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どうしてでしょう。私は精霊ですから、好きな人の側にいられるだけで幸せで、精霊の愛はけして見返りを求めたりはしない筈なのに・・・。
じくじくと落ち着かない心臓に手を当てて私は大きく溜息をつきました。おかしいです、私は心臓だって無い筈なのに。人の姿になりすぎている所為なのでしょうか。

それにしてもリトってば王女様の前では人格変わりすぎです。恋は人を変えるという事なのでしょうか。振られたのは二回目なのに、一回目よりも痛いなんて反則です。
本来、闇の精霊である私は、孤独にも苦痛にも鈍感にできている筈なのに、こんな時は欠落品である自分を恨めしく思わずにはいられません。

でも、笑わなくては。結婚式はおめでたい事なのですから。愛する人の幸せを祝福できない精霊なんて精霊失格です。

「ふふふ・・・恋煩いですか。愛らしい使者様。」
「きひゃぁっ!」

突如耳に息を吹きかけられ、私は盛大に背を仰け反らせました。おおお恐ろしいです。振り向けば黄薔薇が舞いそうな麗しい姿でダカンさんが微笑んでおりました。
け、気配絶って近づかないでください。

「い、いえ、あ、あのそういう訳では・・・。」

どうして私の気持ちは初対面の人にすらばれてしまっているのでしょうか。

「ふふふ・・・その愛らしい面を見れば直に解ってしまいますよ。」

女性なのに浮いた台詞が多い方です。恥ずかしくて謎めいた笑みを浮かべるダカンさんの顔から視線をそらすと、すすすっと頬に指を馳せられました。綺麗に切りそろえられた爪がくすぐったく頬を撫ぜるとピリピリと脊柱に痺れが走ります。ま、魔性の女です!

「あ、あの・・・何か御用でしょうか。」

流されてしまいそうな自分を何とか奮い立たせて、私が問い掛けると、ダカンさんはミステリアスに微笑んで言ったのでした。

「ふふふ・・・少し街に出かけませんか、愛らしい使者様。」

 

 

 

結局長年の習慣からか、麗しいヴィーナス・スマイルには勝てずダカンさん、ルウェイさんと共に街に降り立った私。やはり騒がれるのが嫌なのか、外見だけで目立つお二人は長いローブを羽織り、無論スコーピオンと同じ外見を持つ私もローブですっぽりと身を包みました。・・・これはこれで犯罪者集団に見られそうで怖いのですが。
街は既に人で溢れており、祭りを祝う様々な屋台が陳列しています。はぐれそうになった私の手を、迷子にならないようダカンさんが握っていてくれたのですが、これはこれで嬉しいような恥ずかしいような。

「愛らしい顔を見れないのは残念ですね・・・。」

やはり女性らしくないダカンさんの台詞。
しかも声は低いのですから、なんとなく照れてしまいます。

「私の姿、見られたら大変な事になってしまいますよ。」

センチュリオンなのですからその事を知らない筈はありません。溜息吐くと、頭上からかすかな笑い声が聞こえました。お連れのルウェイさんと対照的に本当に笑顔を欠かさない人です。リアサーラさんの明らかに胡散臭い笑みとは違い、老若男女虜にしてしまいそうな魅惑的な笑顔。・・・けれど何故でしょう本能的に恐怖が。

「ふふふ・・・。」

ぞぞぞ。ああ、体が勝手に武者震いをっ!いや、ですから止めて下さい。貴方の声でその笑いは・・・と、言いたくても言えない自分の卑小な性格が恨めしいです。

「ダカンさんは、何か買う物があるのですか・・・?」
「え?・・・そうですね、キーリトスに結婚祝いなどを。」
「えええっ!?」
「・・・そんなに驚く事でしょうか?」

す、すみません。そんな律儀な事をする方だとは思ってもみませんでした。

「ちょ、ちょっと意外でした・・・。」
「彼とは長年の付き合いですからねぇ・・・それだけ嫌がる品も知り尽くしているのですよ。ふふふ・・・。」

実に楽しそうに微笑むダカンさん。まさかその嫌がる品を選ぶつもりじゃありませんよね。
うーん、でもそういわれると私も何時もお世話になっているのですから、何かお送りしたいですけれど、お金はありませんし・・・。などと考えていた私は一件の店の前で立ち止まりました。

