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「それでは、いきますよ。」
「は、はいっ・・・。んっ・・・。」
「大丈夫です、怖がらないで力を抜いて。」
「はぁ・・・は、い・・・。あ・・・は、入りました?」
「痛くはありませんか?」
「あ、はい、大丈夫です。ど、どうぞそのまま続けて下さい。」
「ふふふ・・・。」

 

こんにちは、マリーンです。突然ですが、現在献血中です。
ダカンさん曰く、私の血は薬の材料になるかもしれないらしいのです。お役に立てるならと之ほど嬉しい事はありません。しかし痛くないのですが、自分の血が噴水の如く噴出す様子は、見ていていささか恐ろしいものがありますね。

 

「でも、私の血なんかで本当にお役に立てるのでしょうか。」
「まぁ、毒の中和と言ったら血よりも肝の方が良いのですが。」
「ひっ!?」

ダカンさんの顔は笑顔なのに、ななななんでしょうこの蛇に睨まれた蛙のような居心地はっ!蛇は私ですのに。過去の経験から明らかに獲物視されていると断言できます。いや、どちらかと言うと獲物ではなく獲物を釣る為の餌といいますか。例えるなら魚を釣る為のミミズとでも申しましょうか。あぅあぅ、言っていて悲しくなってきました。

「えー、肝ですか・・・うーん、核以外なら再生できると思うので、別に構わないですよ。」
「おやおや。」

驚きが納まってからそう答えると、ダカンさんは僅かに瞳を見開いて私を見下ろしました。

「あ、知らなかったですか?私自己再生できるのです、その、朧みたいに。その分痛みもあまり感じないので大丈夫ですよ。」

だから、どうせなら私が貫かれていれば良かったのです。どうしてもっと速く動けなかったのでしょう。今更自己嫌悪に陥っても仕方ないのですが。

「リトはやっぱり隊長さんなのですね。都を守る為に自分の命を張るなんて。」

勇者と呼ばれるのも頷けます。

「それが妙なんですけれどね。」
「・・・え?」

零すような小さな呟きに、瞳を丸めると、ダカンさんは思い出すように話始めました。

「あの子は元々勇者とか博愛と言ったものとは丸っきり縁の無い子供でしたからね。なんというか無表情、無感情、無趣味と。父親とはまるで正反対の性格でした。」

えっ・・・そ、それって今と何処が違うんですか。

「ふふふ、貴方は本当に考えている事が顔に描かれているようですね。」
「ひぃぃっ!?す、すみませんっ!リトには言わないで下さいーっ!」

真っ青になり思わずダカンさんの服にしがみついて祈願するも、ふふふとミステリアスな笑みに流されてしまいました。うう、恐ろしいです。

「まぁ、貴方の考えは正しいですよ。あの子は自分でも気付いてないようですが、頭が良い分、義務と卓上計算で全てこなしているのでしょうね。」
「・・・そんな事、ないですよ。リトはちゃんとこの世界が好きですよ。きっと。」

確かに反応薄すぎるて焦る事もしょっちゅうありますが。好きでない物を体はって守るなんてできません。

「ふふふ、そうですねぇ。あの子はいつでも騎士隊長として最善の行いを選び取ってきましたから。イグニードよりも判断力は優れていましたよ・・・冷静な分。」

ダカンさんの台詞は、何か違和感を感じます。どうして皆過去形なのでしょうか。

「さてと、終わりました。気分は悪くありませんか?」

気がつけば腕から既に注射器が外されていました。右腕にあまり力が入らない気がしましたが、大した事はなさそうなので私がふるふると頭を振ると、ダカンさんはにっこりと笑みを浮かべました。

「それは良かった。」
「それにしても、ダカンさんは本当にリトの事を良く知っているのですね。驚きです。」
「ふふふ・・・実はあの子は私の息子なのですよ。」

・・・は。

「えええっ!?そ、そうだったんですか!?」

全く似てませんけれど、というよりダカンさんそんな歳にはとても見えないのですが。

「似てませんか。あの子もそれでなかなか認めてくれず・・・。」
「そ、そんな・・・それは可哀相です。」

思わず涙腺を緩めてしまった刹那。ダカンさんの肩をぬっと現れた手がガシリと掴みました。

何をふざけた事をぬかしてやがる。

は、吐き出される台詞の端々に氷柱が見えるのは気のせいでしょうか。突如現れたリトの姿とその不可解な怒りに驚愕する私とは裏腹、ダカンさんは春風駘蕩な姿を崩さぬまま、にっこりと微笑んで振り返りました。

