Chapter10: 『 嵐の夜(前編) 』



「あれ?雪菜、どうしたの?それ。」

昼休み。何時も通り三人で昼食を取ろうとして、雪菜が取り出したお弁当を見て、まどかは驚いて尋ねた。 野菜サラダに、デザートのグレープフルーツ。いかにもダイエットを試みる女の子にお勧めな感じの中身であるが、 彼女の家政婦、浪江さんが持たせる弁当と言えば、何時も重箱並のボリュームではなかったか。一瞬何の事かと首をかしげた 雪菜だが、弥に弁当だと指摘されると、あぁ。。。と言うように頷いた。

(浪江さんが、出産日近いから入院中なの。)

それで、食べたい物だけ持ってきたらしい。だから、最近元気がないのかと。。。。弥もまどかも、 内心でそう思った。

「そっか、まぁ、元気だしなって!寂しかったら添い寝してあげるからね!」
「襲うなよ。。。ってゆーかまどか、県大会が近いから道場に止まり込みとか言ってなかったっけ?」

弥のつっこみプラス反論封じのダブル王手に、まどかはうっと黙り込む。

「けど、本当、何かあったら言えって言いたい所だけど。。。タイミング悪いなぁ。。。僕も父様に着いて明日3日間パリなんだよな。まっ、 いざとなったらアイツもいるし?」

意地悪く笑った弥が誰の事を言ったのか、雪菜は直に理解できたが、今回だけは、紅くなる代わりにビクリと肩を震わせただけで。 何時もと違う反応を敏感に感じて、弥は僅かに眉を潜めたが、その間にまどかが割り込んで来た為、確かめる事はできなかった。

「何馬鹿言ってんのよ!!!あんなゲスに雪菜を任せらるか!!良い!?何かあったらぜーーーーったい私に知らせるのよ!???道場からでも 飛んでくから!!」

毎回位置付けが低くなっている乖吏である。

(ううん。平気だよ。有難う、まどかちゃん、弥ちゃん。)

感謝の思いを伝えるように笑った雪菜だが、本当は不安で溜まらなかった。誰も一緒に居てくれない。。。。一人。。。
それでも、夜は何時も一人だから平気と自分に言い聞かせて、雪菜は笑顔を作った。

けれど、

時に風は、辛うじて立っている苗木にも、容赦なく吹き付ける。
帰り際に、台風が接近しているから、明日は休校の可能性もあると言い渡された。





最近、どうも雪菜の様子がおかしい。何時もの帰り道、 乖吏は、恭子のマシンガン尋問を聞き流しながら(ここら辺、既に慣れていると見える)そんな事を考えていた。

(兄さんと何かあったか。。。。?)

だとすれば、自分が気にする事でもないし、関係もないのだが。。。。。必要以上に避けられている。。。と言うよりは 視線を合わせようとしない雪菜を見ていると、イライラが募って行くのだから仕方が無い。

「でも、明日って嵐の所為で休校になるかもしれないんですよね?恭子怖いですぅ〜〜〜
「てめぇーなら嵐の方が反対に逃げるだろ。」

女の子らしくしがみ付いてきた恭子を、情け容赦なく引っぺがしながらピシャリと突っ込みを入れてやるが、 当の本人は膨れてみせるが、まるっきり気にしている様子はない。何時もの事だが、乖吏は深々と溜息を吐いた。 最近随分と苦労性になりつつあるようである。

「何言ってるんですか!女の子なら嵐が怖いのは当たり前なんですよぅ〜!!乖吏先輩!添い寝して下さい
「ぬいぐるみでも抱いてろ。」
「むぅ〜〜子供扱いしないで下さい!!」

傍から見れば楽しそうに見えなくも無い二人の会話を、複雑な心境で聞く雪菜。 もう大分慣れてしまったけれど、やっぱりこんな時には喋れないもどかしさがある。 恭子に対する嫌悪感は欠片もないが、多少なりとも妬いてしまうのは止められない。 それに、雪菜は自分の意思を只管貫く事ができる恭子が羨ましかった。

(恭子ちゃんは凄いな。。。。。私は、直に揺らいじゃうのに。。。)
「おい、どうした?さっきからぼーっとして。」

ぼーっと考えていると、突然、至近距離に乖吏の顔があって、雪菜はものの見事にたじろいだ。 一目惚れだった訳ではないが、何時見ても整った顔立ちに、不思議と引き込まれる深い瞳。その瞳が 大好きで、何時もじっと見入ってしまうのだが、最近は心苦しくてそれができない。 ふいっと視線をそらせながら、雪菜はなんでもないと言うようにフルフルと頭を振った。