「どうかしましたか?」
「え・・・えと・・・。」

店頭に並べてあるのは一見してガラクタとしか思えない小物の数々。多くが色石を削って作られたように見える小物たちは、カチカチと小さな音を立てたり、奇妙な模様に組み込まれたり、どれも精巧な作りになっています。一体何を売っている店なんでしょうか。

「からくり屋へようこそ〜。」
「・・・からくり屋?」

こちらに気がついた店主の元気良い声に私は慌ててフードを深く被り直してから尋ねました。

「おや、珍しいですね。」

ダカンさんも興味を引かれたようで、腰を屈めて屋台の小物を手にしました。美人のダカンさんに機嫌を良くした主人が顔を赤らめて説明を始めます。

「ええ、種も仕掛けもある玩具。如何ですか〜?お子さんなどにはぴったりですよ。」

そう言って店のご主人は私に視線を向けました。・・・ひょ、ひょっとしてダカンさんの子供だと思われているのでしょうか。・・・って事はこの場合。父親はルウェイさん!?

「うふふ・・・そうですね〜。何かほしいものはありますか?」

ご主人の勘違いを直そうとはせず、それどころか愉悦な笑みを浮かべダカンさんが私に話しをふります。こ、子供じゃありませんっ!
否定しようとした時、私の目に何かが止まりました。あれは・・・。

小さな箱です。何の変哲もない四角い箱、まるで宝箱のようなその箱の周辺には、綺麗な正方形に削られた沢山の色石が四面を覆っています。なんとなく気になって私はその箱を開けようとしました。けれど、どんなに力を入れても蓋は開きそうにありません。鍵穴らしき物も見当たらないその箱を手の中に納め、私が首をかしげていると、不意に店主がその箱を取り上げました。

「あ、すみません。」

思わず謝ってしまう私。

「いやいや、そうじゃないよ。この箱はね、パズルになっているから、周囲にはめ込まれた色石の紋様を解かないと開かないんだよ。」
「そうなんですか〜・・・中に何が入っているんですか・・・?」

興味津々で尋ねると、何故かお店の主人は困ったようにぽりぽりと頭をかきました。

「いやー、実は俺にも解らないんだ。実はこれ拾い物でね〜。」

拾い物を売ろうとしないで下さい。

「なんなら負けてあげるよ?」
「え、えーっと・・・。」

負けるも何も、お金が無いので・・・。と言いたいのですが、ここまで見ておいてそれを口にするのも憚られます。どうしようかとしどろもどろになっていると、ダカンさんが面白そうに私の手から小箱を取り上げました。

「これが気に入ったのですか?」
「え・・・いえ、私じゃないんですけれど、リトが好きそうだと思いまして。」
「ほぅ・・・彼がそう言ったのですか?」

意外だというように瞳をまるめるダカンさん。

「そういう訳じゃないんですけれど、良くパズルくれますし、明らかに趣味だと思うのですけれど・・・。」
「彼が、あげたのですか。貴方に。」
「えっ・・・あ、はぁ・・・はい。」

猫にまたたび的感覚で。あの頃私は外見だけでも相当厄介な存在でしたから。今でこそ不意打ちで悲鳴をあげられたり、脱兎の如く逃げられたりする事は無くなりましたが、リトには相変わらず煙たがられている気がします。面倒ばかりおかけしていますし、仕方ないのかもしれません。

「ふふふ・・・。」

話ながら段々落ち込んでしまう私とは対照的に、ダカンさんは意味ありげな笑みを浮かべると、するりと私の頬をその長い指で撫でました。

「あ、あ、あの・・・。」

すみません、ものすっごく恥ずかしいのですがこの行為に何か意味はあるのでしょうか。
まるで絹質を鑑定するような頬を弄る指の動きに思わず背筋を震わせると耳元でダカンさんの低い呟きが。きゃー。

