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辺境の集落が、スコーピオン「らしきもの」による奇襲を受けているらしい。
そんな漠然とした報告を受けて俺が出向かった村は、王都から遥か北に位置していた。
一日馬を走らせてようやくたどり着く事ができる。到着した時には疲労困憊としていた兵士らも、目の前に広がる光景に、一瞬にして目が覚めたようだ。

遠方から黒点に見えたその集落は、目の前に立っている今も、黒いままだった。

「ひっ・・・!」
「こ、これはっ!!」

数名の口から、悲鳴が漏れる。村全体を黒く見せている物の正体・・・それは無数のスコーピオンだったからだ。
ただし普通のスコーピオンとは違う。姿は蟲型のスコーピオンに似ているが、その体長は大きくても30センチほどしか無く、小さいものでは手の平に乗るほどの大きさしか無いだろう。

「隊長!どうやら、この蟲の大群は、今朝早朝、唐突現れたそうです。泉を汚染する力は無いようですが、大きさによって持つ毒の強さも違うらしく、今のところ死者3名、意識不明の重傷者17名、その他軽症者50名近い被害が出ています。」

予想よりは小さい被害と言えるか。情報収集から戻ってきたオルドスの報告に、俺は暫く考えてから口を開いた。

「大切な物だけ持たせて、村人を全員外へ非難させろ。その後火炙りにする。」

幸いメッジモークはその気候柄、建物も家具もほとんどが石製だ。その為村全体に火を焚いたとしても、村の存亡に関わるような被害にはならない。
蟲は、いかなる意思を持って動いているのか、好き勝手に集落中を蠢動している。
小型のスコーピオンに見えるが、果たしてスコーピオンと同種なのか。

「コイツら、面白いよタイチョーさん。」

そんな事を考えていると、村に到着するなり意気揚々と姿を消したリアサーラが、スコーピオン数匹を片手に戻ってきた。今、恐怖の根源となっているものを、意図も易々と手づかみしている所は、さすがというか呆れるというか・・・。

「こっちから何もしなケレバ、襲われ無いみたいダネ。」
「お前今明らかに何かしてるだろ。」
「毒バリは、自己ボウエイ。ホラ。」
「っ!!」

ズバッ!!