「三月先輩は嵐とかすっごく怖がりそうですよね。イメージ的に。」

すると、未だに台風の話題を引き摺っているらしい恭子から、冗談半分に放たれる言葉。 確かに。。。と乖吏は同感しかけて目を見開いた。雪菜の顔色が、 一瞬にして真っ青になったからである。それは、お化けや、雷に対して子供が持つ様な恐怖心ではないと気がついて、 乖吏がかける言葉を失っていると、雪菜は直に我に返ったようににっこりと笑顔を浮べた。

(平気だよ。)

何時もと同じ筈の微笑みが、何故か酷く胸に引っかかった。





「兄さん。。。。。。仕事は良いのかよ。」

居間にて、いい年こいてジグソーパズル(猫ちゃん家族5000ピース)なぞをやっている兄に向かって、乖吏は余計なお世話と思いつつも取り合えず突っ込みを入れた。

「うん。雪菜ちゃん迎える為に患者さんの時間空けたままだからね。」

予想はしていたが此処まで来ると、もはや二の句が継げない。医者としては、褒められた行為ではないかもしれないが、其処までやる兄が、理解できないと 同時に、酷く苛立だしくて、皮肉が、勝手に口から零れた。

「だから、勝手に迎えに行けって。俺がいない間によりは戻したんだろ?」

最初から付き合っていた訳ではないので、この場合、よりを戻したと言うのは日本語が正しくない気もするが。宍道は ジグソーパズルから目を離して、眼鏡を外し、すっと乖吏を見た。

「乖吏君、どうしたんだい?なんだか何時もと違う様だけど。」

身近にいる者しか解らないであろう彼のポーカーフェイスの裏に隠された苛立ちに、 宍道は怪訝そうに尋ねた。それが、また更に気に障って、乖吏はやや乱暴にコートを掴むと、 そのままリビングのドアに手を掛ける。

「今夜は嵐が来るのに出かけるのかい?」
「帰らねーから。」

一日二日帰らないなんて珍しくもなんともない。。。。というよりは日常茶飯事な 乖吏なのだが、宍道にとっては、家族に対する労わりだった。それが解らない訳ではないけれど、 どう足掻いても、乖吏は所詮成人すらしていない若者なのだ。宍道の様に、余裕を保つ事などできない。 できるだけ平然とそう言うと、乖吏はその侭家を出て行った。

「乖吏君が意地を張ってる内が私の勝負時かな。」

一人になった宍道はぼそりとそう呟くと、再びジグソーパズルに取り掛かった。





(すぅ。。。。。。はぁ。。。。。大丈夫。。。大丈夫。。。)

夜も更けてきた頃、雪菜はベットの横に座って深呼吸をしていた。家中の灯りという灯りを 全て全開にしている為、丘の上に立っている家が灯台の如く目立ってる事など気にする余裕もなく、 雪菜はいざ出陣とでも言わんばかりに緊張していた。

嵐が来る。

毎年、この時期になれば覚悟している事なのだが、今度だけは違っていた。何時も付き添ってくれる 浪江さんがいないのである。弥も、まどかも、この時に限って都合が悪く、雪菜は計ったように自ら乗り切るしかなかった。
嵐は怖い。雷は怖い。けれど、ごく普通に恐ろしいと思うだけなら、泣いて一晩過ごせばそれで済んだだろう。けれど、 雪菜の場合は、その比ではない。彼女にとっての台風は、高所恐怖症、暗所恐怖症。。。と同じ、精神異常を来たす危険性のある物だった。
嵐は自分から父と母を奪い去った。声を無くす程の衝撃を、唸る雷は呼び起こす。叩きつける雨は、涙の様だった。
両親が無くなってから、嵐の夜は浪江さんか、祖父に縋り付いて泣きながらすごした物だ。暖かく背中を撫でてくれる手に、 どうにか自分を保つ事ができる。でも、今年は一人で乗り越えなくてはならなかった。

(大丈夫。。。。いつかは、慣れなきゃだめだもの。)

こんな時ほど、寝てしまえば良いのだろうが、元より不眠症の雪菜に、そんな器用な事ができる筈もない。 取り合えずベットにもぐりこんで、頭上のライトを眺めながら、雪菜は時が過ぎるのを只管待った。


バン!!!!!!!!


