:閑話2:

ガタガタブルブル。

ああ、来ます。そろそろ来ます。
時はお昼時間が終わって誰もが一息吐ける昼下がり。所謂ブランチな時間体。

 

レイムも帰りやっと平和にリトの雄姿を見ながら過ごせると思った私ですが、世の中そんなに甘くはないようです。
ああ、これも、逃亡者故の運命なのでしょうか。・・・と己が身の不遇を嘆いていた時。

ザシュッ!!

きたーっ!トレジャーハンター、狩人、もとい通り魔がっ!
姿は見えないのに、どこからとも無く飛んでくる俊足の矢をギリギリで交わしながら、私は人間体をとり、噴水の中から飛び出しました。大蛇の姿ですと体面積が多い分当たりやすくなりますし、小蛇の姿では一度捕まった前科がある為、やはり人間体が一番ではないかと推理した結果・・・なのですが。

ザッシュザシュザシュザシュ!!

手加減の欠片もない連続攻撃の前ではどんな姿でも変わらないのかもしれません。
いやーっ!止めてくださいーっ!串刺しになります串刺しにっ!

「イイ避け方じゃん。」

運が良かったのか悪かったのか、見事に服を地面に縫い付けられた状態になってしまい身動きの取れない私の前に軽快な足取りで降りて来たのはアスターナ様第二号・・・じゃ、じゃなくってっ!!センチュリオンたるリアサーラさんです。センチュリオンとは、対スコーピオン専門に戦う、卓越した能力を持った方たちの事です。リトからは世界に五人しかいないと聞きましたが、今だリアサーラさん以外の方に会った事はありません。私はスコーピオンではないのですが、初対面で腹を貫かれた一件以来リトが出かけるたびに昼食後の運動と称して遊猟の的にされているのです。リト以上に私を動物扱いしている人なのです。・・・いえ、爬虫類である事は否定しませんが。

「あーあ、ソノ心臓ぶちヌイテやりたいんだけどなぁ。流石にソレやったら死んじゃう?」

女性のような綺麗な顔なのに、いう事がとんでもなくえげつないリアサーラさん。ですが慣れとは恐ろしいもので、当初感じた恐怖よりも今ではもう呆れてしまいます。毛先をオレンジに染めた長い金髪を揺らしてリアサーラさんは体を屈めると、私をじっと覗き込みました。ああ、鑑定されてます鑑定。

「心臓じゃなくって核を貫かれたら死にますけど・・・。」

って答えてどうするんですか私―っ!

「へー、それって何処にアルの?」
「この体制でそんな事教えられる訳無いじゃないですかー!」
「ふーん、じゃあロシアンルーレット並に一箇所ずつあててコーかなァー。」

にやりと笑ったリアサーラさん。心底楽しそうです。わーんっ、怖いよーっ!

「ひぃぃっ!たしかに人間じゃないですけど、私だって痛みぐらいあるんですーっ!!」
「痛がってもらわなきゃこっちもヤル楽しみないし。」
「うわーんっ、外道―っ!鬼畜―っ!」
「さて、んじゃ第一ッパツメぶち込ませてイタダキマスか。」

ああっダーツボード決定!?
リトーっ!!と叫んでも任務で出かけているリトが戻ってくる筈は無く、
思わず目を閉じた時でした。

「大変だーっ!!」

王宮通路の方から響いてきた悲鳴に、リアサーラさんが一瞬動きを止めました。

「な、何が起きたんでしょう。」
「まーたスコーピオンでも来たンだろ、ドーセ。面倒くさっ。」

やる気の全くない台詞ですが、リトいわく、リアサーラさんはこれでも最も働いているセンチュリオンなのです。

「コレクションも足りてるシ、捕まンナイ内二逃げヨ。」

た、例え働いている理由が私欲にまみれていても。
そうこうしている内に宮廷内のざわめきは一際大きくなって行き、焦燥に駆られた声が絶え間なく聞こえてくるようになりました。今はリトがいない為よけい事の収集がつけられなくなっているのでしょう。

「キーリトス様に連絡はしたか!?」
「は、急使をたてましたが・・・リーザの村からケルトン集落までは距離が遠すぎます。間に合う可能性は低いのではないかと・・・。」

そもそもリトだって今は戦闘中かもしれませんしね。

「相変ワラズ頼りにサレテルねぇ。タイチョーさん。」
「そう思うなら仕事さぼらないで下さい。リトは大変なんですからね。」
「・・・そんで相変わらずモテモテだネェ。」

思わず口に出してしまった台詞に、リアサーラさんがその顔に笑みを浮かべました。にっこりと形容するに相応しい美麗な笑顔なのですが・・・般若のごとく歪んで見えるのは私が、まな板の上の魚状態だからでしょうか。

