:8−2:

 

リトが手の平を掲げた途端、凄まじい勢いで冷気が集結していくのが解りました。
そして次の瞬間。

ドゴォオオオオオオッ!!

「きゃああっ!」

出現した巨大な氷塊に、思わず尻餅をついてしまう私。

な、なななっ…!?

「ああ、すまん。コントロール間違えた。水が多いせいか…?」

独り言のように、今度は指先から小さな氷片を出現させるリト。
キラキラと光を放つそれは、洞窟の中をうっすらと照らし出します。

「り、リト…、その力は…?」

この世界の人間は、魔法なんて使えない筈ですが…。

「お前の影響じゃないのか?」
「え、ええっ!?」

反対に尋ねられ、困惑する私。

「ち、違うと、思います…その、私は闇の精霊ですから。」

確かに水の女神アスターナ様の下で働いていましたし、海蛇ですから、水の属性を持たなくもないのですが…。人間に力を分け与えるなんて高度な能力があるとは思えません。

「まぁ、良い。とりあえず、灯りはなんとかなったから行こう。」

あっけらかんとそう言って、リトはすたすたと歩き出してしまいました。

 

−−−−−−−−−かないで。

 

え…?

 

−−−−−−−−−−−帰ってきて。

 

何…?

 

呼ばれたような気がして振り返っても、そこには静かな泉があるだけで。

 

「何してるんだ、行くぞ。」
「リト、声がしませんでしたか?」
「いや、全く。」

そうですか…。私の空耳でしょうか。

「妙な事言っていないで、さっさと行くぞ。」

痺れを切らして歩き出すリトに、自然に手を繋げられて、どきりと胸が高鳴りました。

「あ、あの…。」
「なんだ。」

て、手を…。

「さっさと言え。」
「いえ、あのっな、なんでもないです…。」

きっとリトは私が迷子にならないようにと単純な気持ちで手を繋いだのでしょう。
邪念っ!邪念を追い払うのです、私っ!

 

 

「あの、リト…さっきから随分歩いていますが、ひょっとして迷ってたり…?」

洞窟の中は薄暗く、氷の淡い光だけが頼り。
歩いても歩いても周囲は同じような岩の壁ばかりで、不安になって私はリトに尋ねました。


「いや、まだ迷ってはいない。」
「ほ、本当ですか…?」

樹海よりも迷宮のような地下空洞で、どうやって迷わずにいられるというのでしょう。

「俺は迷わない体質なんだ。」
「は…?」
「歩いているうちに、頭の中に地図ができるだろう。」

いや、できませんよ、普通。単純な道ならともかく、こんな迷路のような場所を、数時間も歩いていれば脳内マップなんてとっくに白紙に戻ってます。

「たぶんこっちが出口だ。風の流動があるからな。…疲れたのか?」
「えっ?」

り、リリリリトに気遣われましたっ!?
これは何の天変地異の前触れですか。
驚愕に目を見開いた私の態度を肯定と取ったのか、リトは突如こともなく私の体を抱えあげました。

「り、リリリトっ!?」
「お前は俺の名前をどもらずには言えないのか。」


いやいや、そんな事を言っている場合じゃないですよっ!

「お前の体重なんて、ほとんど無いようなものだろ。こうしてた方が速い。」

そう言いながら、リトはすたすたと歩き始めてしまいます。
うう、確かに私の足幅ではリトに追いつくのに小走りになってしまいますけれど。
この状況は猛烈に恥ずかしいといいますか。
リトの顔が真横にあって、どこに視線を定めたらよいのか解りません。

「お前、さっきから挙動不審だぞ。」

誰のせいですか誰のー!!

