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「始めっ!!」

緊迫の糸を断ち切るように、イグニード将軍の力強い掛け声が響き渡る。
けれど、幾ら待っても、二人とも微動だにしません。互いを睨みつけ構えたまま動かない二人の所為で、周囲の気温はどんどん下がって行くようです。これって練習試合であって一騎打ちとかじゃありませんよね。二人から只ならぬ気迫を感じるのですが。
ああ、このままでは私酸素がっ・・・!思わず息を呑んだ刹那、飛鳥君が地を蹴りました。水中を泳ぐ魚のようなしなやかな動きで繰り出される鋭利な攻撃を、リトは二本の剣を駆使し、弾きとばします。いとも容易く剣を手放してしまった飛鳥君に半ば驚いた瞬間、宙を舞っていた剣が刹那自らの意思を持ったように軌道を変えリトに襲い掛かりました。

それを紙一重の所で交わしたリトに、飛鳥ちゃんが間一髪入れず二本目の剣を投げつけます。リトは飛び退いて距離を取りますが、執拗に動きを変え攻める剣からなかなか逃れられません。

みみ、見てられません。リトの体制が余りに不利すぎて!!一方的に攻められて逃げるしか無いのです。飛鳥君は一体どうやって剣を自由自在に操っているのでしょうか。まるで魔術のようでもある剣の動きは、計算し尽くされており、優美にすら思えます。

飛鳥君は最も強いと言った台詞が理解できるような気がしました。

「だ、ダカンさん、試合って何時になったら終わるのですか?」
「どちらかがギブアップ、又は戦闘不能か場外になった場合ですが。・・・今回のキーリトスは粘りますね。余程あなたの一言が効いたのでしょうね。ふふふ・・・。」
「わ、私の責任なんですか!!??」

そ、そんな、私の所為でリトが怪我したらどうしましょう。と私が青ざめ、リング上を祈るように凝視した瞬間。

ざくり

引き裂かれるような音と共に、血飛沫がはぜたのでした。

「き、きゃああっ!!」

右肩を貫かれ蹲ったリトの姿に、思わず青ざめ絶叫してしまう私。なんて事は無いように剣を再び手中に収めた飛鳥君がものすっごく空恐ろしく見えます。フェルシアちゃんの時も思いましたが、これ、練習試合ですよね。一方的な虐待ではありませんよね。

「飛鳥の剣を一度でも受け止められたのは、初めてですね・・・やはり応援あってこその事でしょうか。いじらしいですね。」
「こんな状況で訳の解らない台詞言わないで下さいーっ!」

肩貫かれてるんですよ、派手にっ!わーん、こんな幼い内に傷が残ったりでもしたら・・・。
けれど、私が慌てて駆け寄ろうとした瞬間、信じられない判定がイグニード将軍から言い放たれたのです。

「双方、引き分けっ!!」

えっ、ひ、引き分け・・・?どうみても一方的にリトが傷ついているようにしか・・・。

「・・・なるほど、頭使いましたねぇ。」
「は・・・?」

感嘆するように呟いたダカンさんの台詞が全く理解できず私がますます首を傾げていると、不意にイグニード将軍がリング上に上がりました。そして背にある巨大な二本の剣を片方抜き去り、空虚に向けて勢い良く振り下ろしたのです。

刹那、針金が千切れるような音と共に、リトと飛鳥君の間で火花が散りました。それと同時に、微動だにしなかった両者が、束縛が解かれたかのように体の力を抜きます。

「良い試合だったぞ!二人とも!!」

わははと豪快に笑いながらイグニード将軍が二人の頭をぐりぐりと撫で回しました。
無傷の飛鳥君はともかく、右肩貫通しているリトにはかなり無茶な扱いだと思うのですが。
案の定、ゆううつそうにイグニード将軍の手を跳ね除けると、リトは顔をしかめたままリング上から降りてきました。

「り、リリリト、大丈夫ですかっ!!」

おろおろと狼狽しながら駆け寄った私ですが、氷のような冷たい一瞥をくらい、思わずその場に立ち尽くしてしまいます。お、怒られるのでしょうか。そりゃあ絶対来るなと言われたのに来てしまったのは私の方ですが、それは不可抗力でしてっ!

