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・・・腹が痛い。えぐれるように痛い。目覚めた瞬間感じた感覚がそれだった。何故だろうと記憶を掘り返し、すぐさまその理由に思い当たる。スコーピオンの尾に貫かれたのだったな、そういえば。目の映る天井からして俺は生きているらしい。
現実逃避をするような性格ではないが、幻覚だと思いたい状況が目の前に展開されている。 「マリーン。」 体を揺すって起そうとしたが、マリーンは小さく喘いで益々体を摺り寄せてくる。・・・こいつ冷血動物の癖に人肌恋しいのか。そういえば以前力を使った時も数日間眠ったままだったな。そう考えて俺はマリーンの体を離そうと手を掴み、それが凝固した血でどす黒く染まっている事に気付いた。同時に思い出すのは、涙きながら懸命に止血するマリーンの姿。 「んっ・・・うっ・・・?」 肩に手をかけた途端、マリーンが小さく呻いて、瞳をうっすらと開けた。 「・・・?」 首をもたげて俺と視線を絡めたマリーンが不思議そうに首を傾げる。寝ぼけている事が確定した。この微妙な空間をどうしたものかと悩んでいると、ふいにマリーンが腕を伸ばし、ぺちぺちと俺の頬に触れた。 「・・・リト・・・。」 呟きのような小さな声が俺の名を呼ぶ。どう答えてほしいんだこいつは。そもそも起きているのか正気なのかすら解らない。次の瞬間、人形のような顔がくしゃりと歪んだ。 「ふ・・・ふぇっ・・・よ、良かったですーっ!!」 泣きながら雪崩込むように抱きついてきたマリーンに体力が戻っていない俺は押し倒された。ベット上に。拒絶するのは簡単だが、傷口直撃でタックルをくらい痛みで声が出ない。こいつは、起きた途端お約束なボケを・・・。 「ごめんなさい、ごめんなさい、リト!」 一体何に謝罪をしているのか。ストレスのたまるボケ具合か、唐突に失踪する家出癖か、支離滅裂な言動か、それとも今この瞬間に俺の傷口を広げている事態についてか。
シャラン
「キーリトス、起きたのですか・・・おや。」
どこかで監視していたとしか思えないタイミングですだれを掻き分け現れた人物、ダカンは態とらしく瞳を瞠目させると、口元に手を添えた。断言してもいい、あれは笑いを堪えているな。この悪趣味なオカマめ。
「お楽しみ中失礼しました・・・。」 踵を返して去ろうとするダカンに、混乱したように瞳をしばたかせた後、ようやく自分の体制に気付いたのか、マリーンは沸騰せんばかりに顔を赤らめてベットから飛び降りると、ダカンの衣を引き止めるように掴んだ。別に引き止めなくても良い、というかとっとと失せてほしい俺としては余計な行動である。 「こ、これはけしてそのようなものではなく、ですね、わ、わわ、私が一方的に押し倒したんですっ!」 ぶほっ!・・・噴出したら腹にっ! 「ほう・・・それはそれは。使徒様は随分と積極的ですね。」 こいつはさっきから俺を窮地に追い込みたいのか。 「いいからもう何も言うな。」 声にドスを効かせると、マリーンはびくりと肩を震わせ、羞恥に顔を赤らめたまま転移魔方陣を広げてその場から消え去った。・・・あいかわらず逃げ足の速い。 「おやおや、可哀相な事を。」 大体最初から何故マリーンがここで寝ていたのか。よほど俺に既成事実でも作らせたいのかこの変体は。 「まさか、治療しにくいので離そうと思ったのですが、貴方がしっかりと抱きしめていて離さなかったのですよ。」 「・・・。」
「そんな有り得ないという顔をしても真実です。」 真実を否定する訳ではないが、こいつのしてやったりと言ったような嘲笑が気に食わない。 「仕方ないだろう、あのままだと・・・。」 言いかけて俺は口をつぐんだ。マリーンの『力』について知っているのは俺しかいない。 「いや、なんでも無い。」 愚問な。ベットから立ち上がると腹部に鈍い痛みが走ったが、動けない程度ではない。幸い胡散臭くとも効力はあるダカンの薬が効いているのか傷口が開く事も無く、これなら普通に動け・・・。
ブスッ
「ぐっ!!??」 目の前がブラックアウトする程の激痛に、鳩尾を見下ろしてみれば、親指の太さほどもありそうな針・・・というか注射器がぶっすりと刺さっている。一番無茶なのはお前だと心の底から突っ込みたいが、再び痛みに声が出ない。 「そんなに焦らなくとも、今はオルドスが指揮を執ってます。」 激痛のため仕方なくベットに戻った俺に、ダカンは世間話をするような口調で事務的内容を話し始める。 「神殿からの生存者は彼を含めて三名が軽症。その他は神官八人が死亡、四人が意識不明の重態。街の被害は・・・あー、数字が多くて忘れました。まぁ、重症者は多いですが一般市民で死者は最初の襲撃で命を落とした数名だけのようです。さっさと逃げた事が功を奏しましたね。」 ダカンの台詞が何故かやたらと耳に響く。朧になる思考を鮮明にすべく、俺は頭を振った。 「・・・悪いな、仕事を増やして。王宮からメイドを数人連れてきている。人手が足りないのなら助手をさせると良い。」 重大な会話中いちいち下らん冗談を差し込むなっ! 「残念ながら足りないのは人手ではなく材料です。」 ああ、そうか。なるほど。ダカンの治療は魔法ではない、純粋な医学。 「まぁ、だからこうして貴方の所に来た訳ですが。」 ダカンの声に嫌な予兆を感じて、俺は訝しげに眉を顰めた。 「私の当初の目的を忘れましたか?」 にこりと浮かべられた微笑に、悪寒が全身を駆ける。 「大義名分があるからには、貴方も反対できないでしょう。大丈夫ですよ、殺しても死なない体ではありませんか。」 それは咄嗟的に。朧となった思考から切り離された本能に突き動かされるように俺は剣を手に取っていた。だが確かに掴んだと思った銀の剣は、指をすり抜けて床に落下する。 「心配しなくても本人の承諾も得ております。」 あの・・・馬鹿・・・。頭痛が、鈍器で殴られたかのように酷くなった。尋常でないそれに目の前の男を睥睨する。 「貴様、薬に・・・何入れた・・・。」辛うじてそれだけを口にするも、俺の意識は答えを聞くまで持ち堪えられなかった。暗闇の中に、沈んでいく。
「ふふふ、おやすみなさいキーリトス。大丈夫ですよ、私の推測では相当良い薬ができます。」
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