Chapter11: 『 嵐の夜(後編) 』


「。。。。。。っ!!!!」

急に、身の毛がよだつ様な寒さを感じて、乖吏は女から体を引き離した。当然、ホテルの中は 暖房がガンガン熱いぐらいに効いている訳であり、寒さを感じる事などまず有りえない。
となれば、先ほどの衝動は悪寒。。。。。。

「はぁ。。。。どうしたのよ?いきなり。」

まさにこれから。。。。という時に、中断され、熱を帯びた眼差しで 女が見上げてくる。いささか非難めいた声で尋ねられて、乖吏は眉間に皺を寄せた。

(。。。。なんなんだ。。。。。)

なんだか酷く嫌な予感がする。しかも、真っ当な根拠が少しも無いだけに、歯がゆい事この上ない。 理由は解っていた。解っていたが、迷信や、予言等を全くといって良いほど、信用しない彼にとっては、 確証0%に近い予感で行動するなど馬鹿げている事なのである。

でも。。。。。

(嵐って言っただけで真っ青になってたよな。あいつ。)

不意に、別れ際に見せた、何かを必死に庇う様な淡い笑顔がちらついた。

(。。。。。。ちっ)

心底、此処まで自分が情けなく思えた事はない。が、どんなに己に言い聞かせた所で、もう無視し通す事など できそうになかった。

「ちょっと!!何処行くのよ!!??」
「急用。」
「何言ってんの!?こんな天気の中何処に行くって言うのよ!!」

乱れた服を整えて、今にも部屋を出ようとする彼の前に立ちはだかり射抜くような視線で見上げる。 防音加工されている部屋には、風の音など届かない。暴れ狂う雨も、フラッシュする雷光すら、 娯楽の一つで。正直、こんな嵐の中、本気で彼が外に出るとは思えない。だが、 目の前の男が取ろうとする行動は、自分に対する愚弄だ。

「何処に行くつもり?」
「どけよ。関係ねーだろ。」
「女の所ね。。。。ふざけないでよ。どういうつもり!!?私の事、あれだけ好きだって言った癖に!!」

ヒステリックな声が上がる。毎度毎度、慣れきった事ではあるが、滑稽で仕方が無い。その整った顔に、 薄笑いを浮べると、乖吏は冷たく言い放った。

「俺は好きだと言った覚えはないぜ?俺を選んだのはお前の方だろ?男を見る目が無かったって事だな。」
「馬鹿にしないでよ!!!」

パシリっと、振り下ろされた女の手を軽々と受け止めて。

「怒る事もねーだろ?婚約者の方に戻れば良い。。。。じゃーな。」

婚約者と離別していなかった事を指摘され、女が一瞬言葉を失った隙に、乖吏は振り向きもせずにその場から立ち去る。 直後ろで、女が何かを叫んでいる気がしたが、どうでも良い。何時もと同じ、無味乾燥な別れだった。





こんな嵐の中、仕事をしようとするその精神力は理解し難い。
豪速ワイパーを用いても、少しも晴れない視界と、進んでるのか後退しているのか すら解らないタクシーの中で、乖吏はげんなりとそんな事を考えていた。 そのおかげで、自分は今、目的地に向かう事ができるのだが。。。。
何にしても、今一番理解できないのは彼自身だろう。

(只の気のせいだったりしたらシャレになんねーな。)

シャレにならない所か、怪しまれかねない。それに、もし、何かあったとしても、本来ならば 彼の出る幕ではない筈なのだ。つまり、よく考えれば、これは所謂『余計なお世話』で。皮肉にも、乖吏が一番嫌悪している 事だった。

「。。。。電気が消えてる。。。?」

普段よりも数倍も長い時間をかけてやっと雪菜の自宅前に着い後、タクシーを降りた乖吏は、 真っ暗な家を見上げて怪訝そうに呟いた。時間帯を考えれば、おかしくも無い事なのだろうが、 確か、雪菜は暗闇で一人になれなかった筈。再び這い上がってきた悪寒を訝しみつつ、解吏は玄関のチャイムを鳴らした。

返事はない。

聞こえなかったのかと思い、もう一度押してみるが、それでもやはり返答はなく。 酷く嫌な予感がして、解吏は壁を伝って、家の横側に回りこんだ。

(。。。。。此処から入れるか?)