「す、すすすすみませ・・・。」

天使のような面に浮かぶ威圧的な眼差しに言い訳を悉く封じられ、おどおど謝罪をすると、目の前でリトの体がぐらりと揺れ、そのまま倒れ込んできました。

「うきゃああっ!」

自分と同じぐらいの体躯と言えどさすがに支えきれず、共に地面へと傾れる私たち。
生ぬるい血の感触に傷の深さを改めて思い知らされ、どくりと心臓が高鳴りました。

「あ、飛鳥君っ!やりすぎですっ!」

これが彼らのやり方なら、責めるのは間違っているのかもしれません。
でも言わずに入られなくて。思わず叫ぶと、飛鳥君は困ったように眉を顰めました。

「狙ってた訳じゃないんだけどね。兄さんが針金の軌道を変えるものだから。」

はりがね・・・?

「ほら、さっき父さんが切っていたでしょう?僕の『銀子弾(イン・ズー・タン)』は肉眼に捕らえ難い針金で操っているのです。だから不規則な動きをする事ができ、予測も不可能に近い・・・のですが。」
「その針金の動きを逆手に取るたぁ、成長したなぁ。」

そう言い、急に話に割り込んできたのはイグニード将軍でした。

「こいつが腕一本勝負にかけるなんざ・・・。」

腰を折り、リトを子猫のように抱き上げた後感慨深く呟くイグニード将軍。やはり心配・・・。

「さすが俺の息子だぜ、ガッハッハッハ

ってそう来るんですか!?そもそもリトは気絶するほど出血していると言うのに・・・やはり此処では流血沙汰なんて日常茶飯事なのでしょうか。絶句していると、絶妙のタイミングで飛鳥君が助け舟を出してくれました。

「父上、兄上は出血が酷いのですから、笑ってないで治療を・・・。」
「おお、そうだった。」

全くもってその通りです。飛鳥君の言葉に思い出したように雄雄しく頷く将軍。
・・・本当に大丈夫なんでしょうかこの人。

 

 

 

「飛鳥君・・・練習試合って、いつもこんな凄惨なのですか。」

着いて行こうと思ったのですが、なんとなくダカンさんとイグニード将軍の間に入っていけず取り残された私は、大きく溜息ついてから飛鳥君に尋ねました。なんだか見ていただけなのに疲労困憊ですよ。

「え・・・今日はまだ平和な方ですよ?」
「・・・。」

しれっと答えた飛鳥君に、思わずくらりと目眩が。センチュリオンの皆さんはこんな過酷な環境で育っていたんですね、どうりで強くなる筈です。

 

「でも、リトはセンチュリオンではないのに、どうして皆さんと手合わせしてるんですか?」

リトがあまり訓練に乗り気でなかった理由も今なら解ります。にも関わらずイグニード将軍がリトをセンチュリオンの子供たちと同じ環境で育てる事には、何か意図があるのでしょうか。・・・あの人を見てるとかなり怪しい所ですが。

「どうでしょう・・・父上は何も考えてないと思いますが。」

ええ、やっぱりっ!!??っと言うかそんなはっきり言ってしまって良いんですか!?

「師匠は、兄上に何か素質を見出しているようで・・・僕には解りませんが・・・現に今日は負けてしまいましたし、油断大敵ですね。」

そういうと飛鳥君はくすりと笑みを零しました。

「あの、さっきは怒ってしまってごめんなさい。」

いくらリトが傷ついたからと言って、試合は試合で飛鳥君が間違った事をした訳ではないのですから、彼を一方的に非難するのは正しくありませんでした。飛鳥君の笑顔になんだか罪悪感を感じて、私は申し訳なさそうに謝罪しました。

「・・・いいえ、気になさらないで下さい。」
「すみません〜!」

飛鳥君は本当に大人です。

「・・・でも。」
「はい?」
「・・・少し妬けました。」

・・・やけ・・・焼け?

「姉上は僕の姉上なのですから・・・僕の事を一番に心配して下さい。」

悪戯っ子のような笑みを浮かべてそう囁き、小さく目配せする飛鳥君。
かはっ!!な、なんですか。じゅ、十歳でこの妖艶さっ!?私なんかよりも遥かに艶っぽいと断言できる愛らしさ全快なそぶりに、思わず腰砕ける私。
良い子系だと思っていたら実は子悪魔系だったなんて。

