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何時の間にやら寝こけてしまった私が目覚めた時、既に貨車はロータスに到着しておりました。懸念していた様にリトに見つかる事もなく、それどころか顔を会わす事すら無いまま私は一人駐屯所でもある神殿の噴水に浸かっておりました。うー、暇です。暇なんですけれど、町は人で溢れ返っており、うっかり姿を見られたりしたら大騒ぎになりかねません。水姫祭は人にとってとても大切なお祭りなのだと聞きました。お祭りにとって不安の要素にはなりたくありません。リアサーラさんが居ない分久しぶりに噴水でのんびりできそうですし、ここは大人しくしていましょう。ふぃ〜・・・ごくらくごくらく。

・・・なんて考えているとここらへんで当然のオチの如く現れるんですよね。

などと不吉な予想をしてしまった刹那、噴水の水面に影が映ったのです。思わず体を石の様に石化させて私はギギギとさび付いた効果音と共に振り、次の瞬間悲鳴をあげ飛び退いていました。

いえ、予想と反して、そこに立っていたのはリアサーラさんではなかったのですが。
私はおそるおそる身震いしながら紫紺のローブに身を包んだ男の人を見上げました。レイム程ではありませんが、それでもかなりの長身です。ざんばらに短く切られた焔色の髪と、背には二メートルにもなる大斧を担いでいます。そして、下半分をマスクで覆われた顔に、鋭利な瞳。これが怖い。すごい怖い。リトの絶対零度の瞳も、リアサーラさんの微笑も怖いですが、それとはまた別な、獰猛なる野生獣のような鋭さを讃えている瞳です。う、動いたらその瞬間噛み千切られそう。

わなわなと震えながら後ずさる私に野獣さんの瞳が細められました。
そして、懐に伸ばされる手。怖いですー!怖すぎますー!脳裏に頭からバリバリ食べられる己の図が浮かんだ私の目の前で、野獣さんが岩石をもやすやすと砕きそうな拳を握り締める。粉砕っ!?

「いやー!!そんな血みどろな死に方はいやですー!」

叫んだ瞬間、目の前でパッと開かれる手が開かれました。

・・・。

思わず、思考停止。・・・え・・・えーっと・・・な、なんですか。これ。

「・・・あ・・・あめ・・・?」

野獣さんの手の平に握り締められていたのは、どう見ても普通の棒つき飴。可愛らしいうさぎさんが飴の真ん中に描かれてます。こ、これをどうしろと。

「・・・食え。」
「は。」

押し付けられた飴と、野獣さんの顔を交互に眺めて、私は困惑に眉を顰めました。
い、一体何時の間に飴を出したんでしょうか。ひょっとして手品でしょうか。似合いません、似合わなすぎです・・・申し訳ないと思いつつも、そんな思いが過ってしまいます。

「あめは嫌いか。」
「あ、いえ。好きですっ!はい!」

獣の瞳が釣りあがったので、私は恐怖に身をすくめて、思わず頷いてあめを舐めてしまいました。精霊なので食事をする必要は無いのですが、味を感じる事はできるのです。

「おいしいです、はい。あ、有難うございます。」

目つきは著しく凶悪ですが、もしかしたら野獣さんは良い方なのかもしれません。お礼を述べると野獣さんは私の頭をぽむぽむと撫でました。・・・獰猛な眼差しのままで。ご、誤解されやすい人なのですね、そういう事にしておきましょう。丸々太らせて食べるつもりかもしれないという恐ろしい予想を慌てて脳裏からかき消します。

「ルウェイ。」

刹那、背後から声がし、私は勢い良く飛び退きました。何時の間にやらこんな近くに立っていたのか、これまた長身の女性が立っております。けぶる睫に、セクシーな唇と褐色の肌。全身を透き通る紅蓮のベールに包み、微笑を口元に浮かべる姿は、なんだか、見ているだけで体が痺れてしまいそう。こういうのを妖艶って言うんでしょうか。・・・あれ、ちょっと待って下さい。先ほど随分と低い声がしたと思ったのですが。別に人がいるのではないかと辺りをきょろきょろする私を見下ろし、美人さんは口を開きました。

