:2−2:


うーーー、体が、重たいです。
リトが出かけてから数時間後、私はぐったりとベットに伏せていました。
最近オアシスに住まなくなっていたので、水分が足りてなかったのかもしれません・・・。せめて、水瓶一杯の水でもあれば・・・。

リトには出かけるなと言われたのですが、外の井戸に行くぐらいは許されるでしょうか?
指先から失われて行く感覚に震えて、私はのそのそとベットから起き上がりました。一旦仮眠状態に入ってしまいますと、人に見つかっても私は何も解りません。その方が迷惑かかると思うのです。

っと言う訳で、これは必要リスクという事で・・・。

でも人の姿は特に注意されていたので、蛇の姿になり私はそろりと宿屋の窓から外へと這い出しました。・・・蛇って壁移動もすいすいなので便利です。

それにしても、リトが言っていたスコーピオンとは、結局なんなのでしょう。リトは、なんだか説明をはぐらかしているように思えました。私に、言えない事なのでしょうか・・・・。
うーん・・・・。

まぁ、一杯飲んでから考えましょう。

「スコーピオンを見つけたぞっ!!」

えっ!?

井戸にダイブしようとした途端聞こえた叫びに、私はびっくりして周囲を見回しました。
体を強張らせて、周囲に蠍らしきもの存在を捕えようと目を凝らします。

その時でした。

ふわりと、浅黒い何かが視界を横切ったのです。井戸の傍で立ち止まったそれは、汚れたローブを羽織った人の様でした。私の姿には全く気付いていないのでしょう。逃げ道を探すかのように四方を見渡すその姿がいかにも怪しげだったので、私はそっと顔を覗き込みました。

フードに隠された面は暗く、夜目の利く私でもはっきりと見えた訳ではありません。
だけれど、その特徴は浮き出される程鮮明に瞳に焼き付いたのです。

顔を縁取るのはきっと、緑なす黒髪。そして、その闇の中で静かに燃え盛るように、
赤い瞳が瞬いていたのです。

『・・・少なくとも人間側にいる限りは露出しない方が身の為だ』

連動するように、リトの言葉が脳裏を駆けました。
そう言う事だったんですね。
リトは説明してくれなかったけれど、いくら私だって解ります。

きっと、これが、『スコーピオン』


「・・・っはぁ、はぁ・・・。」

僅かばかりに乱れた息を吐き、フードを被ったその者は井戸水を数口含むと、再び走り出しました。見失う訳にはいきません、お、追いかけましょうっ!

で、でも、は、速いですーっ!蛇の姿じゃとても追いつけません。
ここは・・・・ごめんなさい、リト。

心の中でリトに謝って、私は蛇から人形(ひとがた)へと変身しました。後で怒られるのは嫌ですが、背に腹は変えられません。

「えーっと、何処に行ってしまったのでしょうか。」

路地裏に消えて行く姿を見失うまいと懸命に走ってきたのですが、どうやら私は足が速くないみたいで、直に見失ってしまいました。こんな事なら、最初に呼び止めておけば良かったです。

「おい、いたぞっ!スコーピオンだっ!!」


立ち尽くしていると、不意に背後から怒声が聞こえて。
私は反射的に振り向きました。この時程、動物的反射神経に感謝した事はありません。
神様、有難うございます。


だって、だって・・・・。


「あ・・・・危ないですーっ!!行き成り何をするんですかっ!」

土に深々と突き刺さっているのは、大木も一刀両断できてしまいそうな斧。
メッジモークは自然が少ない筈なのに、なんでこんなものがあるんですか〜っ!!
掠っただけで、服を破かれた左肩は、肌がひりひりしています。

「ち、避けたかっ!!おい、お前らっ!」
「おう、兄貴、加勢いたしますぜぃっ!」

斧を拾い上げ構えた、いかつい親父さんの後ろからぞろぞろと現れる人たち。
皆様、姿は農夫っぽいですが、ご職業はと尋ねたくなる程体躯が宜しくて。
ひぃーっ!なんでこんな普通に強そうな一般市民がごろごろしているんですかーっ!!
リト、騎士の面目無いですね。

「気持ちの悪い姿しやがって。」
「気をつけて下さい、兄貴っ!変身されたらヤバイですぜぃっ!」

ううっ・・・気持ち悪いって酷いです〜。
そりゃあ変身したら建物壊れるでしょうけど。

「よし、俺が合図したら一気に切り刻むぞっ!」

ええっ!ちょ、ちょっと切り刻むって皆さん、女の子相手にーっ!
突っ込んでいる場合じゃありませんでした、私。これは所謂ピンチと言う状況かもしれません。一触即発な雰囲気ムンムンで近づいてくる村人たち。えーん、さすがにこれは恐いですよー。ど、どうしましょう、あ、意外と小さくなったら逃げられるかもしれません。
いえ、踏まれてしまいますか。巨大化したら、建物壊しそうですし・・・どうしましょうー!!

そうこう考える間も、どんどん取り囲まれています。
手の届く位置まで近づいて来た一人が、私の髪をぐいっと引っ張りました。
手加減の欠片も無い力で、目眩みしそうな激痛に涙が出そうです。

「い、いたいですー、私、何もしてませんーっ!!」
「ふざけるな、騙そうたってそうはいかねーぞっ!俺らの村は絶対渡さねぇっ!!」

目を充血させ、唾をとばしながら罵倒する人たちは、私の言葉を全然聞いてくれません。
その姿は、スコーピオンよりもよっぽど恐いけど、私は―――そうできているから解ってしまいます。この方たちは、途轍もなく私が恐いのだと。怒りと嫌悪に混ざって、恐怖が流れ込んでくるのです。今なら、彼らの心が弱い今なら、私は逃げられるかもしれません。

でも・・・でも・・・・。
できませんっ!

「今だ、首を切り落とせっ!!」

えぇっ!?ご、獄門ですかっ!??うわーんっ!!

「「うぐぁぁっ!!?」」

目を瞑った次の瞬間、幾つもの痛烈な悲鳴が響き、私は驚いて瞼を開きました。
髪を締め上げていた手は無く、代わりに地面に横たわる人の山が。

う、嘘・・・私、力なんて使ってないのにっ・・・。

ぴくりとも動かない体にぞっと恐怖が背筋を掛け上がる。私のせい・・・?無意識のうちに力を使ってしまった・・・?

い、嫌です・・・そんなのっ・・・。

「大丈夫?」

心細くて思わず涙腺が緩んでしまった私の視界に気遣う声と共に白いハンカチが差し出され。はっと顔を上げと、くすりとフードの中から笑みがこぼれた気がしました。


「はじめまして、可愛いお嬢さん。」

何時の間にこんな近くまで来ていたのか、やんわりとフードを取り払い、
その人は私に笑いかけたのです―――いえ、人ではない・・・・。

滑らかなウェーブのかかった、短い癖のある黒髪と、
長い睫に縁取られた静かに燻る炎の瞳。

その背からは、鋭利な先端を持つ異形なる尾が伸びていました。

リトの言葉と共に、愕然と気づく。
ああ・・・・これが、『スコーピオン』なのですね。だから・・・。
それでも、この世界に来て初めてみた笑顔は、
とてもとても・・・泣きたくなる程に嬉しかったのです。






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