「リートっ!」
「うわっ!?」
あ、驚かれました。ちょっとうれしいかもしれません。 ・・・いや、そんな直に嫌そうな顔をしなくても。
「何、その呼び方。」
「リト?」
「だから、何だそれは。」
「・・・え、いつもこう呼んでますよ?」
リトの質問に怪訝そうに首を傾げると盛大に溜息吐かれました。うっ、未来だけでなくこんな小さなリトにすら呆れられるなんて。
「もう良い。それよりどうやって現れた。」
「転移魔法ですか?私、精霊ですから。うっかり失敗して過去に飛ばされてしまいましたけど。」
「ならホイホイ使うなよっ!」
おおっ!初めての反応です。うれしいかもしれません。
てへへっと笑うとリトは怪訝そうに眉を顰めて、顔を背けてしまいました。
「なんで一々ついてくるんだ。」
「だって、お父君せっかく帰って来たのに、一人でどこかに行ってしまうから。」
「・・・俺の勝手だろ。」
「り、リトは・・・父君の事嫌いなんですか・・・?」
「・・・別に。」
そんな答えでは納得できません。リトは一体何考えているのでしょう。大人のリトは騎士隊長と言う地位につき、一国の軍事力を率いているのに、今のリトはまるで他人に興味が無いと言うか、全てを拒絶しているように見えます。思春期なんでしょうか・・・でも。
「暑苦しいから極力関わりたくないだけだ。」
しれっとなんて残酷な事を。
「それに、何処の馬の骨かも解らない子供を育てる気がしれない。」
えっ・・・。
視線を逸らせたまま尋ねられた台詞に、私は瞠目しました。
どこの馬の骨・・・それは、センチュリオン皆さんを指しているのでしょうか。
「それは幾らなんでも酷いです。子供と言えど言って良い事と悪い事があるんですからねっ!!」
思わず声を上げると、リトは驚いたように視線を私に向け、そして悟ったように小さく溜息を吐きました。
「センチュリオンは卓越した能力を持つ天才だ。馬の骨なんかじゃない。」
「え・・・じゃあ馬の骨って・・・。」
言葉の意図が把握できず首を傾げていると、リトは眉を顰め、くるりと踵を返してしまいました。
「えっ、えっ・・・?ま、待って下さいリト、話の途中で行かないで下さい。」
「馬鹿に一々説明したくない。」
「う、うー・・・。」
容赦ない物言いです。もうっ、そんなに逃げるんでしたら私にだって考えがあるんですからねっ! 拳を握り締め、転移魔法を唱えたまでは良かったんですが。
「きゃーっ!」
「わっ。」
真正面に回り込もうとしたのがいけなかったのでしょう。私の登場を予期していなかったリトと正面衝突してしまい、そのまま・・・
えーっと・・・その。
「お前って・・・破滅的にトロいのか馬鹿なのか、どっちなんだ?」
身もふたも無い二択だと思うのですが、この体制では何を言っても言い訳にすらなりません。どうして私、最近こういうのばかりなんでしょうか。
未来では飽き足らず、過去でもリトを押し倒してしまうなんて。
「す、すみません〜!け、怪我はありませんでしたか。」
「・・・どいてから謝ってくんない。」
「ひぃー!ごめんなさいごめんなさいっ!」
不機嫌な声に、飛びのくように起き上がった刹那。
ビリリリリッ
「っ!!??」
「あ、すみません、服が破れました。」
どうやら丁度胸元のレースが、リトのタイピンに引っかかってしまったようです。私のドレスにはレースが沢山ありますからね。
普段は気を使っているのですが、慌てすぎました。
「あ、謝っている場合かっ!?隠せ!」
「はぁ・・・リト・・・?」
急にうろたえて耳まで真っ赤になったリトの姿に私はきょとんと首を傾げました。今まで心配になる程能面的だっただけに、その姿はとても新鮮なのですが、一体何をそんなに慌てているのでしょう。
「あの、そんなに心配しなくても、こんなの魔法でちょちょいのちょいと直せますよ。」
「だったら速くなおせっ!お前には羞恥心が無いのかっ!」
羞恥って・・・そこまで言われる程の事だとは思ってなかったのです。そもそも精霊って基本的に裸ですし。
蛇は服を着たりしませんし。この服装だって気がつけば着せられていましたし。
「変なリト。」
「その言葉そっくりそのまま返してやる。」
ちょっと不服に思いながらも素直に服装を直すと、タイミングを見計らったように物陰から人が現れました。
「すみません、兄上。お取り込みは済みましたでしょうか。」
優雅な語調でそう言い放った飛鳥君に、リトは一瞬だけ固まり、直ぐに心底不本意だと言うように振り向きました。
「父上が、稽古に来いって呼んでますよ。」
にっこりと笑む飛鳥ちゃんとは対照的に、ますます顔を顰めるリト。違和感のあるその様子に、周囲の空気が張り詰めて行く気がして、
訳も解らず緊張してしまいます。
「・・・解った。今から行く。」
やがて、諦めたようにため息をついたのは、リトでした。
「あ、私も・・・。」
「絶対に来るなっ!!」
行って良いですかと尋ねる間もなく頭ごなしに拒絶され、あまりの剣幕に私は瞠目しました。思わず怯えた表情になってしまっていたのでしょうか。
少し罰が悪そうに、リトが柳眉を顰めました。
「兄上、そんな言い方をしては可哀相ですよ。」
「・・・稽古をするんだろ、さっさと行くぞ。」
咎めるような飛鳥君の声に、小さく舌打ちすると、不機嫌そうにその場から歩き去ってしまうリト。困ったように小さな声で、「あまり気に病まないで下さいね」と言い放ち、飛鳥君もその後を追います。私はどうする事もできず、その場に立ち尽くして小さくため息を吐きました。
はぅ・・・嫌われてしまっているようです、未来でも好かれてはいませんが、此処まで嫌われる事は無かった筈なのに。や、やはり石段の所で下敷きにしてしまったのがいけなかったのでしょうか。はぁ〜〜。
「ふふふ・・・乙女のため息は、悩ましいですね。」
「ひぃぃぃっ!?」
突如耳元に息を掛けられ、私はぞぞぞっと背筋を震わせ、弾かれるように後ろを振り返りました。
「だ、ダカンさんっ!?」
いやはや、この気配を断った現れ方。まさしく飛鳥君とダカンさんは師弟に違いありません。
「おや、私を知ってらっしゃるのですか。」
がふっ!?さっそく墓穴を掘りました。ダカンさんと話していると、どんどん誘導尋問にはまり、いつの間にやら洗いざらい心中を吐き出してしまいそうです。これ以上歴史を引っ掻き回す訳にはいきません、なるべく係わらずここは逃げる術を・・・。
「貴方のような珍しい素材・・・いえ、愛らしいお嬢さんを忘れる筈は無いのですが。」
おもいっきり言い直した後に褒められても。
「え、えーっと。ま、街中でお、お見かけしまして。」
「ほぅ・・・どの街で?」
「え、えええーっと、メルライナ、だったような。」
「メルライナの完成目処は三年後なのですが。何故貴方は向後(きょうこう)の都市で私をお見かけしているのでしょうね。」
かふぅっ!や、やってしまいました。私のバカーっ!覚えてないと言えば良かったです。と後悔しても後の祭り。聖母のような笑みを浮かべるダカンさんの前で、私は追い詰められた小動物の如くガタガタと震えるしか術はなかったのでした。
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