Chapter2: 『 小さな予兆 』
ずっとずっと、変わらないものなんてないと解っていたけど。

静かな湖面の様な気持ちに、

波を立てるのは……何?



「お前の周りって、本当に変な奴らが多いよな。」

ここでまどかがいれば、間違いなく一番変なのはお前だと突っ込んでいただろう台詞に、雪菜は思わず笑いを漏らした。
無言の笑みだが、それでも素直で、見ている物を幸せにするような効果がある。けれどはっきり言って、乖吏はこの笑顔が苦手だった。 というよりも、雪菜自信が苦手だと言った方が正しいだろう。それなのに、何故世話を焼いているのかと聞かれてしまえば、返答に困るのだが…

まぁ、話さないだけに面倒もないしな。

時折、実はとてつもなく世間知らずなのではないかと思う時があるが…その点を除けば、雪菜は非常に物分りが良い。というより、 一線をおかれている気もするが…根掘り葉掘り人の事をあさろうとする人間が一番嫌いな乖吏にとっては有難かった。普通の女性ならば、 多少なりとも勘違いをしてしまう様な状況なのだろうが、その様子もなく(ある意味鈍感なだけなのかもしれないが) 近すぎず、遠からず。常にそんな距離が二人の間にはあった。勿論、二人の関係を例えるならば、誰しも恋人よりも兄弟を選ぶだろうが。

「どうした?」

先ほどからずっと考え込んでいる様子の雪菜を怪訝に思い、声を掛ける。

「……」

戸惑ったように、ちょっと上目遣いに乖吏を見上げてから、雪菜は携帯しているノートに何かを書いた。 会話の度にこれでは、流石に回りくどくて仕方がないのだが、何分文句をつけても仕方ない。それに、 十分自分でも解っている所為か、雪菜は滅多な事意外ではこの会話手段を取る事はなかった。

『もうすぐで、お別れ?』

雪菜の文章は非常に簡潔だ。まぁ、長文をずらずらと書かれても困るが…省略しすぎても解りずらい。一瞬何の事かと 考えてしまった乖吏だが、直に事意味を理解すると、意地の悪い笑みを浮べた。

「あぁ…俺の卒業の事か?そりゃそうだろーな。何?そんなに寂しいのか?」
「!!」

ぽぽぽぽぽっと効果音が付きそうな勢いで、雪菜の頬が一気に染まる。そして、戸惑いがちに こくりと頷く姿は…なんと言うか彼女が男受けする理由が解る気がする。 が、普通の女性ならば、此処でからかわれた事に気がついて反論の一つや二つ返ってきても可笑しくない。果てしなく単純な奴…と思う乖吏であった。

こいつといると、俺、人格変わるかも。

嫌悪感は別にない。雪菜との時間は、長くないと解っているからだ。
漆黒の闇夜を照らす月と言うほど、神聖なものではない。
純白のテーブルクロスに染みるインクの様な不快な物でもない。
言うなれば…薔薇だけの花壇に間違って植えられたコスモスのような。
そんな感じだ。
違うと解っていても、摘み取る気にはなれない。
そんな感じ。





町外れの交差点を抜け、穏やかな丘の下まで来ると、雪菜はいつもの様にぺこりとお辞儀をした。 そんな律儀に礼をされても気持ち悪いと、何度も言った乖吏だが、意外に頑固な彼女は決してそれを直そうとは しない。そして、ふわりと身をひる返すと、パタパタと道のりを駆け上がって行く。

ピンポーン。

自分の家なのに、インターホンを鳴らす人物も珍しい。

「雪菜ちゃん〜!!!お帰りなさい〜!!!!」

音が鳴り止むと同時にものすごい勢いで足音が近づき、玄関の扉が開かれた…基、張り倒されたと言った方が正しいかもしれない。家の中から現れた女性は、雪菜の姿を確認するなり、体重120s、身長210pの巨体にも関わらず、彼女を思いっきり抱き締めた。はっきり言って苦しい。 かなり苦しいのだが、愛情表現されてしまうと、素直に嬉しいと思ってしまうのが雪菜である。





一見プロレスラー並のボディーを誇るこのマダム、浪江さんは、雪菜の面倒をずっと見ているお手伝いさんだった。
雪菜が10歳の頃、旅行帰りの事故で、彼女は両親を無くした。一人だけ奇跡的に助かった彼女だが、その時の衝撃で話す事ができなくなった。 ほんの小さな少女が、目の前で両親が燃えて塵と化す姿を目の当りにすれば、無理もないだろう。それなりに裕福だった両親だけに、 彼女の引き取りを願い出た人物は多かった。

冷たい目。
何を考えているの?

