずにいた。





「なんだ、もうギブアップ?」

暗い部屋で黙々と荷造りをする青年に向かって女は言い放った。 挑発と、悦楽を含んだ声に、青年は殺気すら含んだ視線を返す。女は怯む所か ますます愉快そうに笑った。

「良く言うよ。。。雪菜にあの記事見せたの、アンタだろう?」
「あら、何を根拠に?」
「根拠なんてないけど、外れてもいないだろう?」

肯定する代わりに、女が再び笑う。青年は、無視するように荷造りを続けた。

「明日発つつもり?卒業式は出なさいよ。」
「出なくても卒業できる。」
「ふふふ。。。せっかちね、アンタが帰ったら収入0よ?」
「誰のせいだと思ってるんだ?」
「あら?私の所為だって言いたいの?」

態と非難めいた声を出す女のそれは、明らかに演技で。その余裕の理由を知らぬ青年は、戸惑いと、屈辱に顔を顰めた。

「まぁ。。。。。。あと3日待ちなさい。卒業式までね。必ず来るわ、あの子は。」
「何を寝ぼけた事を。。。幾ら雪菜でも、利用されると解ってて着いて来る訳ないだろう?」

しかも、情けすらかける気が起きないくらい、自分は彼女を傷つけた筈だ。 何より彼女に同情されるのは嫌で。。。。

「あら?でも、利用される人間よりも、利用される価値すらない人間の方が悲しいと思わない?」

くすくすっと知美は笑って、部屋のドアを閉めた。残された故巳は、なんとも得体の知れない胸の重さにその場に座り込む。女が身を翻した時、生き物のごとくなびいた漆黒の髪が、何時までも脳裏に張り付いて、故巳は逆らえない事を確信した。





「もういい加減にしねぇ?センセ。俺、もう呼び出し食らう理由ないと思うけど?」

うんざりと半ば怒りを含んだ声で乖吏は告げた。

「あら、失礼ね。私、男性に此処まで冷たくされたの初めてだわ。」

技とらしく肩をすくめる仮にも先生である女に、乖吏は臆する事なく毒づく。

「アンタ、ばれたら教員免許剥奪だろ?」
「あら、平気よ。これ、私の本業じゃないし。貴方、他の先生からの信用全くないみたいだし?」

ほほほほほっと可笑しそうに笑う知美は、明らかに尋常な女性には思えなかった。彼女の本職を聞くのが、この上なく怖い所である。

「。。。まぁ、良いさ。アンタを告発するつもりもねぇし。とにかく雪菜に近づくな。俺はアンタに係わるつもりはない。」

そう言って立ち上がろうとした乖吏を、強引に知美が引き止めた。はっきり言って女に迫られるのは好きじゃない。乖吏は露骨に顔しかめた。

「あらあら、怖い顔。今回は私も難題だったな。来る者は拒むが、去るものは追わず?。。。厄介なプレイボーイを好きになった物よねぇ。雪菜も。」

しつこい様だが、仮にも教師であるはずの目の前の女性は妖艶な唇で微笑んだ。やたらと 長い髪が体に纏わりつく。蛇の様だと思った。振り払う事も可能なのだが、やはり悲しいかな、どれ程慣れても男の性。雪菜とは比べ物にならない程の福与かな肉体を嫌なほどまでに密着させられてしまうと、なんと言うか。。。やはりできないのである。

「プライド傷つくなぁ。。。データじゃ、私、貴方の好みクリアーしてると思ったんだけど。」

なんのデータだとは、もはやこの際突っ込まないとして、答えを求めるでもなく話続ける知美に乖吏は違和感を感じていた。まるで。。。。

刹那、知美の瞳が廊下に向けられた気がして。乖吏がその視線を追おうとするより早く、 知美は首に腕を伸ばして彼の唇に自らのそれを重ねた。一瞬だけ驚いた乖吏だが、大して翻弄する様子もなく、可也慣れてるな。。。などと脳裏で判断する。やがて気が済んだのか、自分から離れると、知美は真赤な唇を歪めて微笑んだ。