「駄目でしょう、ルウェイ。人様のペットに勝手に餌をあげたら。」

うっ・・・や、やはり低い声です。しかも人様のペットって・・・。

「すまない、師匠。」

野獣さんこと、ルウェイさんは、美人さんの台詞に深く頭を垂れました。師匠・・・って師弟の関係だったんですかこの方たちっ!?そもそも一体何者なのでしょうか。こんな一癖も二癖もありそうな方たち・・・ひょっとして・・・。

「あっ!あの、ひょっとして、センチュリオンの方ですか!?」

思わず大きな声を上げると、美人さんがきょとんと瞳を見開いた後、おかしそうにくすくすと笑みを漏らしました。容姿の凄艶さが笑い声の低さとない交ぜになって、なんだか本能的に身の危険を感じてしまいます。

「メーラルの民からはそう呼ばれてますね。」
「・・・メーラルの民・・・?」

聞き覚えの無い単語です。

「この世界の民は殆ど王都を拠点として生きるメーラルの民と、ごく僅かですが、王都とは無関係に生きている部族がいるのです。私もこのルウェイも、今は名も忘れ去られた民族の末裔です。そういえばリアサーラもそうでしたね。」

なるほど、どことなく雰囲気が違うのはそういう訳だったのですね。

「私たちは孤独です。少数民族が故に集団戦の強さに期待できませんから・・・その分、一人一人の力を鍛えるしかないんですよ。」
「なるほど・・・。」
「ふふふ・・・私の名前はダカン。そして、この男は私の下僕でルウェイと言います。」

げ、下僕!?下僕って言いましたよ今この人さり気無く!師弟の関係だったんじゃないんですか。思わずルウェイさんを見ても、相変わらず凶悪な眼差しをしているので何を考えているのか全く解りません。その姿に思わずアスターナ様に仕えていた頃の自分を重ねてしまう私。うう、涙をさそいます。

「所で、愛らしい使者様。」
「はひっ!?」

すすすっと頬に指を馳せられて、思わず奇妙な声を出してしまいました。あのあんまり顔を近づけないで頂きたいのですが。香水の香りで眩暈がしそう。

「実は私たち、キーリトスに呼ばれて来たのだけれど、何処にいるかご存知ありませんか。」
「は・・・!?いえ、存じ上げませんが。」

リトが呼び出しておいて居場所を伝えないなんて珍しい事もあるものだと驚きながらも真実を述べると、ダカンさんの麗しい凄艶なる面がまたもや近づいてまいりました。ひぃぃ、吐息がっ!吐息が鼻にっ!

「本当に・・・?」
「ほ、ほほほほんとうです〜!」
「嘘ではありませんね・・・?」
「どうして嘘を吐く必用があるんですかー!?」

思わず絶叫すると、ふっと大きなアメジストの瞳が細められた。あう、どうして行動の一つ一つがこうも色っぽいんですかこの人。同じ女性として情け無くなってきますシクシク。

「ふふふ・・・愛らしいですね。口付けを誘っているようです。」
「きゃーっ!ごめんなさいお許し下さいっ!お運びしますからーっ!!」

迫り来る唇を止めるべく咄嗟に叫んだ途端。ダカンさんの手があっけなく私の頬を離れました。そしてその指を上品に顎にあてにっこり。
こ、この人ひょっとして・・・。

「それでは、宜しくおねがいします。愛らしい使者様。」

ひょ、ひょっとして最初から転移魔法が狙いだったんですか。

 

 

ラメアの機嫌が悪い事はうすうす気がついていたが、水姫祭に出たくないとだだをこね出した時、俺は心底頭を抱えた。女は面倒だ。なんでもないと思って言った台詞に一々大げさな反応をされるのは心身ともに疲れる。家政婦であったイールモーザに幼い頃から女性の扱いについて叩き込まれている為、迂闊な失態を犯す事は滅多に無いが、何分演技力の無さはあの男に似てしまったらしく、鋭いラメアには常に見破られてしまうのだ。

「ラメア様・・・。」
「いやよっ!何度言ってもっ!私・・・絶対水姫祭になんか出ないわっ!」

頭を振って俺を睨み上げるラメアの瞳には涙が浮かんでいる。泣かれても困るのだ。やる気が無いなら出る前に言ってほしい。

「急にそのような事を仰られても困ります。準備は全て整ったのですから。」
「・・・っそんなの知らないわっ!何時も私に何も言わないで勝手に進めるじゃない。私は見世物じゃないのよっ!女神の生まれ変わりといわれても、何の力もない。それなのに・・・。」