目の前で繰り広げられる、憎悪の混じった怒鳴り声、叱咤、口論。葬儀の日に、彼らが見ていたのは、決して父と母の写真ではないと… 両親の面影ではないと、幼いながらに雪菜は感じ取っていた。

何処をみているの?
お父さんも、お母さんも…もういないのに…

雪菜を差し置いて、どんどんと進められる話。訳の解らない話。大人の世界。 何時も、人の取る行動には、必ず理由があるから。。。それを解ってやれと両親は言っていたけど、この時ばかりは 許せなかった。

やめて…止めて…止めて!!

叫びたくとも声は出ず。寡黙な幼い子供の存在など、まるで其処に無いかの様に振舞う人々。いや、実際彼らの 瞳には、雪菜の姿など、写っていないだろう。
声をあげず、あげる事もできずに泣くしかなかった雪菜に手を差し伸べてくれたのは、父方の祖父だった。

「かわいそうに…こんな子供の前で醜い争いをするとは、お前らはそれでも大人か!この子はわしが引き取るよ。文句がある奴はわしの 家まで来い。」

恐ろしい程に一瞬で辺りは沈黙した。その時は、素直に祖父の向けてくれた笑みが嬉しいとしか感じていなかった雪菜だが、 後に、その老人が、有力な資産家だったと知る事になる。そして、当時祖父の家で働いていたのが浪江さんであった。
だが、一年前に、祖父も無くなってしまい、またもや騒動に巻き込まれる事を恐れた雪菜を、彼女は、こっそり自分の故郷であるこの町へと 連れてきたのだった。その故郷が、これまた偶然雪菜の出生地と同じ場所であったのは、運命としか言いようがない。





「雪菜ちゃん、もーちょっと沢山食べなきゃ駄目よ!そんなんじゃ体もたないわよ!?」

彼女に言わると説得力ありすぎである…雪菜は実際これでもかという程に少食だった。 浪江さんと比べれば、まさに月とすっぽん…基、象と蟻ぐらいの違いである。浪江さんの横に積み重なるお皿を 感嘆の篭った眼差しで眺めてから、雪菜は精進しますとでも言うように頷いた。無理だろうが。

「それじゃあ、私は帰るわね。雪菜ちゃん、お休みのキスよ〜〜〜!!!」

そりゃぁもう10pにもなるかと思うほどの分厚い唇で思いっきり頬に口付けされる雪菜。 はっきり言って、お化け屋敷の幽霊も裸足で逃げて行くであろうその形相に、微動だにしない雪菜の神経は、 ある意味尊敬に値するかもしれない。晩餐が終れば、浪江さんは家へと帰宅する。こう見えても、彼女は既婚者である。 それも、かなり格好の良い旦那さんだけに、世の中は解らない物だ。

パタン。

扉が閉まる。その音はいつも悲しい。広くて広くて仕方の無い家。子供の頃は、もっと狭かった気がしたと言うのに…

さみしい。

お風呂に入ってから宿題をする。

さみしいさみしい。

もう寝なくては。そろそろ電気を消して眠れるようになりたいのだが、何時もそうしようと思うと手が震えて。 今日も明るい部屋の中で眠る。

さみしいさみしいさみしい。

一人は嫌だと思う。だから、好意を示されると、雪菜は抵抗する事ができない。多少強引なものでも、それは素直に嬉しいと思ってしまう。 かまってもらうと嬉しい。本当に子供じみているとは思うのだが。我が侭にならない様には気をつけているけど、 心の中で願う事ぐらいは許されるだろう…

雪菜は、静かに眠りに陥っていった。

薔薇とコスモスって一緒に育つのだろうか…そもそも薔薇って球根型でしたっけ?<馬鹿>
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