「余裕ねぇ。。。。ショックだけど、流石。。。かな?」

何処となく満足したようなその顔に、乖吏はなんとなく悪寒を感じた。

「まぁ、いいわ。これで最後だもの。卒業式終ったら、私も任期終るし。さようなら。浅葱君。」

最後の二言だけ、教師の声で皮肉げに言い放つと、知美は身を翻してドアに手を掛けた。そして、廊下に出る間際に、一度だけ振り向く。

「あぁ。。。そう、忘れてた。私ね、負けるのが何より嫌いなの。」

鮮やかな笑顔でそう言い放ち、知美はその場から消えた。





パタパタパタパタ。。。。。人気の無い裏庭に、聞きなれない足音が響く。 不必要に急いでいるようなそれは、校舎の角を曲がった途端力なく止んだ。

「。。。。。。っ。。。。」

哀咽を我慢する必要がない事をあり難く思うなんて、なんて皮肉なのだろう。 泣きながら走ってきた所為で、苦しさに呼吸すら困難だった。ガクガク震える足を無理に立たせる必要もなくなると、雪菜はずるずるとその場に座り込んだ。
ばれずに逃げてこられただろうか。。。。
取り合えず一番最初に胸を過ぎったのはそれだけ。職員室に呼ばれて、無断欠席について注意されるのだろうと思っていた。それなのに、窓越しに乖吏と知美のキスシーンを目撃してしまい、反射的に逃げ出してしまったのである。ドラマでもないのに、どうしてこうもタイミングが悪いのだろうか。。。。。

ぼろぼろと流れ落ちる涙を隠すように、雪菜は顔を両手で覆って泣き伏した。
乖吏が、最近めっきり音沙汰無かった為に植え付けられた免疫が消えかかっている所為なのかもしれない。だが、悲嘆の原因は、それだけではなかった。

(どうして。。。酷いなんて思うの。。。。?)

彼の行動は彼の自由で、自分が言える事は何もない。そう言い聞かせて、一度も疑いはしなかった。それなのに、残酷な程自然に唇を重ねる二人の姿を見た時、雪菜は、誤魔化せない程の怒りを感じたのだ。
悲しみとはまるで違う、黒々としたそれは、あまりに馴染みの無い物で。何故そう思ってしまうのか、自分でも解らなかったけれど、そんな感情は酷く理不尽に思えて、雪菜は自己嫌悪に陥った。

脳裏を過ぎるのは、決して優しくないキスと、抱き締めてくれた腕の暖かさ。そしてそれを掻き消すかの様に、過去の美しい女性たちの微笑みが流れ、知美の口付けがフラッシュバックする。その度に、涙が自分の物ではないかの様に止め処なく溢れた。

最初から、解っていたのに。。。。。。
側にいるだけで良かった。時々見せてくれる僅かな笑顔だけで、たまらなく幸せになれた。 一緒に居たかった。乖吏は、自分がどれほど彼を必要としているか解っていたのだろう、 依存されるのは嫌いな筈なのに、拒絶されなかったのは、彼の優しさだと思った。

それでも、どうしようもなく悲しいのは、やはり特別な一人になりたかったから。。。。。?

夜空の星にすら捧げた事はなかった願いだけど、
結局、心の何処かで、ずっとそう思っていた事を気付かされて、
雪菜は戸惑いと罪悪感と、それを上回る絶望に支配された。

私の事、忘れないで。
他の人、みないで。
必要だって言って。。。。。


好きに。。。。。なって。。。。。。

途方もない願いが、後から後から湧き上がる。
決して適わない、身勝手な願いは、自己嫌悪へと姿を変えるしかなかった。

(。。。。。帰ろ。。。。。)

こんな酷い心理状態と泣きはらした顔で、誰かに会う訳には行かない。

「また泣いてんの?」

立ち上がろうとして両手で涙を拭った雪菜は、今一番会いたくない人物の声に一瞬にして石化した。ピシリと小気味の良い効果音まで聞こえてきそうな勢いである。なんでこんな所にと辛うじて後ずさりながらも尋ねた雪菜に、そこにいた乖吏は表情を変える事なく平然と 言い放った。

「他の奴に聞いたんだよ。しかし、ホント良く泣くよな、お前。今度はどうしたんだ?」

あまり答えになってない様な気もするが、ぽんぽんと頭を撫でられ、まるで子供をあやす様に抱き締められる。結局、彼にとってお子様以外の何物でもないのだと再認識してしまい、雪菜は又もや悲しくなった。それにも係わらず真赤になってしまう自分がとてつもなく恥かしい。。。。まさしく悪循環である。

「ほら、帰ろうぜ。」

まるで何事もなかったように促されて、少し悔しく思いながらも、雪菜はこくりと頷くしかなかった。
実際、彼にとってはなんて事ないのだろう。。。

(私は、全然平気じゃないのに。。。)





