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「リトーーーーーーーっ!!見て下さいーーーーっ!!」

朝っぱらから渡り廊下に響いた落ち着きの欠片もない声に、俺はそのまま走り去りたい気持ちを押し殺して足を止めた。見たくないという思いが胸を占める。マリーンは約束を守って滅多に自分から俺に話し掛けたりしない。
だが、それでも話し掛けて来る時は必ず、人間の保有できる常識の地平線を遥かに超えた内容なのだ。数々の戦を戦い抜いた俺でも、体力をげっそりと削られる程の代物なのである。

ああ、見たくない。振り返りたくない。

「リトーっ!ここですーっ!見てください、凄いんですよーっ。」

そんな俺の心境を全く無視して、マリーンは叫んでいる。恐ろしい事に、この旧女神の使者は、自分が常識離れしている自覚が全く無いらしい。
仕方ない。逃げられる問題でもない。俺以外に見せる人間もいない様だし、見てやらないのもなんとなく可哀相な気がしなくもない。
意を決して俺は振り返る。

だがそこに、嬉しそうに頬を紅潮させて佇んでいる筈の少女の姿は無かった。
訝しげに俺は眉を潜めて一歩踏み出す。

「ここですよー! リトー!」

声はするが姿は見えない。益々不可解に思いながら、もう一歩踏み出す。
やはり、居ない・・・・。
一体何処から声が・・・・。

「きゃぁぁーーーーーっ!!だ、駄目ですっ!リトっ!止まって下さいーーーっ!!」

なんだ!?急な悲鳴に歩みを止めると、ほっと安心した溜息が洩れる。

「下ですよー、リトっ!下下っ!!」

下?確かに、人の姿でいるマリーンの身長はかなり低いが・・・。
それでも、視界には入る筈だ。

「もっと下ですーーっ!」

声の指示する通りに俺は視線を低くする。
そして床近くまで下ろした所で、一点に集中された。

やっぱりと内心で大きく溜息を吐く。またもや非常識な事を・・・・。

「もう、踏みつけられちゃうのかと焦りましたよー。」

黒くてかてかと光る、滑らそうな躰から明らかに不釣合いな高い声が洩れている。

「なんだ、その姿は。」

呆れながらも屈み込んで、俺はそこに居た20cm程の黒い蛇に尋ねた。

「それが、びっくりなんですっ。今日朝ですね、パズルのピースを一個、家具の隙間に落としてしまいまして・・・。」

あんまりオアシスを占領されても通行人の邪魔(恐くて誰も近寄らないんだ)になるので、マリーンには部屋が与えられた。その部屋の家具を指しているのだろう。よほど暇なのか、マリーンは俺のやったパズルに没頭している。確かにあれは良い暇つぶしになるが。

「それで、どんなに手を伸ばしても届かなかったんです。蛇の姿ならどかせると思ったんですが、部屋が壊れてしまいますし・・・。」
「懸命な判断有難うございます。」

当然だこのバカ。

「うっ、だから止めたじゃないですか。そ、それでですね、どーしても取りたい取りたい〜っ!体が小さかったら隙間にも入れるのに〜っ!っと思っていたら、なんと小さくなれたんですっ!凄いですよねっ!!」

全長20cmしかない体からは、表情などまったく読み取れないが、声から興奮しているのがわかる。

「それは凄い凄い。良かったな。」

大した感慨もなく返答するとマリーンが拗ねたのが解った。人間の姿だったら頬を膨らませている事だろう。

「リトはこの体の凄さを解ってませんねっ!これだと人に恐がられないと思うんですよ。」
「踏みつけられはするけどな。」

それに、元々蛇は人気のある動物ではない気がする。女官が裏庭に蛇が出た時青白い顔で絶叫していた覚えがある。ラメアに至っては蛇を見るのも嫌なのだそうだ。

「そ、それは、多少の危険性もありますけどっ!!この姿なら、誰も驚かないと思うんですっ。」
「・・・・・・・・それで?」
「・・・・・そ、それで・・・・」

マリーンがどもった。俺の声から不機嫌を感じ取ったのだろう。
だが、止める事なく彼女は再び口を開いた。

「この姿でも、外に出たら駄目ですか?」

やはりそう来たか。俺は大きく溜息を吐いた。

「駄目だ。城下は人が多いんだ、冗談じゃなくって本当に踏まれるぞ。」
「でも、自己再生とかできますけど?私。」
「ゾンビかお前は。」

縮小拡大変形自在思いのまま、そして不死身と来れば不死者よりもタチが悪い。遠征に出るなら絶対に出会いたくない種の魔物だな。

「リト、今なんか酷い事考えてましたでしょう。」
「・・・・とにかく、危険だから駄目だ。」

さり気無く話を反らすと、マリーンは小さく溜息を洩らした。

「・・・・そうですか。解りましたです。」

何度も同じ祈願をされてきたが、断るとマリーンは驚く程あっさりと身を引く。
暫くするとまた違う理由をつけてリベンジに来るのだが、却下する度に悪者にでもなった気分だ。
その内うっかり頷いてしまいそうで恐い。

「隊長っ!!大変です!!」

そんな思考に駆られていると、突如背後から緊迫した声が俺の名を呼んだ。
まずいな。マリーンのこの姿を見られたら、また説明が面倒そうだ。

「おい、隠れろ。」
「ええっ?な、なんでですか?でも隠れる場所なんて・・・。」

狼狽するマリーンに小さく舌打ちして、俺は咄嗟にその体を掴んで背広のポケットに放り込んだ。
何やら抗議の悲鳴が聞こえるが、無視する。

「南の集落『メルライナ』にスコーピオンが出没しました。」

駆けつけて来た副官であるオルドスが痛切な声で知らせた内容は、
最も聞きたくない類のものだった。

「敵の数は。」

どくりと波打った心臓を鎮める為小さく息を吸い込み、素早く騎士隊長の『業務体制』に入る。

「それが、解らないのです。人間に化けている姿を住民が目撃したらしいのですが、まだ奇襲は受けていないそうです。」

スコーピオンは言葉を話す事もできる高知能生物だ。数はそれ程多くはないが、水を毒化し、枯渇した所を襲うなど、知的戦法を用いてくる時もある。ならば態と無防備な人の姿で現れた理由はなんだ・・・・?

