Chapter21: 『 新年早々 』


『。。。っと言う訳で、大丈夫だから、心配いらないわ。でも、暫くは入院だから、体に気をつけてね、雪菜ちゃん。』

メールメッセージを読み終えた雪菜は、小さく溜息をついてベットに倒れこんだ。どうやら、波江さんが歩道橋から落ちて足を骨折したらしい。 これが普通の人間だったらば、多少なりとも怪我は軽く済んだかもしれないが、体重120KGを超える浪江さんの場合、生きていただけでも 奇跡的だと思って良いだろう。

(明日。。。。。お見舞いに行こうっと。)

そんな事を考えながら、雪菜はカレンダーに目をやった。 明日で冬休みが終る。お正月は普通にまどかたちとお参りをして、気がつけばクリスマスから 1ヶ月近くも経っていた。新学期になれば、乖吏に会えるかもしれない。だが、何時もならば只素直に嬉しいと 思える事に、雪菜は戸惑いを覚えていた。勿論、その理由は近頃の乖吏の行動にある。
だてに二年間も彼を見てきた訳ではないのだ。乖吏の女性関係は嫌でも知っている。よって、自分が女性としては 全く相手にされていない事も覚悟済みだった。悲しくない訳ではないけれど、よく言えば純真無垢、悪く言えば時代遅れな 恋愛思想を持つ雪菜は、一緒にいてもらえるだけで幸せだと思っていた。それなのに、行き成りあんな行動に出られて、 羞恥と困惑に雪菜は眠れない日々を送らされる羽目になったのである。

(あぅ。。。。どうしたら良いの〜?)

確かめたいけれど、確かめられない。どう聞いたら良いのか解らないし、聞きたくない答えが返ってくるのが怖いからなのかもしれない。 宍道に聞いた時は、『好きだったから』と言われたが、皮肉にもその理論が乖吏に当てはまらない事は誰が見ても一目瞭然である訳で。 小さく溜息をついて、雪菜がベットに潜り込もうとした刹那だった。甲高いガラスの破壊音が突如静寂を破り、雪菜はびくりと体を強張らせた。

(な。。。何??)

急激な恐怖が一気に体を突き上げる。かなり長い間一人で夜を過してきた雪菜だが、怖がりな事に変わりはないのだ。 ドアに鍵をかけて閉じこもってしまいたい気持ちと、行って確かめなければならないと言う義務感が衝突する。こんな時、言葉が話せないのは 酷く不便だ。電話をかける事はおろか、何かあった場合に叫ぶ事すらできない。暫くその場で途方にくれていた雪菜だが、 やがてそれ以上物音がない事が解ると、観念したように恐る恐る廊下に出た。

(こ。。。怖いよ〜)

警戒をしながら一階まで下りると、案の定窓が割れており、鋭いガラスの破片がそこら中に散らばっていた。これでは、とてもではないが近づけない。 だが、無視して寝てしまう訳にもいかない為、雪菜は外側から窓を塞ごうと玄関のドアを開けた。新年早々、悪事だらけである。
1月上旬の夜は、特に寒い。まだ、春の息吹など欠片もない突き刺さるような風が吹きつける。雪菜は思わず己の体を抱き締めた。

「雪菜!?」
(きゃぁぁぁ!!!)

指先が、感覚を無くしてしまう前に終らせようと集中していた雪菜は、突然思いがけなく名前を呼ばれて、大きく飛び上がった。

(も。。。故巳お兄ちゃん!?)

震えながら振り向いた先にいた人物の姿に、更に瞳を見開く。そんな雪菜の様子に故巳は苦笑して、宥めるように言葉を切った。

「ごめん、驚かすつもりはなかったんだけど。。。。バイトの帰りに近くを通ったら凄い物音がしたからさ。心配で。」
(そうなんだ。。。。こんな遅くまで働いてるの?)

故巳の言葉に、雪菜は直に警戒をとき、ほっと息をついた。真夜中で、故巳の表情は良く見えない。蛍光灯の光が僅かに差し込む中で、 雪菜はなるべく簡単な手話を選んで自らの言葉を告げた。

「うん。まぁ。。。」
(そっか。。。。大変だね。。。。えと、家に入る?)