「スコーピオンに、何かされたか?」

片手で顎を捕らえられ、正面から蒼い瞳とかち合う。
久しぶりに見るリトの瞳はやっぱり奇麗で、くらくらしてしまいます。

「な、何もされてないです。」

あわあわと答えると、ほっとしたように手が離れました。
し、心臓持ちません。

「でも、朧さんが亡くなってしまいました。」
「スコーピオンの棟梁が?」
「はい、私、私を守ってくれるために…仲間と戦って…。」

訝しげにリトが眉を顰める。

「リト、本当に人とスコーピオンは争わなくてはいけないのですか?」

涙ながらに尋ねると、暫くの沈黙の後、盛大に溜息を疲れました。

「おまえ、さっそく絆されたな。」
「なっ、ち、ちがいますっ!」
「どこが違うんだ。」

絆されたんじゃありませんっ!この目で見て、この耳で聞いてきたんですから!

「スコーピオンが人と争う道を選ぶ以上、戦いは免れない。それに、俺たちが仮に止めると言っても、民の私恨は晴れないだろう。肉親を殺された奴に、実は悪くないから、仲良くなれなんて言うつもりか、お前は。」

リトの言葉は、至極最もで反論もできずに私は黙り込むしかありませんでした。

「スコーピオンの中に、人間を殺す事を躊躇う奴はいない。そして、人間の中にスコーピオンが淘汰される事を憂うものはいない。」

解ってますそんなこと。
スコーピオンの始祖は、人との共存に失敗し。
あの時、人の友達を持った泉ちゃんだって、今は変わってしまった。

二種族の亀裂は、この嘆きの谷よりも深いのかもしれません。

 

 

寂しげな顔で俯いたマリーンに俺は小さく溜息をついた。
このお人よし精霊は、事実をなかなか受け入れられないらしい。
全く、そんな顔するな。俺が落ち込ませたみたいだろうが。

慰めるつもりでポムポムと頭を撫でてやると、マリーンが複雑そうな眼差しで俺を見上げた。顔を赤らめて、零れ落ちそうな赤い瞳をばしばしと瞬かせる。

一瞬頭が真っ白になった。
いやまて、まて。待て。落ち着け。
今のはちょっと眩しかっただけだ。何がって光がだ。それ以外に何がある。

ん…光…?

突然瞼を刺した光に、俺は眼を眇めた。
目の前には何時の間にか砂の滝が出現しており、その隙間から何本もの光が溢れ出している。

「あ、ここっ!朧さんや一縷さんに連れられて通った場所と似ています。」
「ここが出口で間違いないらしいな。」
「リト、ま、まさかここを潜るつもりじゃ…。」

そんな事だれがするか。震えるマリーンを呆れた眼差しで見つめる。
…まぁ、以前ならそうせざるを得なかっただろうがな。

認識してしまえば、新しい力を扱うのは難しくなかった。
頭の中でイメージさえすれば簡単に形成される。後は、集まる冷気の量をコントロールするだけだ。

砂の滝を見据えて、門をイメージする。
滝を割る、氷の扉を。

 

「す、すごい…。」

出来上がったそれを見て、マリーンは感嘆の声をあげた。
たしかに、ここまで上手く行くとなんだか怪しい気もするが…考えても仕方ない。

「出るぞ。」

マリーンを抱きかかえたまま、氷の扉を潜ると、白い砂漠のど真ん中に出た。
さすがの俺でも、すぐに位置を認識する事はできない。
王都の近くでない事は確かだか…。

 

「あ、ここなら、座標を定める事ができます!!」

マリーンが興奮したように顔を赤らめて言った。

「お前、今度は過去とかに飛ぶなよ。」
「はい、大丈夫…ってり、リリリリト…お、おおもいだし…!?」

ぎょっと瞳を見開いたまま口をぱくぱくさせるマリーンに、態と意地の悪い笑みを浮かべる。

「悪いな。せっかく俺の記憶だけすっぱり消してくれたのに。」

ざーーーっとマリーンの表情が、面白いぐらいに勢いよく青ざめる。
その反応すら懐かしく、抱える腕に力がこもった。

今度こそ、何があっても、マリーンを利用させはしない。


そう決意した俺は、自ら動かした運命を知るよしもなかった。

 

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