:5−2:

「うっ・・・うーんっ・・・。」

目を覚ますと、なぜだか巨大な天蓋つきベットに寝かせられていました。
此処はどこでしょう、そして私はなぜこんな所にいるのでしょうか。確か石段を転がり落ちた所までは覚えてるんですが・・・生きているのは良しとして、助けられたような状況が理解できず、疑問符を浮かべていると、窓にコツンと何かが当たる音がしました。状況が掴めないままやたら高いベットから飛び降りて窓まで歩み寄り、恐る恐るそれを開けると、メッジモークの乾いた熱い風が舞い込んできます。どうやらここは二階らしく、身を乗り出して下を覗き込むと、人の姿が目に入りました。小柄な体系、まばゆいまでに光を反射するプラチナブロンドの髪。

すみません、めちゃくちゃ美少女なんですが。そして視線があったと思った途端、美少女がにっこりと笑みを浮かべて、その次の刹那には、既に笑顔が目の前にまで迫っていました。

「こんにちはv」

うわ、笑顔まで可愛い・・・ってそんな事に感動している場合じゃありません。ここ二階なんですけれどっ!?い、今跳んで来ましたよねっ!?

「へぇー、キミかぁ。あのキーリトスが連れ込んだ女の子って。」

は・・・へっ!?品定めするような視線に思わず後ずさる私。な、なんだか美少女の笑顔が黒く見えるのですが、杞憂でありますように。

「んー、どこが特別なのかな。とりあえず脱いでみてよ。
はい!?

え、えーっと。話の関連性を全く見出せないのですが。

「見た目スコーピオンだよね〜、でも違う感じだし。一体なんなのかな。確かめさせてよ。」

キラリと美少女の目の奥が光った気がして、私はぞぞぞっと背筋を震え上がらせました。何かは解りませんが確実に身の危険を感じますっ!逃げなければと扉に視線を向けた瞬間、そのドアが、ガチャリと開かれました。其処に立っていたのは。

え、ルウェイさんっ!?

大分若いですが、こちらは一目で解ります。ルウェイさんです。背丈も変わらなく相変わらず目線で人を殺せそうな容貌をしております。推測では十年程さかのぼっている事を考えると、ルウェイさんはおそらく15、16歳ぐらいでしょうか・・・そ、その歳で凄まじい貫禄です。

けれど、それ以上に驚いたのは、ルウェイさんの腕に抱えられた幼女の姿でした。
歳で言うなら7、8歳ぐらいでしょうか。短く切られた淡い紫の髪と、つぶらな金色の瞳がなんとも愛らしい子供は、ルウェイさんの腕に納まり、ぐずぐずと泣きはらしているようでした。まるで胸を締め付けられるような泣き声・・・。

「邪魔しないでよ、ルウェイ。何か用?」

だと思ったのはどうやら私らしく、金髪美少女は著しく幼女の姿を無視しきった台詞を陽気な声で言い放ちます。その途端、ルウェイさんの腕の中でぐずっていた幼女がぴくりと震えたようでした。そして、次の瞬間。

「こんのっ・・・くそったれぇろくでなしいいいいいっ!!

鬼のような形相で飛び上がったかと思うと、こちらに向かって突進する幼女。
ひぃぃっ!幼女の姿なのに、幼女の姿なのにっ!なんですかこの食い殺されそうな迫力はっ!

ドガガガガッ!!

動物的本能で咄嗟に避けた私と、難なく身を躱したリアサーさんの間に着地した少女の拳は、床を盛大に抉っていました。な、ななななっ!

「今日こそはとどめさすっ!ころすっ!ころしてやるぅぅぅっ!!」

憎悪の声で叫び、再び金髪美少女の懐へと飛び込んでいく小さな体。一体何がこの美貌の少女たちの間で起きたのか。お、おおおそろしや。遊んでいるかの如く幼女の攻撃を躱す金髪の美少女と、その度に破壊されていく部屋。思わず爆風に吹き飛ばされそうになっていると、ふと、背後から抱きとめられました。

「・・・。」

そのまま無言で私を背後にかばうルウェイさん。いや、有難いのですが、そんな事よりもこの喧嘩を止めなくて良いんですか。このままでは部屋というか屋敷が大破してしまいますよ。

「・・・大丈夫だ。」

どこをどう見てそんな悠長な事が言えるんですかーっ!!

「あやまれっ!あやまれこのあくまっ!!」
「えー?あやまんなきゃなんないよーな事、してナイし。」
「あたしのあきら君、こんなにしやがって、なに言ってるんだーっ!!」

そう言って幼女は懐に手を突っ込むと、むんずっと何かを掴み出した。
えー、見間違いがなければ、小さな猿のような生き物に見えますが、体中を覆う黄金の毛並みは、なぜか羽を毟り取られた鶏の如く、頭部で丸裸になっております。

「なーんだ、髪の毛切ってあげただけなのに。」
しにくされぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!!