窓ガラスが叩き付けられる音に、雪菜ははっと瞳を見開いた。 何時の間にやら、少しだけウトウトしていたのだろうか。。。。家の中は、相変わらず 不自然に、冷たい明るさに包まれていたが、テレビ画面はノイズ一色だった。

とうとう来てしまった。

バン!!!!!
バババン!!!!

(やっ。。。。。。。。)

丘の真上に立っている為、風の抵抗が激しいのだろう。薄い氷の様な窓ガラスが、耐え抜いてくれる事を 願いながら、雪菜は耳を塞いだ。

怖い。

次の刹那、下の階から酷い破壊音が響く。割れたのだ。。。。。何処かの窓が。 この部屋も危ないかもしれない。
締め切ったカーテンの向こうに広がっているであろう闇を想像して、雪菜は 大きく身震いした。どんなに怖くても一人だと言う事実が更に恐怖心を駆り立てる。 そんな絶対的な不安の中、涙腺が緩んだ瞳が捕えたのはベット腋に置かれた電話だった。

助けを求めるのは迷惑だと解っているけれど。。。

声を聞きたいと言う思いが、全身を掛けて、

雪菜は震える手で受話器をそっと手に取った。





カタカタと窓ガラスが軋みを上げている。だが、叩きつける様な水音は、 外の雨ではなく、シャワールームから響いている物で。
無機質な視線で、ガラスにこびり付く水滴を見詰めていた乖吏は、 不意にテーブルの上で振動し始めた携帯電話を見つけて、怪訝そうにそれを手に取った。
時計は11時を過ぎた所だ。彼の生活からすれば、それほど遅い時間帯でもないが、 電話が掛かってくるのは珍しいと思いつつ、それを耳に当てる。

「はい。」

だが、返事をして暫く経っても電話の向こうは無言で、イタズラ電話にしても、 携帯の電話番号は極少数の人間にしか教えていないので可能性は少ない。
僅かに流れるノイズから、受話器の向こうの相手が、震えているように思えて。

「。。。。。。。。。。。雪菜。。。。。?」

自然に唇から漏れた名に、相手も然る事ながら、乖吏自身が驚いていた。何を言っているのだろう。。。。 只の無言電話である可能性も高いと言うのに、馬鹿馬鹿しい。けれど、何故か胸がざわついて、 受話器を握る手に自然に力が篭る。

ガシャン!!!!

だが、次の瞬間、その呼びかけを否定しているのか、投げつけられた様な音を立てて、電話が切れて。 これは間違ったかな。。。と思いながらも、何故だか受話器を手放す事ができずにいると、それを 咎めるかの様に、部屋を包んでいた水音が止んで、入浴室からバスローブを一枚纏っただけの女が姿を表した。

「な〜に?電話?」

濡れた髪を拭きながら、ベットに腰掛ける仕草は、洗練された妖艶さを放っている。

「。。。。。いや、無言。」

何時もならば、此処で「気になる?」などと余裕で切り返す筈の乖吏から、素直に返された返答に、 女は一瞬瞳を見開いた。

「ふーん。。。。。にしては気にしてるみたいだけど?」

確かめるように、探るように視線を合わせながら、女がゆっくりと白いバスローブを 脱いで行く。だが、男ならば、誰もが釘付けになるであろうその行動を見せ付けても、目の前の 男は反応を示す様子は無い。酷い屈辱に、一瞬体が燃えるかと思う程だったが、プライドでそれを 押さえ込むと、女は乖吏を引き寄せて、唇を合わせた。

「嘘つき。誰からだったの?。。。。。でも、今は私が欲しいでしょう?」

嘘は吐いていない。確かに無言電話だったのだ。。。。だけど、どうしても気になって。。。 似た様な事は、今まで何度もあった気がする。理由もなく、彼女かもしれないと思うと止められなくて、 そして、その予感は十中八九当るのだ。

(。。。。。。何考えてんだ。。。俺は。)

これが以心伝心という物だとすれば、それは非常に迷惑な話である。どうしたって、雪菜と関わり会いにならずにはいられなくなるではないか。 ざわつく心が酷く忌まわしくて、乖吏は纏わり憑く憂慮を振り払うように、女の口付けに答えた。





