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音もなく零れる漆黒の髪、透き通るような白い肌。鮮血を凝縮させたような赤い瞳。露になった視線で真直ぐに射抜かれて、私は背筋が凍りつくのを感じました。

全てが最後に見た時と同じだけれど、圧倒的に何かが違う。その違和感が、既に本能で理解できているのに、私は動く事ができなくて。

だって、信じたくないから。

「泉ちゃ・・・。」

声が枯れて、叩かれた右頬が疼きだす。
例え一千回覚悟を迫られて、一千回、同じ決断を下すと解っていても。心が、精霊としても人としても欠落している私の心が、負い目を感じずにはいられない。仲間の死を糾弾されたら、私はきっと立ち上がれない。

「久しぶりだね、マリーン。」
「・・・。」

泉ちゃんの声は穏やかで、穏やかなのに、向けられる視線の冷たさに、私は喉を詰らせました。謝りたい、身を引き裂かれる程に謝罪したいけれど、それが詭弁であると解っているからできません。

「どうしたの。わざわざ僕を追いかけてきたんでしょ?黙って無いで何か言ったら。」

冷たい言葉は、リトのようにただ突き放すだけではなくて、明確な憎悪の表れで。
でも、泉ちゃんなら・・・私の力が効かない泉ちゃんなら、あの時私を、殺める事もできたのに。

「どうして・・・?」
「名詞を言ってくれなくちゃ解んないよ。」

泉ちゃんの質問は最もなのですが、私にも解らないのです。何を尋ねたいのか。
何から尋ねたら良いのか。何か、とても嫌な予感がするのに確かめる勇気も無く。
明確な疑惑を問い掛ける勇気も無く。ただ、体が壊れてしまったように震えて。

私・・・どうして。スコーピオンの棟梁である阿修羅の、圧倒的威圧感の前ですら感じた事のない恐怖を、泉ちゃんの前で感じているのでしょうか。

「・・・人間の所は、楽しい?」
「・・・た、楽しい・・・です。」

あぁ・・・解りました。これは、本能。泉ちゃんは私の根本たる力を打ち破ったから。
それは泉ちゃんが私の前に示した力の差で、生き物としての本能が、圧倒的に適わない敵を前にして私に逃げろと告げているのです。

敵・・・?じゃあ、私は、もう。

「そう、良かった。」

優しく響く音声が、警笛のように響くのは、本能が逃げろと告げているから。
なのに、信じたくない、私の心。あの時、無慈悲に彼の仲間を死に導いたのは、私なのに。

「心置きなく壊す事ができそうだ。」

刹那、今まで一歩足りとも近づこうとしなかった泉ちゃんの顔が、目の前にまで迫っていました。ズンと、下腹部に響く衝撃。

「かはっ!」

口から大量に零れだした血液が、泉ちゃんの肩にかかり、私を抱きとめた腕を伝って地面に滴り落ちました。核は貫かれていません、だから、再生はできる筈・・・。でも、腹を貫いたまま、全身を締め上げるように泉ちゃんは尾を動かせました。

「ああうっ!」

痛みに、目が、霞んで、動けません・・・。
手から零れ落ちた小箱が、小さな音を立てて地面に転がった時、私の意識は既に闇の中に落ちていたのでした。

「大丈夫、今日死ぬのは君じゃない。」

 

 







 

「いつもの貴方なら報酬を盾に只働きぐらいさせたでしょうに。」

「また随分と、らしく無い切り替えを・・・益々興味深くなりました。」

 

ビリッ

 

水祝祭の見張り図の最終チェックを行っていた俺は、ペンを走らせた刹那不可解に敗れた図面に眉を顰めた。集中力が飛んでいたか・・・らしくない。同時にドアがノックされ、返答を聞かぬ内に赤い民族衣装に身を包んだ男が一見して優美な、俺にとっては今最も目にしたくない笑みを浮かべ室内に侵入する。

「ふふふ・・・今度のご成婚、つつしんでご奉祝申し上げます。」
「・・・一時間も遅れた台詞がそれか。」

面会時間を大幅に遅れた男の胡散臭い祝詞を人蹴りし、呆れた眼差しを向ける。こいつの行動には脈絡と言うものがなさそうでしっかりと細部まで組み込まれているのである。ある意味リアサーラとは対極位置にある奴だ。遅れたのには、私利私欲にまみれたろくでもない理由があるのだろう。

「いやですね、何も企んでませんよ。」

その上読心術が使えるのではないかと疑いたくなる程、心中を言い当てるので余計たちが悪い。

「ふふふ・・・嫌ですね、幼馴染の特権というものですよ。」
「親父のだろうがっ!」

そう、こいつは見た目こそ美女顔負けだがこれでも俺の父と同期であり、つまりはそれだけの歳を食っている年齢詐欺も甚だしい年増なのだ。

「くすっ。計画的に遅れた訳ではないのは本当です。少しばかり交通機関を逃してしまいまして。」
「・・・。」

ダカンは回りくどい台詞を好む趣向がある。意味を成さないように思える台詞は軽く流してしまいがちだが、これは相手を見極める為、力量を測る為、もしくは都合の悪い事実を誤魔化す為にこの男が使う手段であり、聞き逃せば後々後悔する事となるのだ。

「・・・マリーンを連れ出したのか。」

睥睨しながら問いただすと、にこやかに笑みが深められた。

「そんな怖い顔で睨まないで下さい。雇用契約に抵触してしまったのは解っております。あまりの愛らしさについ欲望を抑えられず。」
「・・・。そうか、気にする事は無い。ようやくお前を牢屋にぶちこんでやれるかと思うと心底清々するよ。」
「お待ちなさいキーリトス。無報酬で働いてやるとこの私が言っているのですよ。」
「黙れ変体。」