崇拝、畏敬される事はそれだけ完璧なる虚像を求められるという事でもある。ラメアの重荷は解らないでもない。

「・・・ですが、王家に生まれた以上、これは貴方の義務です。」
「誰が決めた義務よっ!」

ラメアの手が空を切った。殴られるべきかどうか、瞬く間に考えた後その手を受け止める。

「・・・っ酷い。酷いわ、キーリトスは。貴方は、何時も国の事ばかり・・・。正しい事ばかり!!誰もが正しい事ばかりよ!どうせ、間違っているのは私だけよっ!」

歪められた空色の眼差しから涙が零れ落ちる。そのままラメアは片手で俺の衣を掴むと、身を預けるようにして胸の中で嗚咽を漏らした。・・・俺はラメアを裏切る行為は何一つしていない・・・それでも彼女が傷ついてしまうのは、俺に責があるのだろうかと、己の失点を脳裏で考える。どうすれば、彼女の気が晴れるのか・・・。

考えて、ある結論に辿りついた。

 

「ラメア様・・・。」

優しくラメアの肩を抱き、上を向かせる。小さく息を吐き出し、俺は口を開いた。

「・・・水姫祭で、婚儀をあげましょう。」
「キーリトス・・・!?」

ラメアと俺は元々今年の水姫祭で婚儀を上げる予定であった。それを女神の使者であるマリーンを恐れて王が延期にしたのである。今となってはマリーンを懸念する必要も無いのだが、俺個人的に相次ぐスコーピオンの襲撃やら死神の来客やらマリーンの世話やらでそれどころではなく、今朝方まですっかり忘れていたのである。人でなしと責められそうだが、責めるならこの忙殺の日々を責めてほしい。

「女神の使者は、もう良いの・・・?」

瞳を見開いたラメアの問いに、俺は一瞬返す台詞に遅れた。最初から告白には答えられないと返事してある。マリーンはその言いつけどおり俺には極力近づいてこない。来た当初の頃こそ恐れられてはいたが、最近では宮廷仕官もその姿になれ、噴水で水遊びする姿が心和むとかで一部の翁たちにとっては観葉植物的対象になるぐらいだ。・・・本人全く気がついていないだろうが。それに最近リアサーラとも仲が良い様だし、ここらへんで俺は役を降ろさせてもらっても問題は無い。

「心配いりません。」
「・・・本当に?」

半ば自分に言い聞かせるような台詞に、ラメアが訝しげに瞳を覗き込んで来る。

「ラメア様、身分上俺は多くの者たちを気にかけなければなりません。それはご存知の筈です。」
「・・・解っているわ。」
「他意は一切ありません・・・愛しているのは、貴方だけです。」

俺の台詞に、ラメアは潤んだ瞳を閉ざした。必然的に俺はその頬に手をかける。
唇が重なる刹那。

ギュイーーン!!
広がる閃光、何も無い空間に展開する魔方陣。そして現れるシルエット。

「「「「・・・。」」」」

 

「おや・・・絶妙のタイミングだったようですね。」

四つの沈黙が居心地悪く漂う中、我関せずの如く口を開いたそいつは春風駘蕩たる態度を寸ミリとも崩さず、飄々とした笑みを浮かべた。おそらくこの世界で最も有能なる薬師。センチュリオンの一人、ダカンだ。背後にはいつもの様に紅蓮のバーサーカーと呼ばれる男、ルウェイを従えている。そして、その影に隠れるように、ぎくしゃくと体を固まらせているマリーンの姿があった。視線が合うと、途方にくれたような顔に小さく笑みを浮かべる。

「す、すみません、えーっと・・・。」
「こちらの愛らしい使者様が、どうしても道案内をしたいと。」
「うえっ!?・・・あぅ、はいぃぃ〜〜その通りです。」

奇声を上げたマリーンがダカンの顔を見た後、青ざめて頷く。大体状況は理解できたが、何故こいつはこうも押しに弱いんだ。悪くもないのに謝るなと何度言わせれば気が済むのだろう。

「・・・午後に会う約束だっただろう。面会場所は伝えておいた筈だが・・・?」
「いやですね。この麗しく儚い私に歩けと仰るのですか。」
「お前の何処が儚いんだ。」
「ふふふ・・・それに、ルウェイも姫様にお会いしたかったようですし。」

