:5:



「お帰りなさいませ・・・ご主人さ・・・・」

家の玄関にて、何時もどおり出迎えに出てきた使用人のイールモーザは、俺が腕に抱えているものを見て、ピシリと表情を強張らせた。

まずい。さっさと説明しなければ・・・

「いやぁぁぁぁーーーーー!!ななななななんとけがらわしいっ!!」

っと慌てた矢先に叫び声が耳を劈く。反応が速くなってやしないか?

「待て、イール。想像する前に説明を聞け。」
「ご主人様っ!!そそそそそそんな、王女様という方がいらっしゃいながら、こ、この様な少女を酔わせた挙句部屋に連れ込み手篭めにするなどっ!!!仮にも勇者と謳われる方のする事とは思えませぬっ!!」

だから一体何処からそんな想像が出て来るんだ。怒りよりも、呆れと疲労に、俺はどっと溜息を吐いた。この50も半ばを過ぎた筈のイールモーザには、長い間家を任せてある。任務で長期留守にする事が多い俺にとって、多くの使用人は必要ないし、俺自身がそれを望んでいない。さすがに彼女一人では大変かもしれないが、適当に手を抜く様に言ってある。
顔を見た途端、英雄だの天才だのと褒めはやされるよりは、過剰の妄想癖があっても、イールモーザの方がやり易いのだ。

「いつもいつも、硬派だと言われて・・・わたくしはずっと心配だったのですよっ!!!日頃の我慢が終に・・・あぁぁ・・・なんと嘆かわしいっ!!!」
嘆かわしいのはお前だ。
「いいえっ!!いいいいええええっ!!!!良いのですキーリトス様。このイールモーザ、たとえキーリトス様がロリコンであろうと二股野郎であろうとも、どこまでも何時までもキーリトス様の味方です!さっ、心配はいりません、駆け落ちを為さるなら、裏口から脱出の手配をっ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

好い加減無駄に文字数を取るのは止めて欲しいのだが。

「あぁっ!!その前にっ!どうやって知り合ったのか経緯ぐらい教えてくださいなっ!!」
「・・・・・・最初からそれを聞けっ!!








「め、女神の使者なのですかっ!?」
「あぁ、そうらしいな。」

女神の使者をベットに横たわらせてから、なんとか事情を説明する事に成功した俺は、素っ頓狂な声で驚くイールに、疲れた溜息を吐いた。なんだか、一大任務を成功させた気分である。
・・・・・・・気分は最高に空しいが。

「それにしては、姿形が禍々しいですね?こっ、これはもしやっ!スコーピオンの罠っ!?」
「あり得ないな。女神と共に現れた。スコーピオンなら、オアシスを作る事などできないだろう。」

『スコーピオン』女神の使者の姿を見た者は、誰もがその名を思い浮かべたに違いない。

メッジモークは長い間渇水状態にある。それに、数年前から突如現れる様になったスコーピオンが追い討ちを掛けていた。
スコーピオンとは、その名の通り、蠍の形をしている魔物だ。尤も、その体は人間の三倍はある。奴らは群れを成して町や村を襲っていた。それだけではなく、オアシスを毒で汚染する為、水源が枯渇し、人は住み家を追いやられる。
人に化ける事もでき、その形態は必ず・・・・・そう、この、神の使者の様な、漆黒の髪と、紅い瞳を持っていた。俺の任務も、殆どこのスコーピオン退治である故、正直、一目見た時、神の使者の容姿には、敵意を感じずにはいられなかった。
今は、別に気にならないが・・・・果たして、民はどう思うか・・・・。やれやれ、また心労が増えるな。

「それにしても、中々目覚めませんね・・・キーリトス様、お水でもお持ちしましょうか?」
「ああ、頼む。」

イールが苦しそうに椅子から立ち上がり、のったりとした様子でキッチンに向かう。流石に歳も50を過ぎると、動きが怠慢になるのは仕方ないのだろう。今更、彼女にそんな文句を持ったりもしない。

しかし・・・・本当に血色が悪いな。

元から色白だったが、あどけない存在感を生み出していた薄紅色の頬からは、血色が消えかかっていて。何となく嫌な予感がした俺は、眠る少女の腕をそっと取って、脈を図った。
・・・神の使者に人間の様な心拍システムがあるのかどうかは不明だが・・・・
あるとすれば、彼女は可也危険な状態かもしれないと、俺の額に、一瞬冷や汗が浮かんだ。

死ぬ訳はない・・・・・よな?

初日にして、女神の使者を殺したとなれば、この世界は間違いなく滅びるだろう。
まずい。これは絶対不味い。俺は取りあえず女神の死者を揺り動かしてみた。
だが、弾力のある体からは、まるっきり抵抗がない。

・・・・・・まずい。拙すぎる。頼むから死ぬなら他の場所で死んでくれ。いや、他の世界で死んでくれと実に利己的な考えが脳裏を過ぎるのも、仕方ないだろう。危急存亡の秋(とき)なのだ。

「ごしゅじんさま、水をお持ちしました・・・・・」

物思いに耽っていた俺は、気付かなかった。盆を片手に載せて戻ってきたイールが、もう片手に毛布を抱えていた事を。そして、その毛布の先端が床まで崩れ落ち、イールが正にそれを踏みつけてすっ転ぶぼうとしている事に。

「あっ!!」

声がして俺が振り返った時は、既に盆のコップが宙に踊り出た後だった。
とりあえず慌ててコップを掴んだものの、不規則な水の動きまでは予測できなく。

バシャッ!!

しまったと思った瞬間、冷たい飛沫を上げて、それはベットに横たわる女神の使者の顔面に直撃していた。

「・・・・・・・・・。」

とりあえず、寝ていて良かった。


「す、すみません。ご主人様。」
「いや、大丈夫か?イール。」

うろたえるイールの床に落ちた眼鏡を拾ってやってから、俺は穏やかに言った。
これが、普通の家だったらば、イールは良くても解雇。悪ければ鞭打ちにすらなったかもしれない。それ程水は、メッジモークにとって貴重資源なのだ。

「取り敢えず、タオルを取ってきてくれないか?」

神の使者を濡れた侭にしておく訳にはいかない・・・そう思って視線を向けた刹那だった。

おい・・・・・冗談だろ・・・・?

怪奇現象。いや、人間じゃない事は解っているが・・・・。
たっぷりと、髪に、頬に、服に掛った水分が、目の前で、みるみる内に蒸発するかの如く消えて行く。これが驚かずにいられようか。そして、全ての水がすっかり乾ききったかと思うと、真赤な双眸がぱちりと見開かれたのだ。

「・・・・・・いっ・・・生き返りましたーーーーーーーっ!!!!!!」

うわっ!!

行き成りがばりと起き上がり、興奮に頬を紅潮させた女神の使者は、次の瞬間、衝撃二メートル程背後に飛び退いていた俺に向き直り深々と礼をしたのだった。

「有難うございます。命をお助けいただきましたお礼は必ずさせて頂きます。なんなりとお申し付け下さい。これからは、ご主人様と呼ばせて頂きますね!」

呼ぶなっ!呼ばなくて良いっ!いや、

「呼ばないで下さい。」

なんでそうなるんだと言う疑問よりも先に出た祈願の言葉に、神の使者は心底怪訝そうに首を傾げた。

一番おかしいのはオマエだ。



楽園にエントリーしております。この小説を読んでまぁ、許せる出来だわvと思った方は投票してやってください。
開いたページの投票ボタンをクリックすれば投票されます。


<<...TOP...>><<...BACK...>><<...NEXT...>>          <<...HOME..>>