雪菜がまだ祖父と共に暮らしていた頃から、故巳の父親はギャンブルに溺れ多額の借金を抱えていた。厳しい祖父は、 その肩代わりを断固拒否した為、故巳は幼い頃から苦労をしてきたのだ。詳細を語ろうとしない故巳の様子に、雪菜はその事実を思い出し、 ずきりと胸が痛んだ。とりあえず話題を変えようと、故巳を家に招き入れる。夜分に男性を家に上げるなど普段ならば絶対に在りえないが、 故巳は、雪菜の男性リストから除外されているようである。

「こういう事って結構あるの?」

台所に散らばったガラスの破片を見て、故巳は顔を顰めた。雪菜はふるふると首を横に振る。ここら一帯は、波江さんが選んだ事もあり、治安は可也良い方だ。 一人暮らしと言えど、この様な経験は今まで一度もした事がない。

「そっか。でも、一人暮らしなんてやっぱり危ないよ。」

雪菜の差し出した紅茶を受け取って、故巳は気遣わしげに言った。昔から変わらない心配性な彼に、雪菜は小さく笑みを漏らして頭を振る。

「そうだ。家に住まないか?」
(え?)
「あっ、いや、その、変な意味とかじゃなくて。。。こっちに母さんも来てるから。。。その。。。寂しくならないんじゃないかって思ったんだ。」

自分で放った台詞に、紅くなりながら弁解する故巳に、雪菜は怪訝そうに首をかしげた。

(変な意味。。。??)

まったくもって解っていない雪菜をあいてに弁解する故巳は、自ら墓穴を掘っているとしか言いようがない。 もっとも、その墓穴にすら雪菜が気付くかどうかは不明だが。

「どうかな?」

一通り弁明した後、故巳にもう一度尋ねられてやっと思考を切り替えた雪菜は、悲しそうに小さく首を横に振った。

(ううん。。。此処が好きだから。)

確かに一人は寂しいけれど、この家は父と母が残してくれた物だから、やっぱり大切にして行きたい。 それに、理由はまだある。

(叔母様と叔父様に、嫌な思いさせちゃうよ。。。。)

祖父に引き取られてから、親戚の風辺りは冷たいものだったが、その中でも、故巳の両親の態度は目立って酷かった。 故巳の優しさが、異常に感じられる程である。冷たい目で無視されるのは、日常茶飯事。園内の池で溺れかかった時は、 隣を通りながら見知らぬ振りをされた事もあった。

「そうか。。。。でも、何かあったらいつでも呼んで。」

雪菜の答えに、心惜しそうな眼差しを向けた故巳だったが、諦めてそれだけを言うと、にっこりと笑みを浮べた。

(あっありがとう。。。。。(ぽっ))

その笑顔が余りにも鮮やかだった為、雪菜は照れて俯いてしまう。 故巳お兄ちゃんは、相変わらず優しい。そんな感動が彼女の胸を占めていた。





相変わらず変化のない日々だが、残り時間は刻一刻と過ぎている。 それはどうしようもない程解っているのだ。だけど、取るべき行動は 見つからない。何もしないべきなのかもしれない。最初から、 長く関わるつもりはなかった。ほんの気まぐれだったのだから。けれど、一度でも認めてしまうと、感情と言うのは酷く厄介な物で。

裏庭では、飼育小屋のウサギと戯れている雪菜と、 横で微笑ましげにその姿を見つめる故巳の姿がある。科学室の窓からは 嫌がおうでもはっきりと見えてしまうその情景に乖吏は訳もなく苛立っていた。
(随分と暇そうじゃねーか。)

勿論、その突っ込みは故巳に対してである。雪菜は恐らく体育の授業中なのだろう。 ファンの期待を裏切らず(笑)彼女は病弱である。よって体育は休む事が多いのだ。 しかし、故巳には学校に来る理由すらない筈である。彼の目的が、宣言通り、受験の 為ならば。

「ライバル出現!!って所だな。」
「。。。。。(怒)」

突然にゅっと首を出してきた保一に、乖吏の怒りボルテージが上昇して行く。 彼も暇な人間の一人だ。

「いや〜ん。乖吏君こわ〜いんv」
「てめぇ、態々嫌がらせに来たのか。」
「いやいや、学校は僕の愛の花園だから♪」

乖吏が今すぐ学校から逃げたくなったのは言うまでもない。 新学期始まったと言っても、出席者の殆ど居ない三年はすべて自習であり、彼らの 会話に聞き耳立てる者は殆どいない。保一はともかく、登校自由であるこの時期、乖吏が学校に来ているのは非常に驚くべき事である。それもこれも雪菜の為、っと言ってしまえば聞こえは良いが、そんな筈はない。只単に出席日数が足りなく、このままでは 卒業させられないと校長先生直々に忠告を頂いたのが理由だ。