「タイチョーさん、切っちゃダメでしょ。」
「お前がいきなり投げて寄越すからだろう!!」

そして聞け、人の話し。こちとら珍獣コレクターでも、蟲マニアでもないのだ。人の腕ほどサイズのある得体の知れない蟲に好んで触りたいとは思わない。

「敵意の無い生きモノを切ルなんて、ヒーローとして有るまじき行為なんじゃナイ?」
お前には言われたくない。

「隊長、準備が完了しました!」
「そうか、ご苦労。リアサーラ、頼む。」

解剖でも実験でも勝手にすれば良いが、給料分の働きはしてくれないと困る。

「シカタナイナァ・・・。」

大げさに肩を竦めて、リアサーラが飛翔する。
その姿が再び建物の間に消えて行った事を見届けてから、仕事を終えて命令を待っているであろう騎士たちの元へと向かった。

今、村の至るところには火薬の入った樽が仕掛けられている。リアサーラの弓が中央の火種に点火すれば、全ての火薬樽に引火し、村は瞬時にして炎に包まれるはずだ。

「ご苦労だった。全員この場から離れるぞ。」
「えっ!?・・・わ、私たちもですか?」

若い騎士の一人から、驚愕の声が零れる。民だけでなく、戦うべき立場にある騎士が逃げるのかと、その目には不満が見て取れた。

「・・・炎が上がれば、パニックに陥った蟲が一斉に村から飛び出してくるだろう。剣で蟲の集(すだ)くに立ち向かう気か?」
「・・・し、しかし・・・。」

逃げる事はできない。・・・騎士のプライドか。

「お前の気持ちは理解できるが・・・この蟲らに知能は無い。・・・ここで無駄に戦力を減らす訳にはいかないんだ。」
「解り・・・ました。」

なんとか納得した事を確認すると、今度こそ俺は騎士たちに急いで撤退を命じた。
そして、自分も馬にまたがろうとした瞬間、強い力に外套が引っ張られた。

「ゆ、勇者様!!」

振り向けば切羽詰った形相の男が一人、訴えるような目で俺を見上げている。

「どうしました?」
「こ、子供が・・・娘がいないのです!!」
「・・・!さきほどまで縫いぐるみを取りに戻りたいと言って泣いていて・・・駄目だってちゃんと言い聞かせたのに・・・!」
「解りました。貴方は一足先に皆と避難して下さい。」
「あ、有難うございます、勇者様!!」

必ず助けるとは言わなかったが、父親なのであろう男の顔には安堵が広がった。
オルドスに一足先に避難するように命令し、俺は蟲が蠢く集落に向かって駆けた。

リアサーラの眼力なら俺が入った事ぐらい気づきそうだが、奴に情けとか気遣いとか期待するだけ無駄だ。あと数分で救出し出さなければ、俺は蟲と一緒に火焙りの運命となるのだろう。

取り合えず落ち着いて周囲を観察する。上下左右、どこを見渡しても蟲だからけだ。
幸いリアサーラの情報どおり、自ら人を襲う事は無いらしい。・・・まぁ、一歩踏み進むごとに足の下で数匹潰れている状況では、何時刺されるか油断できたものではないが・・・。

ふと見上げた窓に人影が映った気がして、俺は目を凝らした。
確か、男の話から聞いた家はこの辺りだ。その民家の扉を破り、足早に階段を上がる。
窓の隙間から進入したのか、家の中にも小さなスコーピオンが所狭しと跋扈している。

二階のドアを開けると、中でうずくまっていた子供が、びくりと肩を震わせた。
どうやら当たりだったらしい。ほっと胸を撫で下ろす。

「えぐ・・・えぐっ・・・。」
「もう大丈夫だ。」
「お、おにいちゃん・・・わたしを、たすけにきてくれたの?」

ぐすんと鼻を鳴らして、幼女がこころもとない眼差しで俺を見上げた。零れ落ちそうな大きな瞳と、陶磁器のような白い肌。一瞬どきりとした。
いや、いくらなんでもここまで幼くはないか。
腕に抱いている熊のぬいぐるみ・・・どうやら間違いなさそうだ。全く面倒かけさせやがって・・・。思わず心中で毒づいてしまったのは、幼女がどこぞのぼけ精霊を思い出させるからに違いない。

「ほら、帰るぞ。」

手を差し伸べると、幼女はふるふると頭を振った。

「いや・・・ぱぱ・・・わたし、いらないって・・・。」
「そんな事は無い。心配していた。」
「ううん、ぱぱは・・・わたし・・・いらないの。」

この娘は・・・!まったく面倒かけさせるっ!そもそも俺は子供の面倒が嫌いなんだ。
舌打ちしてぐずる幼女を無理やり抱き上げる。

いや、抱き上げようとした。

 

 

「ぱぱ・・・わたしたち・・・いらないの。」

 

 

刹那。

 

ぞわりと背筋を駆け上がった悪寒に、反射的に後ずる。

 

「イラナイイラナイイラナイイラナイ」

 

壊れたゼンマイ人形のように繰り返す幼女の肌がプチプチと裂けていく。
血が飛び肉が弾けるその様はあまりにグロテスクで、思わず口を手で覆った。

 

「イラ・・・ガッ・・・グア・・・」

 

一瞬の内に幼女の姿から漆黒の蠍へと変化したそれは、ギチギチと体を鳴らし、百の目で俺を見据えていた。

 

 

 

 