「解った。直に向かおう。準備はできているか?」
「はい、既に荷造りは完了しております。今出発すれば、午後には到着できるでしょう。」
「センチュリオンは?」
「今召集をかけておりますが・・・・リアサーラ以外どこかに出かけている模様で・・・。」

ちっ・・・またか。俺は舌打ちした。

スコーピオンの力は強力だ。その甲殻は並の刃では傷つける事すらできず、尾の毒に掠れば死にも至りえる。普通の騎士では、十対一が精一杯な魔物と、互角にやり合える人間。
それが、『センチュリオン』の称号を受けた者たちだ。
限界を超える訓練を繰り返した者、天性の素質があるもの、金儲けの為に仕方なく成った者。背景も生まれも年齢も様々な彼らは、王都で・・・言わば人の世で5人しかいない。
自己中心的 唯我独尊 傍若無人とロクな性質を持たぬ奴らばかりだが、対スコーピオンには必要不可欠な戦力だ。無駄に兵を割くよりは精鋭を寄り集め、小数で攻めるの方が断然良い。

「解った。今回はリアサーラだけで構わない。他の者には引き続き連絡を伝えてくれ。」
「はっ。」

オルドスが敬礼後、踵を返す。俺も出陣の号令を掛けるべく王宮正門へと足を向けた。




そう、それですっかり忘れてしまったのだ。








「そんな目で睨まないで下さいー!私の所為じゃありませんーっ!!」

颯爽と馬を走らせる事数時間。
咄嗟にポケットに突っ込んだ蛇の存在を俺がようやく思い出したのは、現場説明も聞き終え、南の集落『メルライナ』の宿屋に落ち着いた後だった。
個室に入った途端もごもごとポケットが動きだし、ぼんっと音を立てて人形(ひとがた)のコイツが姿を表した時には本当に驚いた。どうやら窮屈だったらしい。

「もっと早く言えないのか!」
「そんな、隠されてるのに、声とか出したりしたら拙いじゃないですか!」

こんな時だけマトモな思考回路しやがって。

「私だってもがいたんですよ?でもリト、ぜーんぜん気付いてくれないんで諦めて
寝ちゃいました。」
「・・・・。」

正直なのは悪くないがな。

「いたっ!!ふ、不可抗力ですーーーーーっ!」


時と場合と俺の気分を考えろ。
能天気な台詞に、思いっきり小突いてやると、マリーンは涙目で頭部を抑えた。
そんなに恨みがましく見上げられてもな。だが、確かの今回の件は俺にも非があるだろう。
仕方ないから謝っておくか。

「よしよし。」
「・・・・・うぅ〜流されてますっ。」

頭を撫でてやるとなんだか悔しそうに一人ごちている。おかしな奴だ・・・なんて言うのは今更過ぎるな。

「まぁ、過ぎた事は仕方ないな。今更戻る訳にも行くまい。大人しく此処で待ってろ、いいな?」
「ほえ?リト、どこかに行くんですか?」

あのな、惚けてるのか、このガキは。いや、天然か。

「仕事に来たんだぞ、俺は。今から巡回に行くからお前はここに居ろ。人にその姿は見せるなよ。誰か来たら蛇にでもなって隠れてろ。」
「はーい。ふっふっふ・・・これで、やっとあの姿の凄さが解りましたか?リト。小さくなれるのは凄いのです。」

『あの姿』が全ての元凶だろうが。
心底突っ込んでやりたい気分だったが、巡回を控え、無駄に体力を割くのは効率的ではない。俺はなんとか溜飲を下し、悪質な冗談を無視する事にした。

「あ、リト、一つだけ聞いてもいいですか?」

部屋を出ようとした俺を、マリーンが呼び止める。なんだと苛立ちを隠しもせず振り返った先に、戸惑うような眼差しがあった。・・・・・・・嫌な質問が来るな。

「スコーピオンってなんですか?」

やはりそれか。今まではぐらかして来たが、何時までも隠せる事でもないか。どこまで説明すべきか。この様子だと、俺と村長の話を聞いていたに違いない。いや、宮廷内で既にその名は耳にした事だろう。この世界の人にとって、脅威である名を。

「スコーピオンは、人間の天敵だ。」
「どんな姿をしているのですか?」

図ったような質問に、俺は思わずマリーンを凝視してしまった。言っておいた方が良い。
黙っておく理由もない。

「・・・・蠍形の魔物だ。」

そして、人を形取る時はお前と同じ姿。そう言おうとして、台詞が喉元でつっかえた。

「隊長、誰かいるんですか?」

タイミング良くドアの向こうから声がして、俺は息を吐く。
先延ばしにしただけで、根本的解決にはなっていないが、取り敢えず今この話は続けなくても良さそうである事にほっとした。

「いや、今行く。」

返事をしてからマリーンの耳元でもう一度行動を規制する。彼女は解ったと言う様に無言で頷いた。少し心配だが仕方ない。俺は踵を返してドアの外で待機していたオルドスと落ち合った。生真面目な副官は俺の顔を見るなり微妙に眉をしかめ、恐る恐ると言った様子で口を開いた。

「隊長、一人で話されていたのですか?」
「・・・・空耳だろう。」




二章スタートです。コミカル→シリアスになりつつあるかも?

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