Chapter24: 『 真実とは 』



ごめんね、ちょっと、具合悪くって。月曜日は、ちゃんと学校行くよ。―――――――
既に十何枚と溜まっているまどかからのメールに、返信をし終えて、雪菜は携帯を切った。 嘘を吐くのは忍びないけれど、理由を話せば、まどかが烈火の如く怒り出すに違いないと考えると、言えなかった。乖吏に迷惑を掛ける訳には行かない。

(悪いのは、私なんだもん。。。。)

この状況でまだ自分が悪いと思うなど、もはや良識人を超えて一種の病気に近いかもしれないが、相変わらず何処までも献身的な雪菜は、何度と零れた涙を手の甲で拭った。
本当は、一日で立ち直って学校に行くつもりだったのだ。長期の休暇は、いかにも同情を 誘っているようで、良くない。。。そう思ったのだけれど、いざ家を出ると、人と会う度に、あの言葉が脳裏に蘇って、怖くて逃げ帰って来てしまうのである。
鬱陶しいと思われているのかもしれない。
遅鈍な上に、言葉すら喋れない。。。。
考えればそれは当然の事の様に思えた。なにしろ、血の繋がった親戚すら、そういう目で 見るのだ、赤の他人とあれば、更に耐えがたい事に違いない。

(どうして。。。話せないのかなぁ。。。)

息を吸って。。。吐いてみるものの、声らしき物は愚か、音すら出てこない。 雪菜は行き場を無くした子供の様な顔で小さく溜息を吐いた。うっとおしいと言われたのはこれで二度目。彼にとってはなんでもない一言なのかもしれない。只、それだけで過剰の衝撃を受けている自分がおかしいのかもしれない。 けれど、防御しようとする努力を無視して、その一言は、生身の心を容赦なくコンクリートに打ち付けたのだ。

(元気、出さなきゃ。。。。)

たった一言で、こんなにも落ち込んでしまう自分は、彼からみたら またこの上もなく疎いに違いない。。。。その前に、卒業まで数日。もはや顔を会わせる事もないのかもしれない。一年前とは違う。どの道、直に記憶から削除してしまう人間を、態々気にかける事はしないだろう。其処まで考えて、又心が痛くなる雪菜であった。

ピンポーン

丁度その時、インターホンの音が響き、雪菜は一瞬びくりと躰を強張らせた。 誰だろうか。。。まどかだったら、自分の余りにも酷い顔を見せる訳にはいかない。 そう思いつつ、おそるおそる玄関に降り立って。モニターに映る人物を確認した雪菜は、 驚いて瞳を見開いた。

(知美さ。。。。。。)
ピンポーン

再び二回目のインターホンが鳴り、雪菜は我に返った。相手はどうも彼女が家にいる事を 知っていると見える。戸惑いつつも、ドアを開けて、雪菜はその前に立っていた美女に、恐る恐る視線を向けた。

「久しぶりね。雪菜。」

にっこりと笑う彼女に、雪菜もぺこりと頭を下げる。正直、彼女は、苦手な親戚の内の一人だ。だが、本家にいる筈の彼女が、何故此処にいるのだろうか。。。そもそも何故 此処の住所を知っているのか、雪菜の脳裏に様々な疑問が浮かんだ。

「ふふふ。。。顔に出てるわよ。私が来たのがそんなに嫌?」

が、鋭い知美に顔色を言い当てられ、雪菜は慌ててぶんぶんと首を横に振ると、彼女を 家に招き入れた。自分と唯一似ていると言われる漆黒の艶やかな黒髪は、知美の上品な面と合わさり、艶かしいまでの美貌を引き出している。三月家の女性は、代々髪が自慢だとかなんとか言われて来た事を雪菜はなんとなく思い出した。けれど、やはり知美と自分では比べ物にならない気がする。。。

(お。。。。お座り下さい。)

知美の気迫に押されつつ、雪菜は彼女にソファーを薦めた。それにさっと座り、足を組む動作の一つ一つが様になっていて。相変わらず隙のない動作に雪菜は感嘆すると共に、言い様のない不安に駆られるのだった。

(。。。。な。。。なんか怖いよ〜。。。)