「それでは、これは私からの献上品とさせて下さい。愛らしい使者殿。」
「はひっ!」

外見とは対照的な艶やかで深い音声に、全身が勝手に赤くなり、私は反射的に奇声をあげて飛び退いてしまいました。ど、ドキドキっ!な、し、心臓がっ・・・。

「い、いえっ私が貰ってもっ・・・。」
「ええ、ですから貴方からキーリトスに差し上げて下さい。」
「あの・・・ダカンさんが差し上げれば宜しいのでは・・・。」

丁度結婚祝いを探していたのですし。

「嫌ですね、趣向に沿う贈品など何の価値もありませんよ。」

当然の如くにっこりと笑みを浮かべたダカンさん。恐るべし、それはもうお祝いじゃなくて嫌がらせです。やはりヴィーナス・スマイルにろくなものは無いんですね。

「でも・・・。」

贈り物をされると言うのは、余りにも慣れない事であり往生していると、ダカンさんが宥めるような声で言いました。

「そうですね、それではこれを差し上げる代価として、貴方の血を頂くというのはいかがですか?」

妖艶な瞳に刹那危険な輝きを感知し、無意識の内に後ず去ろうとする私を、引き止める様にダカンさんの長い指が頬を捕らえる。

「ふ、ふつつかな事をお聞きしますが何に使うのでしょうかそんな物。」

まさかとは思いますが、異世界などで良く聞く吸血の一族とかってオチじゃありませんよね。

「ふふふ・・・そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。」

警戒します、その品定めするような指の動きが更に警戒を誘うんですーっ!

「私は薬師でしてね、貴方は解毒能力が優れているようですから、新しい医薬の参考にさせて頂きたいのです。」
「え、あ、そ、そういう事だったんですか。」

てっきり血染めとか生贄とか恐ろしい妄想をしてしまいましたが、予想よりも正当な答えに、私はほっと胸を撫で下ろしました。なんだか誤解してしまって申し訳ないです。

「それぐらいなら、お安い御用ですよ。はい、お任せ下さい。」
「では、交渉成立ですね。」

私の返答に満足気に微笑むと、ダカンさんは素早くお金を払い、小箱を私の手に握らせました。リトは喜んでくれるのでしょうか・・・そもそもどうやって渡したら良いんでしょう。うんうんと唸っていると刹那、今まで忠犬の如く黙って付従えてきたルウェイさんがフードを取り払ったのです。現れた燃え盛るような紅蓮の髪と猛禽の如く鋭い視線に、瞬時にして私たちを中心にドーナツ型の無人地帯が。きゃー目だってます目立ってますよっ。

「ルウェイ・・・?」

突如の行為に、ダカンさんも驚いたようで、困惑気味にルウェイさんの名を呼びました。

「匂う。」

何がと、問い掛けられない程にルウェイさんの視線が更に鋭利になって。身に受ければ一瞬で切り刻まれてしまいそう。

「蟲の匂いだ。」

蟲・・・リアサーラさんも時折同じ表現をする、その代名詞が表すものは、只一つ。
緊迫に心臓を高鳴らせて周囲を見渡した私の視界を、刹那一つの輪郭がよぎる。
誰もが着飾る祭典の中、私たち以外に顔を隠さなければならない者がいるとしたら、それは・・・。人ごみを避けるように裏路地へと入っていくその影に身を引き摺られるようにして、気がつけば私は駆け出していたのでした。

「使者殿!?」
「すみませんっ!し、知り合いがいたようなので失礼しますっ!」

詳しく説明する時間などさらさら無く、視界から消えて行く影を懸命に追いかける。
だって、その気配に、誘導するように走る姿に、私は覚えがあったのです。

 

 

「っ・・・・泉ちゃんっ!!」

 

 

祭り騒ぎから隔離された、別世界のような裏路地の奥深く。痛みと苦しさでざわつく胸を抑えて必死に叫ぶと、舞うように駆けていたその影は待ちわびていたかのように立ち止まり、ゆっくりとフードを取り払ったのでした。初めて出会った時と同じように。


 


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