幼女の皮を引き裂いた蟲は、スコーピオンというにはまだ小さすぎた。
それでも、村中を跋扈している蟲の数倍は大きく、子牛程の図体がある。

ちっ、なんなんだこいつらは。

とっさに振り上げられた尾針を剣で一刀両断にすると、蟲は壊れた機械音のような醜怪な悲鳴をあげてもがき足掻いた。切られた尾が再生する様子は無い。そのまま止めを刺そうとした刹那、突き刺すような殺気を感じ俺は勢い良く飛びのいた。
直後、轟音と共に壁一面が崩壊する。
一瞬火の手が上がったのかと思ったがそうでは無かった。土煙が晴れて現出したのは漆黒の鎧。建物を一撃で大破させた巨大な尾を掲げているのは、紛れも無くスコーピオンだった。

 

「・・・殺させない。」

 

巨体から予想外に若い声が響く。少年のようなこの声は・・・。

「泉(イズミ)か・・・?」
「・・・スコーピオンの名など、お前らにはどうでも良いだろう。」
「・・・その通りだな。」

百の瞳が憎悪を宿した紅蓮色に光る。振り下ろされた尾を飛びのけて俺はスコーピオンの体を駆け上がった。軌道を変えて襲い掛かる尾針を避けて背後に飛び降りる。
戦っている暇は無い。火の手が上がるまであと数刻も無い筈だ。
しかし、駆け出そうとした俺の目の前に、落雷のごとく黒い尾が振り下ろされる。

「逃がさない。火を止めろ。」
「・・・。」

スコーピオンの声は未熟で焦りを含んでいる。
そもそも、一人で来た時点でおかしい。まぁ、こいつに限っては最初から単独行動をしていたが・・・。

「必死だな。何が目的なんだ?」
「お前には関係ない。」
「なら、遠慮無く逃げさせてもらう。」
「待て!」

再び尾を振りかざすスコーピオンだが、あいにく蟲の巨体は動きが鈍い。
あたりもしない攻撃に構っている余裕は無く、そのまま駆け出そうとした所で、突風と共に、肌を焦がす程の熱気が周囲を包み込んだ。

くっ・・・遅かったか。

四方から、恐慌状態に陥った蟲の奇声が上がった。
紛糾した蟲の集く(すだく)が、まるで黒い波のように迫りくる。剣でどうこうできるレベルじゃない。
考える暇もなく、腕に走った痛みに、俺は顔を顰めた。
風で飛ばされたのであろう、蟲の一匹が上膊(じょうはく)に絡みつくようにしてその尾針をつき立てている。
それを反射的に振り落とした直後、頭上に陰りが生じた。
まずい・・・。体が反射的に動いても、完全に間合いに入った尾を、避ける事はできない。
致命傷を覚悟した刹那、真横からその振動は来た。

 

ドウウウウウウウンッ!!!

 

大地を揺るがすほどの衝撃。
立っている事すら困難な衝撃に、思わず膝をついた。
立ち込める土煙と青臭い血臭。

 

「間一髪!正義の味方・ただいまけんざーーーんっ!!!」

 

地盤が盛大に抉れ、目の前には半身を無残に奪われたスコーピオンが凄惨と苦しみ悶えている。
にもかかわらず、罵倒したくなる程場の状況にそぐわない登場を果たした少女は、ブイサインを作ると、高く飛び上がり、空中で三回した後、奇麗に目の前に着地した。

「リト兄、ひっさしぶりーーーーー!!」

ぎゅうーーーーっ!バキッボキ!
そして、容赦ない抱擁。

「フェルシア・・・お前、相変わらず空気読まないな。」

そして、自分が岩をも砕く怪力だと言う事を覚えていてほしい。

「フェルシア、力を抜いてさしあげないと、兄上の骨が折れますよ。」

ギブアップする一歩手前で助け舟を出した声に、俺は瞠目した。
胸がざわつく。

 

「お久しぶりです、兄上。」

 

黒い髪、赤い瞳。
相変わらず寸分も違わない奇麗な笑顔を浮かべて立つ、実力上、最強のセンチュリオン。

 

 

 

「飛鳥・・・。」

 

 

 

 

 


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