乖吏の母である美尾里も、知美と同じく妖艶的な美貌を持つ女性だが、正真正銘の親戚だとしても、雪菜は何処かが違う気がして馴染めなかった。内心冷や汗流しつつも茶の用意をし始めた雪菜に、知美は、

「悪いわね。」

と完全なまでに建前だけで言った。





「。。。。。私、紅茶の方が好きなんだけど。。。まぁ、良いわ。」

差し出されたお茶を一口飲んで知美は即座に言い放った。まるで姑が嫁を苛めるような言い草であるが、この場合、客である彼女が其処まで言う権利はまったくない。

(す。。。すみません。。。。)

が、性格上悲しいかな直に謝ってしまう雪菜だった。

「そんなに怖がらなくても平気よ。そんな一々びくびくしてるようじゃ、貴方うざがられるわよ?」

ぐさりっ。。。と尤も痛い所を容赦なく直撃してきた知美の台詞に、雪菜は咄嗟に手を胸の前で組んだ。外れていないのは解る。。。。が。。。。それを言われるには余りにも タイミングが悪い。

「まぁ、故巳は貴方のそんな所が好きらしいけど。。。あの子、最近どう?」

話の矛先が急に変わった事についていけなく、雪菜はきょとんと首をかしげた。

「告白されたんでしょ?あの子に。」

ぎょっと雪菜の瞳が見開かれる。明らかに何故知っているのかと問うような彼女の 視線に、知美は余裕な笑みを返した。

「私、臨時教師の要請があって貴方の学校の3年D組で英語教師やってるのよ。。。まぁ、 後数日で終わりだけど。だから、貴方たちの事も当然知ってる訳。」

そう言えば知美は教員免許を持っていたなと考える雪菜。それから、3年D組が乖吏のクラスであった事を思い出して、少し悲しげに瞳を伏せた。

「で、本家に戻るつもりあるの?」

何故、他人の事には一切興味のない知美が、其処まで故巳と自分の事を気にするのか、 少し怪訝に思った雪菜だが、暫く考えた後、ゆっくりと頭を振った。

「あらあら、振られちゃった訳ね。可哀相に。貴方を追いかけて此処まで来たのにね。」

口では同情を唱えた知美だが、その声は明らかに楽しんでいるとしか思えない。 が、其処まで冷静に分岐できる余裕のない雪菜は、居心地悪そうに顔を顰めた。

故巳お兄ちゃんの事は、好き。。。だけど。。。。
此処に。。。居たいよ。。。。

たとえ、その意味がもう直無くなってしまうかもしれなくても、例え、それが痛みを伴うだけだとしても、雪菜はそう願わずには居られなかった。

「そう。。。まぁ、良いけど。。。これ、読んだら気が変わるかしら?」

え?っと驚いて雪菜が顔を上げると、知美は鞄の中から一枚の紙を取り出した。 薄く茶色に汚れたそれは、新聞記事の一部の様だ。雪菜は、恐る恐るそれを手に取り、 見出しに目を通す。

(!!)

例え声が出ないと解っていても、手を口に当てずには居られなかった。 あらゆる感情が、体内を濁流の様にながれて、何も感じられない。

怒り?悲しみ?同情?恐怖?

みるみる内に蒼白になって行く雪菜を見る知美の顔には、何時しか笑顔が浮かんでいた。





卒業まで後残り一週間を切ったと言うのに、乖吏はいまだ何一つ行動に出れずに居た。 勿論、そんな自分に彼自身苛立ちを覚えないでもないが、何分この様な状況に立たされた 事はない為、どう動いて良いのか、検討どころか想像すらつかない。

「乖吏く〜ん。何処に行くんだい?今日は日曜だよ?」
「。。。。。。。。。。。。」

終うっかり休日まで忘れる始末である。日曜どころか、一週間。。。というよりも一年365日暇そうにしている鬱螺病院院長。。。の筈である兄を、恨めしげに睨みつけて、 乖吏はテーブルに着き、カップにコーヒーを注いだ。

「乖離君、今ごろになって学校の良さが解ったんだね?でも、青春戻らず。。。僕もあの頃は。。。。」
「。。。。。。。(イライライラ)」

なんだか勝手に青春の回想に入った兄を、乖吏は苛立ちつつも無視するべく新聞に手を伸ばした。どうでも良いが、ストレスが溜まり易い上に、コーヒーばかり飲んでいる彼は、 絶対に短命なタイプであろう。

遺産横領発覚!