「おや、もう目が覚めたのですか。」

その笑みを見た途端、凍結する勢いで周囲の温度が低下しました。きゃーっ!余計怒らせないで下さいー。

「り、リリリト落ち着いて下さいっ!」

病み上がりにそんなに怒ったら体に毒ですよ。

「お母様にはもっと優しくしませんとっ!」

とりあえず何かを言わなければと思い必死で口にした台詞に、ピシリと音を立てて周囲が凍結しました。次の瞬間肩を震わせて笑い出すダカンさん。ま、まずいです。地雷を踏んでしまった予感が・・・。

「す、すみませっ・・・きゃぅっ!?」

ガクガク震えながら謝罪の言葉を口に乗せた途端、リトの片手が伸びたかと思うと、そのまま小動物の如く私を抱え上げました。きゃああ、な、なんですか何するんですか。

「暴れるな。」

唐突の出来事に思わずじたばたしていると、頭上に有無言わさぬ声が落とされて。相変わらず理不尽だと思いながらも、仕方なく抵抗をやめると、リトはそれ以上何も言わず猛烈な勢いでその場から歩き去ろうとします。

「え、あの、ダカンさ・・・。」

訳の解らないリトの態度に狼狽しながらも、去り際挨拶ぐらいはと思いダカンさんに声をかけた途端、ぐっと私を抱きかかえる腕の力が強まりました。きゃー、すみません私が悪かったです。もう余計な事言いませんから絞め殺さないで下さいううっ・・・。

 

天幕まで無言でたどり着くと、リトは無造作に私の体をベット上に放り投げました。重さが無いためぽむぽむと弾んでしまう体と奮闘しながら何とか座り直すと、今度は前触れ無く伸びてきた手に、体中を徘徊され・・・って、解説してる場合じゃないですっ!ほ、本当になんなんですかーっ!

「リト、リトリトリトリト何ですか急にっ!!きゃー!!ひゃぅっ、くすぐったっ・・・あ・・・んっ!」

止めようともがく私を丸っきり無視し、聞く耳持たぬ様子で私の体をめいっぱい弄った後、安堵のような溜息をつくと、リトはようやく私の体から手を離しました。

「五体満足揃ってるな。」

ぜいぜいっ・・・。
あれだけ理不尽な一連の動作後、言う事はそれだけですかーっ!!!

「あの男にはまだ何もされていないな?」
「あの男・・・?」

って誰の事ですか。確認するように尋ねられた台詞にきょとんと首を傾げると、リトが小さく舌打ちしました。

「ダカン以外に誰がいる。」
「・・・。」

はぁ、ダカンさんですか・・・。

 

え。あの・・・男・・・って。

 

ええっ!?

「男の人だったんですかっ!?」
「・・・今さら気付いたのか。」
「メッジモークでは男の人が母親と呼ばれるんですかっ!?」

言い放ったとたんバシリと激しく脳天をどつかれました。うう、なんて容赦ない突っ込み。
心底真面目な問いでしたのに。

「馬鹿な事言ってないでさっさと質問に答えろ。」
「え、質問って・・・?うわ、嘘ですちゃんと覚えてますっ!!」

そもそもリトが手加減なしにどつくから忘れてしまったんじゃないですか。

「えーっと、何かされたかという質問でしたらこれと言って何もされてない・・・と思います。はい。」

献血はボランティアですしねと思いながら意図が計り知れない疑問に答えるとリトはあからさまにほっと溜息を吐き、私の隣に腰を下ろしました。良く見ると額にはうっすらと汗が浮かび、顔色も優れません。

「リト、大丈夫ですか?」

心配になって尋ねると、本人は全く気づいていなかったのか、驚いた表情を返されてしまいました。

「病み上がりに無理して動くからですよ。一体何をそんなに急いでたんですか?」

どうもリトの行動はさっきから支離滅裂で全く理解できないのです。いつも無駄を嫌い、人間離れした計算と計画の上で行動する姿からは全く想像できません。だから私の疑問は当然のように思えたのですが、リトは言葉を失ったように硬直した後、ふいっと私から視線を逸らせてしまいました。

