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「リトーーーーーーーっ!!見て下さいーーーーっ!!」 朝っぱらから渡り廊下に響いた落ち着きの欠片もない声に、俺はそのまま走り去りたい気持ちを押し殺して足を止めた。見たくないという思いが胸を占める。マリーンは約束を守って滅多に自分から俺に話し掛けたりしない。 ああ、見たくない。振り返りたくない。 「リトーっ!ここですーっ!見てください、凄いんですよーっ。」 そんな俺の心境を全く無視して、マリーンは叫んでいる。恐ろしい事に、この旧女神の使者は、自分が常識離れしている自覚が全く無いらしい。 だがそこに、嬉しそうに頬を紅潮させて佇んでいる筈の少女の姿は無かった。 「ここですよー! リトー!」 声はするが姿は見えない。益々不可解に思いながら、もう一歩踏み出す。 「きゃぁぁーーーーーっ!!だ、駄目ですっ!リトっ!止まって下さいーーーっ!!」 なんだ!?急な悲鳴に歩みを止めると、ほっと安心した溜息が洩れる。 「下ですよー、リトっ!下下っ!!」 下?確かに、人の姿でいるマリーンの身長はかなり低いが・・・。 「もっと下ですーーっ!」 声の指示する通りに俺は視線を低くする。 やっぱりと内心で大きく溜息を吐く。またもや非常識な事を・・・・。 「もう、踏みつけられちゃうのかと焦りましたよー。」 黒くてかてかと光る、滑らそうな躰から明らかに不釣合いな高い声が洩れている。 「なんだ、その姿は。」 呆れながらも屈み込んで、俺はそこに居た20cm程の黒い蛇に尋ねた。 「それが、びっくりなんですっ。今日朝ですね、パズルのピースを一個、家具の隙間に落としてしまいまして・・・。」 あんまりオアシスを占領されても通行人の邪魔(恐くて誰も近寄らないんだ)になるので、マリーンには部屋が与えられた。その部屋の家具を指しているのだろう。よほど暇なのか、マリーンは俺のやったパズルに没頭している。確かにあれは良い暇つぶしになるが。 「それで、どんなに手を伸ばしても届かなかったんです。蛇の姿ならどかせると思ったんですが、部屋が壊れてしまいますし・・・。」 当然だこのバカ。 「うっ、だから止めたじゃないですか。そ、それでですね、どーしても取りたい取りたい〜っ!体が小さかったら隙間にも入れるのに〜っ!っと思っていたら、なんと小さくなれたんですっ!凄いですよねっ!!」 「それは凄い凄い。良かったな。」 大した感慨もなく返答するとマリーンが拗ねたのが解った。人間の姿だったら頬を膨らませている事だろう。 「リトはこの体の凄さを解ってませんねっ!これだと人に恐がられないと思うんですよ。」 それに、元々蛇は人気のある動物ではない気がする。女官が裏庭に蛇が出た時青白い顔で絶叫していた覚えがある。ラメアに至っては蛇を見るのも嫌なのだそうだ。 「そ、それは、多少の危険性もありますけどっ!!この姿なら、誰も驚かないと思うんですっ。」 マリーンがどもった。俺の声から不機嫌を感じ取ったのだろう。 「この姿でも、外に出たら駄目ですか?」 やはりそう来たか。俺は大きく溜息を吐いた。 「駄目だ。城下は人が多いんだ、冗談じゃなくって本当に踏まれるぞ。」 縮小拡大変形自在思いのまま、そして不死身と来れば不死者よりもタチが悪い。遠征に出るなら絶対に出会いたくない種の魔物だな。 「リト、今なんか酷い事考えてましたでしょう。」 さり気無く話を反らすと、マリーンは小さく溜息を洩らした。 「・・・・そうですか。解りましたです。」 何度も同じ祈願をされてきたが、断るとマリーンは驚く程あっさりと身を引く。 