闇が来た。


それは、余りにも突然で、刹那のフラッシュと共に、全ての灯りが消え去ったのだ。 思わず、受話器を投げ捨てて、雪菜はパニックに陥っていた。

(いやっ。。。!!!誰か。。。。)

部屋の中いると、流れ込む嵐の音に押し潰されそうで、暗闇の中、至る所に体をぶつけながらも、なんとかドアノブに手を掛けて。ガチャガチャと震えの所為で 上手く回らないそれをやっとの思いで開いてから、雪菜はその場に崩れ落ちた。

駄目だと思った。

なんとか、一人でも乗り越えられると思っていたのに。怖くて怖くて、涙で視界が歪んで、 息が詰まる。段々と霧がかってきた思考に、このままではいけないと思い、雪菜は、ガクガクと痙攣する膝を無理に立たせて 取り合えず灯りを探そうと、よろよろと前に進んだ。

何処まで行っても闇は闇のまま。。。。昔もこんな事があったと思った。

(だっ。。。。駄目!!!!)

過去に飛んだ意識をギリギリで呼び戻して、雪菜は慌てて首を振った。思い出してはいけない。。。考えてはいけない。。。 こんな時にあの情景が再び蘇ろうものならば、きっと、自分が自分でいられなくなる。

(痛っ!!)

階段を下りて、二階に差し掛かった刹那、裸足に鋭い痛みが走って。不意を突かれた雪菜は、あっさりとバランスを崩した。

(ああっ!!!)

直後、痛みが、皮膚を切り裂きながら駆け上がり、その激痛に、雪菜は声にならない叫びを上げる。 呼吸を整えてから、そっと辺りに手を這わせると、カチリとざらついた破片が指先に触れた。

(。。。。。。。っ。。。ガラス。。。。?)

持ち上げようとした途端、再び攻撃を仕掛けてきたそれに、朧気な思考を持ちながらも、雪菜は窓ガラスの破片なのだと 確信した。やや前方に目をやれば、廊下側の、割れた窓から吹き込む強風がカーテンをばさばさと巻き上げていて。 灯りを求めていた彼女は必然的にその僅かな光に近づいていったのだろう。窓からは可也の距離があるにも関わらず、 雨水が飛んで全身に掛かった。
だが、ほんの僅かなそれでも、精神的に弱っている雪菜にとっては、残虐な過去を再生させる鍵に他ならない。

寒さを通り越して、痛みすら感じる風と
ガタガタと揺さぶる様に叩きつける雨と、
どんなに待っても戻って来ない。。。。。。。。

(お父さん。。。。。お母さん。。。。)

あぁ。。。。。。そうだ、あの時も、体のあちこちが痛かった気がした。傷の所為だけではなくて、怖くて怖くて、 恐怖が全身を貫いていたのだ。それでも、自分を抱え込む腕だけが、僅かに、呼吸する勇気をくれて。

ぬめり。。。。。といやな感触が手の平に張り付いた。

暖かくて、鼻をつく臭い。紅くてポタポタと全身に滲んだそれに、驚いて顔を見上げて。大丈夫?と尋ねた。
笑った父の笑顔は、淡く消えて無くなりそうで、ぎゅっと離れない様に千切れた服を握り締めたのに、 やさしく手を解いて、母を連れて戻ってくるからと、父はくしゃくしゃになった車の方に戻っていった。

それから。。。。。。。




炎炎炎。。。。。。

終止符を打つように、光が辺りに散って、
怒涛の唸りが、全てを奪って行った。


(いやぁ!!!!!!!!!行かないで。。。。一人にしないでっ!!!!!)


もう既に、雪菜の瞳に映るのは、今ではなかった。引きつる足にも構わずに立ち上がって、よろよろと歩き出す。 そこで、少しでも理性が残っていれば、多少は踏みとどまる事をしたのだろう、
だが、
視界が消えて、落ちて行く感覚と、直に、全てが闇になった。


嵐のシーン効果音が、「ババンカバンバンバン♪良い湯だな〜♪<By ドリフ>」と重なって仕方ありません。(爆笑)

楽園にエントリーしております。この小説を読んでまぁ、許せる出来だわvと思った方は投票してやってください。人魚の歌で検索をすれば出て来る。。と思います。(爆)

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