庭に面した方角に、一箇所だけ、石が飛んで割れたのだろう窓ガラスを見つけて、乖吏は慎重に手を差し入れると、 内側から鍵を外した。幸い、一階である為、易々と入る事ができそうだ。。。。。が、

(。。。。。これって違法侵入だよな。一応。)

間違いなくそうだろう。たとえ、下心が少しも、全く、微塵も無いとしても、 はっきり言って、真夜中に窓から侵入しようとすれば、自宅であったとしても変質者以外何者でもない。 もっと言ってしまえば、行動その物が、既にやましいのである。

(。。。。仕方ねーか。)

とは言え、此処まで来てしまえば、後は野となれ山となれだ。ほとほと自分の不運を嘆きながらも、 乖吏は軽々と窓を飛び越えた。

家の中はやはり不自然な程に静かで、僅かな隙間から吹き入る風の音が、一層寒さを引き出している。 彼女の家入ったのは、これが始めてなので、構造がどうなっているのかは知らないが、外見から見れば三階建てだ。 割れた窓から、雨水が浸入した所為か、床の所々が濡れそぼっていて、歩くたびにピチャピチャと嫌な音を立てた。

取り合えず、二階に上がろうと階段に差し掛かった刹那、雷光が青白く周囲を照らし出して。

フラッシュの中に浮かんだ幻像に、乖吏は思わず息を呑んだ。幻像だと思う程に、 それは実景感がなかったのか、それとも只受け入れたくなかっただけなのか。酷い息苦しさを 感じながらも、乖吏は恐る恐る横たわるそれに近づいた。


僅かな、雷光の所為か、元より白い肌は、不気味な程血色が無く、 乱れた漆黒の髪が死んだ様に四方に散らばっていた。。。。。。。。。。。。雪菜だった。

「おいっ!!しっかりしろ!!」

暫くその場で硬直してから、乖吏は冷静にならなくては。。。と、彼女を慌てて抱き起こした。 ひんやりとする肌の感触に、ぞくりと背筋が震える。暗くてよく見えないが、所々に打撲の後があるようだ。

(階段から落ちたのか。。。?)

見た所、それほど高い階段でもないが、頭から落ちれば、流石に危ない。 取り合えず病院に運んだ方が良いだろうと、乖吏が懐から携帯を取り出した刹那、 腕の中の体が僅かに動いて。

「雪菜!?」

僅かな安著と共に、乖吏がその名を呼ぶと、ゆっくりと瞳が開かれた。その視線に、 光はないが、最悪の状態はこれで免れたかもしれない。だが、そう思ったのもつかの間、 雷が鳴った瞬間に、雪菜は大きく震えると、ぎゅっと乖吏にしがみ付いた。

「大丈夫か!??どうした!!??」

呼びかけても、答えは無く、只服を握り締める手に力を込めるだけで、多分自分の事すら はっきりとは解っていないのだろうと思った。

激しく痙攣する体がどうしようもない程に切なくて、抱き締めてやるべきなのだろうとは 解っているけれど、体がそれを躊躇する。

そうしてはならないのだと。。。。。。

「取り合えず灯りをなんとかするから、此処で待ってろ。」

そう言って、彼女の手を解こうとするが、返って怯えさせてしまった様で、 雪菜はふるふると頭を振ると、泣きはらした瞳で乖吏を。。。。いや、 記憶の中にある誰かを見上げた。

声にならなくても、唇を必死に動かして何かを伝えようとしている。



いかないで。。。。。。



おいて。。。。。いかないで。。。。。。



心のどこかが、軋みを上げて壊れて行くのが解った。切ない程の罪悪感が、 体を止めようとするけれど、もうどうにもならない。

泣きじゃくる頬を やや乱暴に持ち上げて、噛み付く様に唇を合わせる。息苦しさから もがこうとする体を折れそうな程に強く抱き締めて、そのまま彼女の抵抗が 全く無くなるまで乖吏はキスを続けた。





(。。。。。あれ。。。。。?此処は何処。。。。。?)

見慣れない白い天井に、暫く朧気に見詰めた後に、雪菜ははっと我に帰り、がばりと 起き上がった。

「あっ、目が覚めたかい!!??良かったよ〜〜〜〜〜〜!!!!」
(しっ宍道さん???)