「大丈夫ですか?姉上。」

と思いきや、純朴な子羊のような瞳をするのですから。やはり末恐ろしい子です。

「だ、大丈夫です、ハイ。」
「・・・でも、体が霞んでいるような。」

えっ・・・。

飛鳥君の言葉に自分の両手を見下ろした私は、ぎょっと瞳を大きく見開きました。
きゃーっ!体から地面が透けて見えますよっ!と思ったのは一瞬だけで、また直ぐに元通りのなった私の体。転移魔法を唱える瞬間と今のは同じ感覚だったかもしれません。でも自分で魔法を発動した訳ではないのですが・・・。

「大丈夫ですか?姉上。」
「あ、はい・・・多分。あの、私これで失礼しますね。」
「えっ、何処へ。」
「すみませんっ!!」

飛鳥君の言葉に慌しく謝罪し、その場から性急に離れる私。良く解りませんが、これは元の時代に引き寄せられているのかもしれません。でしたらその前にリトの容態を確かめなければ。帰ってみれば既に墓の下・・・なんて事になっていたら洒落になりません!

 

 

「リトー・・・?」

転移魔法を使うのはなんとなく怖いので、自分の足で探すしかありません。途中でダカンさんに会った私はリトの休んでいる部屋を聞き出し、そろりとドアを半分だけ開いて中を覗き込みました。

「何。」
「うきゃああっ!!」
「自分で話しかけといて何驚いてるの。」

いや、すみません。寝ているのだとばかり思っていました。まさか変わらぬ鉄仮面のまま起きているなんて。でもでも無事で良かったです。

「あの、入っても良いですか?」
「・・・良いよ。」
「えええっ!?」
「だからなんで自分で聞いといて驚くんだっ!!」

いやいや、リトの事ですから、『勝手にしろ』とか『入るなって言えば消えてくれる訳?』とか冷たい一瞥で切り捨てられるものだとばかり予測していたものですから心の準備が。

「お前、失礼な事考えてるだろ。」
「ひっ、いえ。めっそうもございませんっ!」

せっかくの良い流れを無駄にする手はございません。てくてくと駆け寄って痛々しく包帯の巻かれた右肩を覗き込みました。こんな時、治癒能力があったらどんなに良いかと自分が悔やまれます。

「そんな泣きそうな顔して見ないでくれる。気持ち悪いから。」
「はっ!?すみません、えとえと、リト、とっても格好良かったですよっ!」

場を明るくしようと私がそういうと、リトは一瞬凝固した後ふいっと顔を逸らせてしまいました。

「妙なお世辞はいらない。」
「お世辞じゃな・・・。」
「それとも、無様に負けると思ってたから?」
「そんな事・・・。」
「うるさいっ!妙な慰めならごめんだ!!」

突如声を荒げたリトに、驚愕のあまり仰け反ってしまい体のバランスを崩してしまう私。
でも不思議と怖くはありませんでした。だってこれは怒っているというより、何処か拗ねているような・・・。今まで無味無感動だと思っていたリトですが、本当は感情の起伏を堪えていただけなのかもしれません。でも、不謹慎でしょうか。なんだか凄く・・・。

ぎゅーっ!

「なっ!!」

いきなり抱きついた私に、リトが反射的に身を引き剥がそうとします。でもそうはさせませんよ。子供の力でしたらまだ私の方が強いんですから!

「嬉しいです。」
「何がっ!」
「リトが思っている事を話してくれて。無表情なよりずーっと良いですよ。」

思わず満面の笑みでリトの顔を覗き込んで私はそう言いました。

「っ!!??」

リトー?顔が赤いですよ・・・?あ、また顔を逸らせました。むむっ、人と話す時は目を見て話すものですよ、リト。

「・・・お前って、何考えてるのか解んない。」
「よ、良く言われます・・・。」

思考回路が破綻してるとか、大人のリトには日々耳からタコがあふれ返る程聞かされてますからね。

「・・・見ただろ。父上の後を継ぐのは飛鳥だ。一番強い。」
「そんな事、でもリトだって今日は引き分けだったじゃないですか。」
「それは、お・・・。」

言いかけて、はっとしたように口を噤むリト。きょとんと首を傾げると嫌そうに眉を顰められました。あ、またそんな子供らしくない顔して。

「とにかく、俺は騎士隊長にはなれない。どう足掻いたって、普通の人間なんだ。」

それから小さく溜息ついて、リトは「ここは窮屈だ」・・・と呟きました。

「リト・・・。」
「周り変な奴ばかりだし。」

いや、そんな言い方はちょっと・・・半分ぐらい否定できませんが。

「明らかに自分の息子じゃないのにあの男は何を根拠にあーも暑苦しく信じていられるんだ!?」

お、落ち着いて。でも、それは確かに私も感じられた事。イグニード将軍は、センチュリオンの子供誰に対しても豪快でみんなのお父さんって感じだけれど、リトを見る時の目は格別に優しい気がするんです。