見出しにでかでかと印刷されていたその文字に、乖吏はなんとなく目を止めた。 最近この手の話題多いと思いつつも、何気に記事を読んでみる。側では宍道がまだ己の世界に浸っているようだが、とことん無視である。

『三月家棟梁の死後、弁護士同伴で開封された遺言書の内容により、遺産は長男、国光に全て受け継がれていたが、その遺言書が掏り変えられた物であったた事が発覚。現在裁判所では。。。』

記事を読み続けると、棟梁の死は二年程前になっており、なんだかやたらと面倒な小細工をしたらしき事が書いてある。二年前。。。。とは結構長い間隠していたものだけど。。。

三月。。。。。?って確か雪菜の苗字だったよな。

まさかとは思う気持ちとは裏腹に、妙な節操感に駆られて乖吏は更に記事を読み進めた。 だが、結局最終行まで、裁判の内容と日程や、三月家財産総額等のみで、確信になる様な情報は姿を表さなく、こんなものかと、新聞を閉じようとした刹那、何気なくやった視線の先に映ったそれに、乖吏は思わず息を呑んだ。

楕円型のフレームに収まる三つの写真と、その中にいる人物。 ややぼやけており、二人は全く知らない人間だったが、その左下に居る人物は。。。。

(。。。。。。。そう言う事か。)

まだ決定的な証拠がある訳ではないが、自分の予想が外れていない事を乖吏は 確信していた。だけど、それを雪菜に伝えるべきか。。。伝えなくてはいけないのだろう。 だが、だとしてどう言えば良いのか。。。と、乖吏がまたもや頭を抱えた刹那。

「乖吏くぅ〜ん♪卒業式に来て行くスーツ、どっちが良いと思う?」

何時の間にやら回想から戻っていたらしい宍道の顔が、突然ぬぅっと目の前に現れ、 乖吏は思わず仰け反った。

「来なくて良い。。。っつーか来んな。」

こっちの心境などまったくお構いないなしな宍道のマイペースぶりに、半ば頭痛を覚えつつ言うと、彼は大げさに嘆いてみせた。

「うう。。。乖吏君つめたい。せっかく僕がかげで応援をしようと。。。」

卒業式で何を応援するつもりなのかこの兄は。それよりも、彼が学園に来た時点で、『影から』と言う訳には行かなくなる気がする。しかもいい歳こいて泣き真似をされたのでは、こっちが気持ち悪くなる。

「解った。。。もう好きにしてくれ。」

諦めて乖吏がげんなりと言うと、ぱっと宍道の表情が輝いた。

「あっ、そーだ!」

が、どうやらそれは只単に新たな閃きがあったかららしい。

いい加減にしてくれ。。。。

馬鹿らしい。。。実に馬鹿らしい。しかも、相手にしていると、どんどんストレスが溜まってくる。切実に内心からそう思いつつも、なんとなく兄には逆らえない乖吏だった。

「乖吏君。此処は受験勉強の為にも実戦をしよう!!!」
「。。。。。は?」

何を実戦すると言うのか。。。ちなみに、勤勉な学生が知れば刺されかねないが、乖吏が受けるのは医学部門である。その理由は、断じて兄に憧れて。。。などと言う 可愛らしい物ではない。むしろ正反対であるが、特別夢も無かったため、縁故で楽々入れそうな学科を選んだだけなのだ。なんだかんだ言って、実に現実的な奴である。