絶妙なタイミングで部屋に入ってきた人物の姿に、雪菜はますます驚愕する。 一体何がどうなっているというのか。。。

「乖吏君から電話があって、行った時には本当にびっくりしたけれど、外傷は大して問題なくて良かったよ。」

心底心配そうに言われるが、雪菜には何の事だかさっぱり解らなかった。っと言うよりも。。。。

(あの。。。。すみません、私、何も覚えてないのですけれど。)

申し訳なさそうにそう言った雪菜に対して、宍道は驚く様子もなくカルテを取って見舞い用の椅子に腰掛けた。

「うん、多分そうだろうと思うよ。精神的な発作だね。雪菜ちゃん、暗所恐怖症?」

一人でなければ大丈夫だと雪菜は答える。そうして、宍道の質問は暫く続いて雪菜は、あぁ。。。。やっぱり医者なのだなと 思わされた。彼女が答えたくないと思った質問は、直に取り消しながら、簡潔に状況を説明し終えると、宍道は立ち上がった。

「それじゃあ、乖吏君を呼んでくるよ。心配してたみたいだからね。」

え??っと途端に頬を染める雪菜ににっこりと笑みを返してから宍道は部屋から出ていって、暫くしてから 入れ違いに乖吏が入ってきた。
が、なんだか様子が変である。

(。。。。。。どうしたの?)

怪訝そうに首をかしげる雪菜に、なんでもないと短く返事をして、先ほど宍道が座っていた椅子に腰掛けた。
怒っているのだろうか。。。なんだか非常に話し掛けにくい雰囲気に、雪菜は沈黙をせざるを得なかった。

「お前。。。。何も覚えてないのか?」

きょとんと瞳を見開いた後、雪菜はこくりと頷いた。それにほっとした様な、困ったような複雑な表情を浮べてから 乖吏は何かを言いかけて、でもやっぱり首を振って黙り込む。この上なくおかしい。

(えと。。。有難う。。。。でも、どうして、来てくれたの?)

それでも、尋ねて欲しくはない様なので、カリカリと宍道が親切においていってくれたのだろうメモ帳にそう書き出すと乖吏は少しだけ意地悪な笑みを浮べた。

「お前、俺に電話しただろ?」

ぽぽぽぽっと図星をつかれて雪菜の頬が一気に赤くなる。泣きはらした目に、所々包帯が巻かれている手足が痛々しいが、 少しは彼女らしい反応に、乖吏は安著の溜息を漏らした。

(ごっごめんなさい。。。。用事、あったよね?)

が、どうやら、その溜息を、雪菜は呆れから来る物だと思ったらしい。確かに用事があった事にはあったが、 彼女に説明できる類の物ではない。それに、もう関係ない事だ。。。既に顔も思い出せなくなった 女の記憶に、乖吏は自嘲めいた笑みを漏らした。

「ないから、気にすんな。」

かすかに見せた笑顔に、雪菜はぎゅっと心を絞られる気がした。やっぱり好きなのだ。。。どうしようもなく。 雪菜は無知でなければ、恋人がいる男を認識もなく呼び出す程無神経でもない。 現に、既に相手がいる人を好きになるだけでも、いけないと自分に言い聞かせていた。。。。。けれど、

(どうして。。。。。上手くいかないのかな。。。。)

自分が情けなくて、申し訳なくて。。。。雪菜は、涙腺が緩む前にさっと視線をそらした。乖吏は乖吏で、 己が取ってしまった行動が理解できなくて、罪悪感に耐えられずに椅子から立ち上がった。

「頼むから、もう一人で無茶はするなよ。じゃ、俺は帰るから。」

振り向かずにそう言って、パタンと扉が閉まる。


長い長い夜が、明けようとしていた。





今回、キスシーンの所為でUPが5日遅れました。(爆)イメージ的には淡い物だったのですが、煩悩が激しさを求めて。。。(大爆笑)結果はごらんの通りです。<死んで来い>

楽園にエントリーしております。この小説を読んでまぁ、許せる出来だわvと思った方は投票してやってください。人魚の歌で検索をすれば出て来る。。と思います。(爆)

<<...TOP...>><<...PREV...>><<...NEXT...>>        <<...HOME..>><<...RAKUEN...>>