「隊長っ!!大変です!!」 そんな思考に駆られていると、突如背後から緊迫した声が俺の名を呼んだ。 「おい、隠れろ。」 狼狽するマリーンに小さく舌打ちして、俺は咄嗟にその体を掴んで背広のポケットに放り込んだ。 「南の集落『メルライナ』にスコーピオンが出没しました。」 駆けつけて来た副官であるオルドスが痛切な声で知らせた内容は、 「敵の数は。」 どくりと波打った心臓を鎮める為小さく息を吸い込み、素早く騎士隊長の『業務体制』に入る。 「それが、解らないのです。人間に化けている姿を住民が目撃したらしいのですが、まだ奇襲は受けていないそうです。」 スコーピオンは言葉を話す事もできる高知能生物だ。数はそれ程多くはないが、水を毒化し、枯渇した所を襲うなど、知的戦法を用いてくる時もある。ならば態と無防備な人の姿で現れた理由はなんだ・・・・? 「解った。直に向かおう。準備はできているか?」 ちっ・・・またか。俺は舌打ちした。 スコーピオンの力は強力だ。その甲殻は並の刃では傷つける事すらできず、尾の毒に掠れば死にも至りえる。普通の騎士では、十対一が精一杯な魔物と、互角にやり合える人間。 「解った。今回はリアサーラだけで構わない。他の者には引き続き連絡を伝えてくれ。」 オルドスが敬礼後、踵を返す。俺も出陣の号令を掛けるべく王宮正門へと足を向けた。 「そんな目で睨まないで下さいー!私の所為じゃありませんーっ!!」 颯爽と馬を走らせる事数時間。 「もっと早く言えないのか!」 こんな時だけマトモな思考回路しやがって。 「私だってもがいたんですよ?でもリト、ぜーんぜん気付いてくれないんで諦めて 正直なのは悪くないがな。 「いたっ!!ふ、不可抗力ですーーーーーっ!」
「よしよし。」 頭を撫でてやるとなんだか悔しそうに一人ごちている。おかしな奴だ・・・なんて言うのは今更過ぎるな。 「まぁ、過ぎた事は仕方ないな。今更戻る訳にも行くまい。大人しく此処で待ってろ、いいな?」 あのな、惚けてるのか、このガキは。いや、天然か。 「仕事に来たんだぞ、俺は。今から巡回に行くからお前はここに居ろ。人にその姿は見せるなよ。誰か来たら蛇にでもなって隠れてろ。」 『あの姿』が全ての元凶だろうが。 「あ、リト、一つだけ聞いてもいいですか?」 部屋を出ようとした俺を、マリーンが呼び止める。なんだと苛立ちを隠しもせず振り返った先に、戸惑うような眼差しがあった。・・・・・・・嫌な質問が来るな。 「スコーピオンってなんですか?」 やはりそれか。今まではぐらかして来たが、何時までも隠せる事でもないか。どこまで説明すべきか。この様子だと、俺と村長の話を聞いていたに違いない。いや、宮廷内で既にその名は耳にした事だろう。この世界の人にとって、脅威である名を。 「スコーピオンは、人間の天敵だ。」 図ったような質問に、俺は思わずマリーンを凝視してしまった。言っておいた方が良い。 「・・・・蠍形の魔物だ。」 そして、人を形取る時はお前と同じ姿。そう言おうとして、台詞が喉元でつっかえた。 「隊長、誰かいるんですか?」 タイミング良くドアの向こうから声がして、俺は息を吐く。 「いや、今行く。」 返事をしてからマリーンの耳元でもう一度行動を規制する。彼女は解ったと言う様に無言で頷いた。少し心配だが仕方ない。俺は踵を返してドアの外で待機していたオルドスと落ち合った。生真面目な副官は俺の顔を見るなり微妙に眉をしかめ、恐る恐ると言った様子で口を開いた。 「隊長、一人で話されていたのですか?」
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