・・・ますます変です。

「???」

疑問符を頭一杯に浮かべながらじーっと凝視してみるのですが、リトはあえて無視を決め込んだようで、代わりにキャビネットへ手を伸ばすと、引き出しの中から何かを取り出しました。

「これは・・・。」
「お前が落としたんじゃないのか?」

いえ、確かにそうなんですけれど。リトの手のひらに乗せられた小さな箱は、紛れも無く市場で私が購入というかダカンさんが購入した物なのですが。朝からの血なまぐさい経緯を体現しているかのように、どす黒く染め上げられたそれを目の前にして一瞬言葉がでなかったんです。

「あ、はい。いちおう・・・多分。」

洗えば落ちるんでしょうか。

「どっちなんだ、はっきりしろ。」
「えっいや落とした事には落としたんですが。」

ううーっ。説明しにくいです。なんとなく顔が赤くなってしまい居心地悪く俯くと何を勘違いしたのか、リトはあからさまに怒気を漂わせました。

「・・・あの変体か。」

は、えっ、何の事ですかと思いつつも怖くて突っ込みいれる事ができません。ひぃぃーっ病み上がりにそんなに怒ったら体に毒ですよリトと、内心で叫ぶ内にハンカチを取り出したリトは、それで箱にこびりついた血を落としはじめました。

「・・・?なんだ、これは。」

現れた鍵穴の無い色石で飾られた宝箱にわずかばかり眉を顰めて問う。

「え、えと。市場で買ったのです。その、リトがご結婚なさると言うのでお祝いをばと。」
「・・・お前に金銭を与えた記憶は無いが?」

こういう突っ込みを絶対に忘れない性格ですよね、リトって。

「えーっと、それはダカンさんが・・・。」
「変わりに臓器の提供でも頼まれたか?」
「えっ!?いえ、違います、ただ血を少しと言われたので。」
「ほう・・・。」

すぅっとリトの瞳が細められました。ぶ、ブリザードがっ!時折リトはアスターナ様と血縁関係にあるのでは無いかとすら思ってしまいますよこの怒りっぷり。

「ようするに先程何もされてないという答えは嘘なんだな。」

きゃーっ!ゆ、誘導尋問だったんですかっ!?

「い、いえっ。その嘘と言うわけではっ!献血はボランティアであってけして何かをされた訳では。同意です同意。むしろ私の方からお願いしましたーっ!

焦りで呂律がうまく回らず思わず事実を飛躍させてしまった気もしますが、リトが怒りを納めてくれるならなんでも・・・。ってますます怒ってますーっ!?

「ほう。そんなに解剖されたいのか。」
「あ、えっ。部分によってはかまいませんが。」

核以外なら再生できますしね。

ブチッ

ひぃぃぃっ!なんか切れる音がっ!まずいです何かいわなければっ!

「あ、あのあの、とりあえず開けてみませんかその箱っ!何が入っているのか気になりますしっ!苛立った時には気分転換が一番だと・・・。」
「・・・。」

胡乱な眼差しに気後れしながらも懸命に話しかけると、リトはどこか諦めたように深く溜息を吐いて、無造作に箱に手をかけました。縦横何度か回転させた後、長い指ですいすいと色石を動かして行きます。一分足らぬ内にカチリと仕掛けの合わさる音が聞こえ、からくり箱はあっけなく開きました。

「リト、答え知ってたんですか?」
「いや、知らないがこんなもんだろう?」

あっけらかんと言われてしまうと返す言葉がありません。むー、リトを楽しませるにはもっと難易度の高い物を用意する必要があるのですね。

「でも、どきどきしますね。何が入ってるんでしょうっ!リトはやくはやく、開けて下さい。」
「こんな陳腐なカラクリでろくな物は入ってないと思うが。」
「うぐっ。そんな夢も希望もない事言わないで下さいー!ドキドキするじゃないですか。もしかしたら魔人が閉じ込められていて、開けた人には願い事を叶えてくれるかもしれませんよっ!?」
「これ以上人外の面倒を見るのはごめんこうむる。」

じ、人外って・・・もしかしなくとも私の事ですか。変化球で急所えぐられては、小さくなるしかありません。そんな私の精神的ダメージには目もくれず、リトは面倒くさそうに箱をあけると、ピタリと動きを止めました。

「り、リト?何が入って・・・。」

恐る恐る箱の中を覗き込んだ私も、一瞬で硬直。

 