年端も行かない少女から出る言葉とは思いません。確かにお猿さんの様子は間抜けで憐憫を誘いますが、はたして家を壊す程の騒動に発展する程の価値はあるのでしょうか。

「しょーがないなぁ、フェルは。」

避けるのに飽きたのか、金髪美少女は、わざとらしく小さく溜息を吐くと、飛び掛ってきた幼女をきゅっと抱きとめるように捕まえました。そして、そのまま。

 

 

うちゅっ。

 

 

口付け。接吻。りっぷとぅりっぷ。
すべてを制止させた動作に、あんぐりと口をあけ、その場で石化する私。それは、幼女も同じだったようで、魂が抜けたかのように床にころんと転ると、くりくりとした瞳を裂けんばかりに見開いて金髪美少女を凝視します。

「あ・・・あ・・・。」
「機嫌直った?」
「あ・・・う・・・。」

ろれつが回らないように、喘いだ後、じわあっと幼女の瞳に涙がびました。

「ひくっ・・・リア兄の・・・リア兄のどあほーーーっ!!
「ますます泣かせてるんじゃないですかーっ!」

盛大に泣き出した小さな女の子に、耐えかねて私はしゃしゃり出てしまいました。
姉妹喧嘩に他人が入るのもどうかと思いますが、かわいそうで見てられません。さっきから、ぬりかべの如くただ突っ立っているだけのルウェイさんもあまり役に立ちそうにありませんし。

「え、えーっと、大丈夫?」
「・・・?」

初めて私の姿に気づいたのでしょう。女の子は大きな瞳をいっそう瞠目させて私を見上げました。

「飛鳥兄さま・・・!?」
「はい・・・?」

え、男の人と間違えられた事は今まで一度も無いのですが。
驚いていると、不意に半壊された扉を崩して誰かが侵入してきました。

もう本当に、これ以上の驚きは心臓がもたないかもしれません。

そこに立っていたのは、やさしげな眼差しをした少年。リトと同じぐらいの歳で、少しだけ長く伸ばした髪を蒼いリボンで結び、右肩に流しています。白シャツに黒ベスト、黒ズボンをきっちりと着こなし、銀縁眼鏡をかけたその顔つきはどこか大人びていました。そして、何よりも驚いた事。その少年は、黒髪に赤い瞳を持っていたのです。

「その人は違いますよ、フェル。」
「飛鳥兄様っ!!」

ちょうど変声期のようで、少々掠れた声で少年が言うと、幼女はうれしそうに顔を綻ばせ、とたとたと立ち上がるとぴとりと効果音が付きそうな勢いで青年の体に抱きつきました。そしてその頭に飛び乗る猿。

「あまりフェルを苛めないでください、リアサーラ・・・兄上。」

 

は。

 

「あっかんべーだっ!」
「フェルもです。毎回怒る度に家を破壊しない。」
「・・・うう・・・はぁい。」

 

和やかに行われる会話。全くついていけない私。
リアサーラ・・・兄上って・・・。

「り、りりりり、リアサーラさんなんですかーっ!?」

思わず指さして叫ぶと、今まで金髪美少女だと思っていた人物はにっこりと笑みを浮かべました。
今なら間違いなく邪笑だと断言できてしまう笑みです。

「あれ?オレって有名人?」
「あ、あははは。」

いや、もうあらゆる意味で貴方は将来有名になりますとも。本当にあらゆる意味で。
心の中で突っ込みつつ、愛想笑いを浮かべる私。これ以上歴史に影響を及ぼしてはだめです、ならないのですっ!・・・いやでも敢えてこの方の場合、軌道修正をした方が良いのかも・・・。

「兄上は、客人の部屋で何をしているのですか。」
「あのキーリトスが女の子連れ込んだっていうから気になって。」
「はぁ・・・どうせそんな事だろうと思いました。」

リアサーラさんの台詞に深々と溜息吐く黒髪の少年・・・やはり彼には見覚えがありません、そして小さな女の子にも。

「あ、あの・・・。」

恐る恐る声をかけると、少年ははっとしたように私に視線を向け、柔らかな物腰と丁寧な言葉遣いで話始めました。

 

「驚かせてしまい申し訳ありません。キーリトス兄上があなたを此処まで連れてきたのは本当です。兄上は、あまり人と関わろうとしませんから、僕たちが少し過剰反応してしまうのはお許しください。」
「は・・・はぁ・・・。」
「えと・・・では先ず自己紹介をさせて下さい。赤髪のこの方は、ルウェイ。金髪の、女性に見えるかもしれませんが・・・。」
「アスカちゃん、面白じょーだんだねぇ。」

ひぇえええっ!む、昔から女の子と間違えられるのが嫌だったんですねリアサーラさん。でもその容貌じゃ無理ないかと・・・。

「・・・リアサーラはまぎれもなく男児です。お近づきにならないように。」

冷徹な突っ込みに口調を乱される事無く、むしろ笑みを浮かべて会話を続ける黒髪の少年。こ、この二人ってひょっとしなくとも仲悪いのでしょうか。

「あ、あたしはフェルシア、それでこっちがあきら君っ!」

自己紹介なら自分でする!と、身を乗り出したフェルシアちゃんが自慢げに猿・・・基半禿のあきら君を抱え上げました。その頭を、可愛がるように黒髪の少年がぽむぽむと撫でます。

「そして、僕は飛鳥と申します。」

・・・あすか・・・飛鳥・・・名前まで、スコーピオンのような少年は、自己紹介をし、小さく敬礼した後、やんわりと上品な笑みを浮かべて私に尋ねました。

「それでは、貴方の名前をお教え下さいますか。」
「え、あ、はい!えと、マリーンと申します。」

 

勢いよく返事した私はその時まだ、このタイムトリップの重大さを何一つ解っていなかったのです。




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