何時もと同じ帰り道。乖吏はやはり何時もと変わらず、少し離れた前を歩いている。 彼の歩調は速く、雪菜にはとても着いて行けないように見えるが、ある程度離れると、何故だか全て把握している様に、振り向いて待ってくれた。
行動自体は非常に感動的なのかもしれない。。。が、その表情はあからさまに苛ただしげである。

(。。。。。ご、ごめん。。。)
申し訳なさそうに雪菜はその度小走りで駆け寄る。

「悪くもないのに謝んな。」

まだ、謝った訳じゃないのだけれど。。。

「内心で謝ってもダメ。」
(うっ。。。。)

心を読まれてしまい、雪菜はぽっと顔を赤らめた。
何時もと変わらない帰り道。そういえば、騒がしい後輩がいた時期もあった気がするが、 何時の間にやら消えたのだろうか。。。まぁ、それは深く追求しない事にしよう。 別れがギリギリに迫っても、少しも変わらない態度が、何故か心に酷く突き刺さる。彼にとって、百万のキスの一つなんて、きっと心の片隅にも残っていないのだろう。 こっちは、日々思い出しては心穏やかでないと言うのに。。。

「。。。。雪菜。」

急に呼ばれて、雪菜はきょとんと彼を見上げた。気がつけば、何時の間にやら分かれ道まで来ていて、自分でもびっくりする。

(あっ、うん、解った。ばいばい。)

何時もの様にぺこりとお辞儀して、踵を返した雪菜は、急に手首を掴まれて、驚いて振り返った。

(。。。。なぁに?)

だが、聞いても、乖吏はむっつりと黙り込んだままで。普段歯に衣を着せない物言いをする彼なだけに、雪菜はますます戸惑いを深めた。

「。。。。。。っ。。。なんでもねーよ。じゃーな。」

どうしたら良いのか解らず黙って台詞の続きを待っていた雪菜は、急に機嫌の悪くなった乖吏に訳が解らずおろおろした。

(ま。。。待って!!。。。どうしたの?)

呼び止めておいて失礼かつ勝手な行動を取っているのは明らかに彼の方なのだが、雪菜は乖吏の裾を慌てて掴むと、泣きそうな表情でその瞳を覗き込んだ。
その途端、彼の瞳の色が変わった気がして、
本能的に後ずさった雪菜だが、一足遅く、がっしりと後頭部を拘束されたかと思った次の瞬間には、深く口付けされていた。
思考が一瞬にして真っ白になる。もはや、白昼堂々とキスされて、誰かに見られたらどうしようなどと言う平静な思考力は微塵もなく、乖吏の気が済むまで雪菜は良い様に翻弄されるしかなかった。

(な。。。。。なんで。。。。)

やっと解放されて、ふらふらと落着かない足取りで彼から離れる。
。。。一体何か悪い事をしたのだろうかと、方向性の間違った心配をしながら、 雪菜は視界がみるみる歪んで行くのを感じた。つい先程まで泣いていたと言うのに、涙は 尽きる事なくぼろぼろ零れた。

(ひどいよ。。。。)

どうして、そうやって平然とキスなんてするのだろうか。
自分の気持ちを知っていて彼はこんな事をするのだろうか。友人にだって話した事はないのに、何時の間にやら気付かれていたのだ。こういう事には異様に鋭い乖吏にばれない方がおかしい気がする。


だけど、


気付かない振りをするつもりなら、
何故、気を持たせるような事するの。

「雪菜。。。」

僅かに戸惑ったような声と共に、また腕に包まれそうになって、
反射的に雪菜は思いっきりそれを振り払った。

気が向いたら突き放すくせに。。。。
私は、平気でいられないのに。。。


近いようで、遠かった、あの頃の方が良かった。




「。。。っ。。。。ぃ。。。」

「え!?」

聞こえる筈のない微弱な音が、その小さな唇から放たれた気がして、尋ねた乖吏は次の瞬間思いっきり耳を劈かれる事となった。


『大っ嫌い!!!!!』



自分の一生において、あれ以上衝撃的な出来事はないと、後に彼は語る。
くるりと踵を返したその姿が、ぱたぱたと丘を駆け上がり、すっかりと消え去って。乖吏が我に戻ったのはその3分も後の事だった。



5回最後まで書いて書き直しましたこの章。何言いたいのかわかんないヨアタシ(爆汗)

楽園にエントリーしております。この小説を読んでまぁ、許せる出来だわvと思った方は投票してやってください。人魚の歌で検索をすれば出て来る。。と思います。(爆)<2002年でお願いしますー。

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