ハ・ズ・レv

 

白い紙に小さな文字で書かれた小馬鹿にしたような文の横には、なぜかキスマークが。
うっわぁ・・・。

「す、すすすすみませっ・・・。」

あう、怖いです。リトの顔を見るのが怖いです。けして図った訳ではないんですよ本当にーっ!ああ、もう私は絶命間違いありません。ガタガタブルブル、レイム迎えにきて下さい覚悟はできました。

「・・・。」

ガタガタブルブル。沈黙しないで下さいお願いですからーっ!
そして顔を逸らせないで下さい!それだったら思いっきり叱ってくれた方がよっぽどマシですよ。

「・・・くっ・・・はははっ!」

・・・えっ。突如沈黙を破った笑い声に、私はぎょっと瞠目してリトを見上げました。

「くくっ・・・残念だったな。わくわくするような物が入ってなくて。」
「えっえっ。」

リトが笑う所なんて、ひょっとしたら初めてみたかもしれません。うわぁぁ・・・貴重です。何故かは解りませんが怒られる事はなさそうだと思いほっと胸を撫で下ろすと、リトにポムポムと頭を撫でられました。

「ほら、これは返してやるよ。」
「えっ、返されても。」

というかこんな紙切れどうしろというんですか。馬鹿にしてますね。恨めしげに睨み上げるも余計に可笑しかったのか、ますます盛大に笑いだすリトに私は結局何も言えなくなって結局箱を受け取ってしまいました。

「結婚はしていないから祝ってもらう理由もないんだ。」
「はぇ・・・?」

ようやく笑い済んだらしいリトに突如そういわれ、私は一瞬意味が理解できずに首を傾げました。

「ええっ!?」

数秒のブランクを置いてから思いっきり驚愕する私とは反対にリトはあいかわらず無味無感情な表情でしれっと言い放ちます。

「急では準備ができないからな。今回の事件で当分は延期だ。」
「そ、そうですか・・・。」

うわぁ。リトは平然と言ってますがリアクションにすっごく困る内容です。どう答えたら良いのかわからず府抜けた返事を返してしまう私。うう、慰めるべきなんでしょうかと思いながらも、リトは落ち込んでいる様子なんて全くありませんし。本音を言ってしまうとほっとしている自分を否定できません。はぁ・・・本当に私は精霊らしくないです。

「・・・何を一人濛々と考え込んでいる。」
「あ、い、いえっ!な、なななんでもありませんですハイ。」

慌ててふるふると頭をふると訝しげな視線で見下ろされました。それから不意に真面目な表情になるとリトは私に忠告したのです。

「とにかく、お前が人身提供する必要は無い。ダカンにはあまり関わるな。」
「・・・え。」

リトはいっつも私に関わるなって言います。
関わるな、姿を見せるな。それはまるで私がこの世界にいる事を今だ拒否されているようで。

ここにいても良いって言ってくれたのに。

泉ちゃんの冷たい言葉が、刹那脳裏を過って私は慌てて沸きあがった冷たい感情をかき消そうと頭を振りました。言いたい事はあるけれど、リトに出て行けと言われてしまったら、私はこの世界にいる意味が無くなってしまうのです。それが怖くて私は喉まで出掛かった言葉を封じ込め、変わりに小さく頷きました。

「・・・そんな顔する程あの変体が気に入ったのか?」
「はえ?」

物思いにふけっていた私は、突如放たれた台詞に弾かれるように頭を上げました。
怒っているような呆れているような複雑そうな色をしたリト瞳と視線が合うと、なんだか大げさに溜息を吐かれてしまいました。

「・・・なら強制はしない。好きなだけ解剖されろ。」
「はっ!?えっ!?そ、それは嫌ですっ!」

どうして急にそんな物騒な話になるんですか。話の内容についていけないのは私がいけないんでしょうか。それとも病人というのは苛立ちが募るものなのでしょうか。

なんだか色々な人に振り回されたような気がするロータス聖都での最後の夜はこうして深けて行ったのでありました。すっきりしない所は 色々ありますけど、私としてはリトの笑顔が見れたのでそれだけで良いかもしれません。精霊にとって愛した人の幸せは一番のご褒美ですから。だから、なんでも我慢できる筈。まだまだ頑張りますよー。えいえいおー!



ふぃ〜、ようやく四章終わりです。
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