「愛されてますね。」
「気持ちわるい事いうなっ!!」

え、良いじゃないですか、自分の父親に愛されるなんて。

「リトは天邪鬼で難しいですね。」
「・・・んだと。」
「お、おおおこらないで下さいっ!そんな深く考えなくても、みーんなリトの事好きなんですから、自身持てば良いんです。強いとか弱いとか、そんなの関係無いじゃないですか。」

もちろん私も大―好きです、と付け足して。だってリトは未来でもモテモテですしね。主に若い世代の女性と男性に。

「隊長さんになりたくないのなら・・・それは、仕方ないです。私の所為じゃないなら、私のいた時代と、この時代は違うのかもしれません。」
「・・・お前には未来で、会わないかもしれないって事か。」
「え・・・?どうなんでしょう、解りません。私がリトと始めて出会った時、リトは隊長さんでしたから・・・。」

あの瞬間リトと出会わなければ、私はアスターナ様について神界に戻っていたでしょう。
そういい終わらぬ内に、私の存在が薄くなる感覚がしました。先ほどよりも一層明確に。

「おい、お前・・・体が。」
「はい・・・帰る時間みたいです、リト。」

少し名残惜しいですが、懸命に笑顔を浮かべて私はそう言いました。私の時空でリトが待っている・・・かどうかはさておき、小さなリトとお別れするのは寂しい・・・そんな事を思っていると、突如顔を顰めたリトが、乱暴なまでに強く私を抱きしめたのです。抱きしめるというより、縋り付くように。

「いやだ・・・!」
「・・・・・・えっ!?」

一瞬何が起こったのか理解できない私。
切羽つまっているようなんですが、な、何が嫌なんですかとか聞いても良いのでしょうか。

「いやだ・・・行くなっ。」

ぎゅっと更に強まる抱擁。・・・に数十秒遅れてから内心で悲鳴をあげる私。
り、リトがこれはひょっとしなくても私を引き止めてるんですか!?追い帰そうとしてるんでも喜んでいるんでもなく!?

「り、リト突然どうしたんですか。」
「っ・・・鈍い奴・・・。」

鈍いって・・・そりゃあ蛇は俊足ではありませんがっ。

「リト、放して下さい!巻き込まれてしまいますっ!」

次第に光り出す体に、転移魔法が私の意識介入無しに発動しようとしている事を理解する。おそらく私だけを連れ戻そうとしているのでしょう、だからリトが離れてくれなければ、時空の狭間に落とされてしまうかもしれません。

「リト、お願いですっ!はなして・・・。」
「いやだっ!・・・マリーンっ!行くなっ!」

心から搾り出すような悲願の声に、未だ信じられないのにぎゅっと心臓が痛くなって指先から痺れが広がる。し、しっかりするのです私。このままリトが次元の狭間に落とされても良いって言うんですか。

「駄目ですってばっ!リトっ!」

突き放そうと思うのに、怪我人なのに、子供なのに。できないのは、リトの力が強い所為だからでしょうか、それとも、離してほしい筈なのに、どこか嬉しいと思ってる私の所為なのでしょうか。ぎゅっと目を塞がなければならない程に転移魔法の光が強くなる。

仕方ありません。

 

「リト・・・ごめんなさい。」

それは、どんな精霊でも必ず使える魔法。人にとって伝説で、神秘で、架空の生き物である為に、特定の任務外で姿を見られた場合、精霊はその人間から自らの記憶を消せるよう託されている、記憶封じの魔法。・・・私のような『逃亡者』は最初から問題外なのですが・・・。

ぎゅっとリトを抱きしめ返し、その姿勢のまま私は呪文を唱えました。転移魔法が、完成に近づいています。速くしなければ・・・。

「・・・さよならです、リト。」

囁くと同時に、完成された魔法の力がリトの体を突き飛ばしました。
自発した転移魔方陣の威力は凄まじく、耳鳴りと振動が私の体を襲います。
ううっ・・・さ、さすがにこれは私もきつ・・・おぇっ。

などと呑気な事を思ってうちに、さながら竜巻に攫われるかの如く、私の体は過去の時空から姿を消したのです。

 

・・・て何処に飛んでいくのか私知りませんよーっ!?

 



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