ああ、なるほどと俺は先程から焼けそうな眼光を送ってくる大男に目をやり、内心で納得した。この男の場合目つきの悪さは自前なのだが、ラメアの前だと照れなのか一層険悪になる。ルウェイの名を聞き、ラメアが小さく悲鳴を上げて俺の背後に隠れた。その前に、俺を挟んで跪くルウェイ。見上げる眼差し。凶悪。

・・・頼むから俺を挟んでくれるな。

「・・・姫。」

小さく呟き、ルウェイは拳を突き出した。その姿、さながら決闘宣言のように受け取られるが、ネタが解っている俺は頭痛を覚えざるを得ない。

そしてポンと開かれた手から現れるのは小さな花束。当然ラメアは俺の背後に隠れている訳だから、俺の前に花束が捧げられる事となる。目の前には熱いまなざしを向けてくる男。・・・想像したくもない屈辱的な図だ。この微妙な位置から逃げたいが、ラメアは俺の婚約者である。後々を考えて逃げる訳にはいかないのだろう。微笑を崩さないダカンはどうやら傍観に徹する事にしたようだ。・・・こいつ、最初からこれが狙いか。マリーンまでもが、微妙な顔で笑いを堪えているようである。・・・後で覚えていろよ。

「っ!!何度言ったら解るの、私は婚約しているのです。そんなもの受け取れませんっ!というかこっち見ないでー!」

ラメアは蝶よ花よと育てられた一国の姫だ。殺戮者紛いの眼光を向けられれば例えそれが自前でも恐怖に慄くのは無理無い。哀れだと思うが、こうして毎度の如くルウェイの送り物は受け取ってもらえない所か、ラメアとは会話すらできない状態なのである。外見も中身も火と水、全く相入れない二人だ。にも関わらず幾たび拒絶されても諦めないルウェイの精神は感心に値するが。

「ラメア様・・・彼らと話がありますので一旦ご自室お戻り下さい。」
「キーリトス・・・解ったわ。」

一瞬戸惑ったラメアであったが、ルウェイの眼差しに耐えられなくなったのか。踵を返すと脱兎のごとく走り去った。

「うう、落ち込まないで下さいね、ルウェイさん。」
「・・・ああ・・・貰ってくれ。」

どうやらこっちはやたらと同調しているようである。ラメアに捧げる筈だった花束を押し付けられると、マリーンは少し困惑したようにそれを受け取った。そしておどおどと周囲を見渡して、俺の視線とかち合う。

「うっ・・・あ、えと。わ、わわわわたくしもこれにて失礼させていただきますねでは!」

どもりまくった台詞を一息に言い終えるとマリーンは瞬く間も無く魔方陣を展開させてその場から消え去った。なんなんだ、一体。

「・・・ふふふ・・・もてる男は辛いですね。」

楽しむようなダカンの一言に眉を顰める。辛いというよりストレスだ。訳わからん。

「相変わらず解っているようで全然解っていない所は可愛いですけれど・・・。」
「気色悪い事言うな。」
「失礼ですね、こんなに美しく麗しい私に対して。」
男のくせにその無駄な麗しさが気持ち悪いんだ!

まず誰も気がつかないが、例え嫌味ったらしく化粧をしていても、中性的な格好をしても生物学上ダカンは男である。胡乱な一瞥を向けると、ダカンは態とらしく溜息を吐いた。

「いやですね、美に性別は関係ありませんよ。」

リアサーラ以上に言動が癪に障る奴だ。けれどそれ以上に、ダカンが召集にまともに応じた事が信じがたい。それが国を挙げての祭りである水姫祭であるとすれば尚更だ、センチュリオンは誰一人として人との接触を好まない。その中でも特に隠居癖のあるダカンが出てきたと言う事は。

「・・・金が底を尽きたか。」
「おや、察しが宜しいですね。」

笑うな。

「給金は上げないぞ。」

釘を刺すとダカンの目がにっこりと細められた。嫌な予感に眉を顰める。

「ふふ・・・構いませんよ。」

意外な返答だった。

「面白そうな素材を見つけたので、久しぶりに一攫千金を狙ってみようと思いまして。」
「何?」
「異界の力を秘めた愛らしい精霊は・・・一体どんな血の色をしているでしょうね。」


キャラクターたちが勝手に動いてくれて助かるんですけれど、もう少しヒーローとしてのやる気を見せようよ、キーリトス。
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