俺が本気だと悟ったのだろう、一瞬だけ狼狽したように思えた男は、だが直に意味ありげな笑みを口元に浮かべた。

「私が態々自ら墓穴を掘る理由も、考えてはくれませんかね。」

例えば俺が三歩先を予期すれば、ダカンはそれの更に三歩先を予期している。悔しいが年の功というのだろうか、俺は基本的にこの男に適わない。

「・・・何処に行ったんだ、あいつは。」

げんなりと頭痛を覚えながらも尋ねると、餌に食いついてきたとばかりにダカンが笑みを深めた。一々癪に障るが突っ込みを入れる気力も無い。

「私にも良く解らないのですが、知り合いがいたようですよ。追いかけて消えてしまいました。」
「・・・蟲の匂いがした。」

ダカンの台詞に、それまで気配を消していた大男が口を開いた。・・・いたのかこの男。

「スコーピオンか。」

問い掛けると、獣じみた鋭利な眼差しのままルウェイが頷く。俺は小さく舌打ちした。
スコーピオンの匂い。知り合いだと追いかけて行ったマリーン。その連鎖行動を引き起こせる者は一人だけしかいない。メルライナの事件を思い起こし、俺は眉を顰めた。

あの天然誘蛾灯娘、いや、あいつ自身が飛んで火に入る夏の虫か。次から次へと厄介事を。

「ルウェイを借りるぞ」
「おや、私は行かなくても良いのですか。」

来るな、邪魔だ。視線でそう伝えると、態とらしく肩をすくめた後ダカンはルウェイに小さく頷いて見せた。ルウェイが命令を聞くのはダカン只一人である、よって依頼がある場合この男ではなくダカンに承諾を得るのが常であった。
所が、常時なれば一言も問う事無く寡黙に任務をこなす筈の男は、その場に立ち尽くして動かない。その目は、相変わらず凶悪な光を帯びていたが、何処か戸惑っているようにも思えた。

「どうした?」

感情の抑揚に乏しい男の不可解な行動を訝しく思いながら尋ねる。

「・・・婚儀の、用意は良いのか。」
「・・・は?」

一瞬何を言われたのか理解できなかった俺は、ダカンが噴出す声にようやく我に返った。

「ふふふ、心配はいりませんよ、ルウェイ。婚儀が行われる事はありませんから。ね?キーリトス。」

やはり最初から全て解っていたのだろう、先程わざとらしい祝詞を俺に言い放った男は愉悦の笑みを絶やさず言い放った。本当に一々癪に障る奴だ。

「まぁ、そういう事だ。」
「・・・何故だ。」

困惑気味に、ルウェイは俺を問い詰める。
・・・そこまで気にする程の事なのだろうか、訳が解らん。

「ルウェイは貴方と違って身を焦がすような甘酸っぱい恋をしていますからね。」

指名手配書に載ってもおかしくない人相の男を表すには繊細すぎる表現だろう。全くラメアやマリーンならともかく変体含め、あまつさえこの大男までが脳裏は恋愛一色かっ!
そんなものはドブに捨ててしまえ。

「まぁ、一応ラブコメですしね。」
お前は少し黙ってろっ!

これ見よがしに人の心中読みやがって。そんな特技があるなら何故もう少し有意義な行為に生かさないのか。いや、よそう。そんなのは愚者の問いかけだ。

「言っておくが俺が取りやめた訳じゃない、衣装が揃わないからやはり先延ばしにしようとラメアが言ったんだ。」
「予想通りになった訳ですね。」

にこりと間一髪入れず突っ込むダカンに思わず返す言葉を無くす。確かにラメアが最終的に延期する事を予期していた上で俺は婚儀を提示した。女と言うのはやたら形式に拘る生き物らしい。特にその傾向が強いラメアならば、一世一代である(らしい)華燭の典を有り合わせの準備で妥協できる筈無いと予想しての事だった。

「ふぅ・・・こんな時ばかり女性の気持ちを利用するなんて、とんだ天然スケコマシに育ってしまったものですね。嘆かわしい。
「お前にだけは言われたくない。」

確かに形式的にラメアの心を利用してしまった事に罪悪感は・・・まぁ、感じているとして、女装姿で幼女をたぶらかすような男に嘆かわしさを追及されたくはない。

「今日式典をあげなかったからと言って、永遠に引き伸ばす訳じゃない。只ラメアには水姫祭に出てもらわなくてはならなかっただけだ。」

言い放った途端、佇む大男から殺気が漏れた気もするが、あえて無視する。
俺にどう反応して欲しかったのだこの男は。

「頼むから、そういう感情を仕事に持ち込んでくれるな。やりにくい上にストレスが溜まる。」

正直に本音を零すと、ダカンが再び堪えきれないというように笑みを零した。
この野郎、人の苦悩を楽しみやがって。

「ルウェイ、行ってあげて下さい。使者殿の事は、私もいささか胸騒ぎがいたします。」

ダカンの台詞にようやく納得したように大男は頷いた。

「式典開始までには戻る。」

人で溢れる街中を馬で疾走する事はできない。民の注目を浴びぬようローブを羽織り、俺はルウェイと友に下町へと繰り出した。



スケコマシ=女性に貢がせる男性。キーリトスは天然スケコマシです。
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