「やっぱり百聞は一見にしかず!!院長の弟が落ちたなんて恥だからね〜。さっ、僕の仕事っぷりを存分に学ぶんだよ。」
「。。。。兄さん仕事してたのかよ。」

実に的を突いた質問である。してたとして彼から学ぶのは絶対遠慮したいが。

「しかも学科が全然ちげーだろ!!」

同じ医学でも、乖吏が受けるのは臓器病態外科学、反対に宍道が学んだのは心療内科である。見事なまでに一致点は一つもない。

「乖吏君。。。そんな事言って、勉強サボるつもり?駄目だよ〜。縁故なんて頼りにさせてあげないからね!!」
「。。。。。解った。。。。。いきゃあ良いんだろいきゃ。」

痛い所を突いてきた宍道の台詞に、乖吏は情けなくも返す言葉を失う。 観念して頷いた弟に、彼の兄はムカツクまでに満足そうな笑みを浮べた。





疲れた。。。。めちゃくちゃ疲れた。

結局その後、一日中宍道と病院内で為にならない見学。。。。もどきをさせられた乖吏は やっと解放されて、大きくため息を吐いた。結局兄の勢いに乗せられて、何もできなかったと、どっと襲ってきた疲れと共に、苛立ちを覚える。
その時、ふと視線を横切った姿に、乖吏は驚いて瞳を見開いた。

(雪菜。。。。。!?)

毎回毎回すごい確率で巡り合う物だと。。。運命的な物を感じずにいられないが、雪菜を見間違えた事は今まで一度もない。走り去ったその姿が、妙に焦っていた気がして、自然に乖吏はその後を追いかけた。

まさか。。。。。

彼女も知ったのかもしれない。。。。



「そうなの。。。。。ごめんね、雪菜ちゃん。」

雪菜の姿が消えた為、病室に入ったのかと思い名札を見ていた乖吏は、聞こえて来た台詞に、身を硬くした。表札には『美和 波江』と書いてある。聞いた事があるような。。。。。
そういえば、宍道から、数日前歩道橋の階段から落ちた女性がおり、救急車で運ぼうとした所、タンカーに納まりきれなくって大変だった。。。。。っと言うような話題を聞いた気がする。。。自分の記憶が間違っていなければ、その名だろうと、乖吏は思った

「私、知ったのよ。旦那様が雪菜ちゃんに遺産全部 残そうとしているって。でも、それで貴方に危険が及ぶ事が怖かったの。国光さんは 多額の借金抱えていたし。。。。離婚したと言っても奥さんの明さんも、知美さんも、 みんな大旦那様の援助金で 生活していたから。。。。貴方に何かが起きてしまうんじゃないかって怖かったのよ。 私の勝手だったかもしれない。。。けど。。。。」

ドア越しに見えなくても、雪菜がふるふると首を振った事が解った。知美と、故巳。。。。 これで二人の接点は繋がった訳だが。。。
カチャリとドアが開いて、雪菜が出て来る。そして、咄嗟で隠れられなかった乖吏と 見事にぶつかって、よろよろとよろめいた。

「わりぃ、大丈夫か?」

大丈夫。。。と頭を振りかけて、声の主に気付いたのか、 雪菜は顔を上げて大きく瞳を見開いた。そして、ずざざっ!!っと効果音が聞こえてきそうな勢いで彼から離れる。自業自得とは言え、余りにも露骨な拒絶に、乖吏は内心大きくため息を吐いた。

『聞いてたの?』

が、直に、緊迫した表情で、何時ものメモ帳にそう書き出されて。

「偶然。。。。」

では無いのだが、乖吏がそう答えると、途端に雪菜の表情が強張った。

『お願い、誰にも言わないで。』
「あっ、おい待て!」

文字でそう告げて、止めるのも聞かずに脱兎の如くその場を走り去った雪菜の姿に、 彼女の衝撃が相当な物である事を、乖吏は確信した。口止めされずとも、ほいほい他人に 言う気などない。。。。が。。。

まぁ、信用ねーのも無理ないか。。。

信用とは、日頃の行いから築かれる物であると考えると、当然の反応と言えよう。乖吏は自嘲気味に笑った。

しかし。。。。どうするつもりなんだ?アイツ。

どれ程騙されたとしても、あの雪菜が誰かを恨むなんて事は考えられない。どうせ今ごろ 故巳の都合やら理由やらを一人で考えて、悩んで、落ち込んでいるに違いないと思った。そして話し合いなどと言うフザケタ事を。。。。。。。

げっ。

其処まで考えついて、乖吏はしまったと額を抑えた。そうだ雪菜の取りそうな行動を 考えば、次は間違いなく無防備に故巳の所へ向かう筈。。。

「ちっ。。。。」

小さく舌打ちして身を翻す。もはや面倒な事に自ら首を突っ込んでいると言う事実も、 彼の脳裏からは消えうせていた。





渡る世間金ばかりです。ハイ。(笑)

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