「いやー、しっかし、本当にラブラブだねぇ。雪菜ちゃんもまんざらでもなさそうだし? こりゃ次回の『もっとも一途に思ってくれそうな女の子ランキング』一位の座は危ういかもなぁ。」

何処のランキングなんだと言いたげに乖吏は保一に一瞥をくれたが、直に窓の下に 視線を戻した。確かに、ラブラブとまでは行かないとしても、相当打ち解けている様に 見える。

「ったく。。。。学校でイチャつくな。」
「お前が言えた台詞じゃないだろ。」

乖吏が小さく舌を鳴らすと、保一がここぞとばかり、 間一髪いれず突っ込みを入れる。表情は実に楽しそうだ。

「卒業した香先輩と〇〇で××××してたり、美緒先輩と〇〇〇で××したり、 おっと、美術の高乃先生と〇〇〇〇で×××してた事も忘れたとは言わせないぜ。後は。。。」

放送禁止用語連発である。

「や・め・ろ!!!!大体何時の話だそれは!!!」

と叫びつつ、実は内心、何処かでメモでも取ってあるのではないかと疑う乖吏。 どうやら身に覚えは痛い程あるらしい。

「お前一年の時は可也派手だったろ。今は学校外に落ち着いてるけど。」

それは落ち着いているというのだろうか。ぴきぴきと青筋を立てる乖吏を気にする様子もなく、保一はしみじみと回想シーンに再び戻って行く。ある意味大物だ。

「柔道部部長の彼女取った時なんか大変だったよな。道場破りだって騒がれて。」
「。。。。忘れた。っつーか何の関係があるんだよ。」
「それに、弓道部部長の時もあれは絶対死ぬって思ったね。」
「あぁ。。。それは覚えてる。」
「「矢文で挑戦状が来た奴。」」
「プッ」
「あっはっはっは。」

同時に言ってから二人は堪えきれず噴出した。余り笑い事でもない気がするが、 何事も過ぎれば良い思いで。。。なのかもしれない。それにしてもこの学園、可也 個性的な部長が集まっているようである。

「しっかし、もう直で卒業か。お前がいないと詰まらなくなるよ。」
「俺は清々するぜ。」

余りにも彼らしい返事に、保一はまた腹を抱えて笑い出した。 丁度その時、授業の終わりを告げる予鈴がなり、雪菜は立ち上がって故巳に 手を振った。どうやら教室に戻るつもりらしい。

「おっ、戻ってくるみたいだな。今日は向かえに行ってやれよ。あんまり冷たくしてると お姫様だって気が変わるかもしれないぜ?特に今は『大切にしてくれそうな彼氏』ランキングナンバーワンが隣にいる訳だし。」

だから一体何処でそんなランキングを行っているんだ。又もや訳の解らない台詞を吐き出した友人に、乖吏は呆れ顔で立ち上がった。
保一の言う通り、強制的に毎日学校に来させられているにも関わらず、ここ数日、乖吏は雪菜を向かえに行く事をしなかった。誰もが認める不精者である乖吏だが、 今回の理由は面倒臭いからではない。

「煩い。俺が行かなくても立候補してくれる人間はいるだろ。」

そのまま非常に不機嫌そうに教室を後にした乖吏の後ろで、保一は 必至に笑いを堪えていた。



「変な所でガキな奴。」






もどかしいまでの苛立ちの理由が、本当はもう解っていた。
だけど、認められないのは、不確かなプライドの他に隠れた理由がある。 雪菜の笑顔を見る度に理由(わけ)のない罪悪感にかられたあの頃から、 怖いのだ。如何しようもない程に。

油断すれば鮮明にフラッシュバックする、一年以上も前の記憶が。。。。。




「随分と楽しそうじゃない?ちゃんと解ってるの?」

回想に入りそうになった乖吏は突然耳に届いた甲高い声に現実に引き戻された。 声の主は、新人教師の知美の様であるが、何時もの落ち着いた教師の声ではなく、鋭い怒り含んでいる。其処まで親しい人間がこの学園内にいたのかと 思いつつ、乖吏がさっさと身を翻した、その刹那。

「そっちこそ、平気なんですか?」

相手の人物と思われる声に、乖吏はピタリと足を止めた。いや、衝撃に 止まらざるを得なかったのだ。

「ふん。。。。。手順ってモノがあるのよ。」

苛ただしげに知美が言葉を吐き出す。
漠然とした悪寒が、一気に背筋を駆け上がった。



(雪菜。。。)



一年前の記憶。。。。ってなんだ!?話が勝手にあらぬ方向に進んでるよ!!(汗)

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