「センチュリオンたちをはいるか!?」
「早朝リアサーラ様を目撃した者がいるみたいです。」
「よし、早急に探し出せっ!!」

遠くから響いてきた声に、ちっとリアサーラさんが舌打ちして立ち上がりました。一命を取り留めた事に感謝しなくてはならないのかもしれませんが・・・。

「見つかんない内に消エヨっと。」

仮にも一つの村にとっては至急存亡の秋に後腐れ無く逃げようとするその精神は如何なものなのでしょうか。

「ま、待ってくださいーっ!」

ぐいっ。

「いってぇー!」

し、しまった。咄嗟であったとはいえ、引き留めるために思わずリアサーラさんの髪を思いっきり引っ張ってしまいました。いくら長髪の三つ網で引っ張りやすかったと言えど殺傷能力がありそうな一瞥を向けられれば地雷を踏んでしまった事は一目瞭然。
今度は矢で串刺しじゃなくって眼光でミンチですかっ。

「や、止めましょうよ美人が台無しですよリアサーラさん。」
「ヘエぇ。」

ひぃぃぃぃっ!ますます地雷です核爆弾です。

「ご・・・ごめんなさ・・・。」

ああ、恐怖であごがガクガクなってます。振動音が脳まで響いてきますぅぅ。

「リアサーラ様っ!!」

九死一生を得るタイミングで王宮の渡り廊下から兵士らしき青年が駆け寄ってきた時、その見ず知らずのご尊顔が救世主に見えたのは言うまでもありません。

 

 

ああ・・・私ってなんて愚かなんでしょう。やっぱりこんな事になるんなら最初に移転魔方陣で逃げていれば良かったです。

「ちっ、なんでオレがこんなつまんないトコロに来なきゃイケナイの。」

リアサーラさん、なんだか態度が日に日にというより一刻一刻と悪化してませんか。

「どうしてクレんの、お人形サン。アンタの所為で逃げそびレタ。」

センチュリオンなんですから任務前に逃げようとしないで下さいっ。しかも私見てました。出発前、王宮幹部らしきご老人と何か取引をしていた姿を。蒼白になっていたお姿から判断して、国宝級のものを代価に出されたに違いありません。この人、ひとでなしです。

「しかもこんな遠いトコロまで。」

私の移転魔法使ったじゃないですかー!

「面倒クサイナァ。もうコレクション足りてるって言ったノニ。」
「この状況でそんな事言っている場合じゃないですーーーーっ!!」

コレクションの為でなければここまで不精になれる人だったなんて・・・そういえば、私この人に入れ歯と引き換えに人身提供されたんでした。けれど趣味の悪さうんぬんよりも、今眼前に広がる情景を全く無視して能天気に話を続けられるその神経が信じられません。

ガシャァアアア!!!

紙一重で避けた体の直横を、ドリル型した黒い尾針が掠めて行きます。大地が抉られ、砂煙が一帯に立ち込めました。あぅぅ、涙出ます。酷くぼやけた視界でも存在を確認できる何百という赤い瞳。

「一杯イルけど・・・どれもオナジだし。コレクションのし甲斐がナイ。」
「ですからそんな事言ってる場合じゃないですーっ!!」

スコーピオンは水源を求めて人の集落を襲うのだと聞きました。早くしないと、この村のオアシスも毒化されてしまい、使い物にならなくなってしまいます。水源を立たれた村は枯渇を免れる為移住を余儀なくされてしまうのですから。

「なんとかして下さいーけほ、こほっ。」
「煙いネェ、一旦逃げるか。」
「ひゃっ!?」

そう言うや否や、リアサーラさんは私を抱えると、軽く地面を蹴って飛び上がりました。そのまま建物の壁と壁を蹴り上げて、一番高い建造物の天辺まで上がってしまいます。
す、凄いです。人間の筈なのに泉ちゃんに負けない身体能力です。けれど・・・。

「み、見えませんね・・・。」

高い所に出たからと言って視界はクリアになるどころか、街並でうごめくスコーピオンの姿はもうもうと立ち込める砂煙に包まれ、一つの巨大な影のように見えてしまいます。メルライナの奇襲より数は大分少ない事に違いありませんが、それでもかなりの数。既に住人の殆どは逃げたのか、それとも息絶えてしまったのか考えたくもありませんが、悲鳴が聞こえない中、地鳴りだけが淡々と続き、どうしたら良いのか解りません。この状況でリアサーラさんは矢を当てる事ができるのでしょうか。

「・・・ずらかろうゼ。」
「ここまで来て何言ってるんですかーーーっ!!!」

ほ、本当にやる気あるんですかこの人、いや無いんですね。ああ、ますますアスターナ様と似ております。こ、こういう時はどうしたら良いんでしたっけ。と思わずここ数ヶ月しまっていた我儘女神対策マニュアルを取りだしてしまう私。

 

作戦一:良心に訴える

「お願いします、水が毒化されてしまったら、この集落は滅びてしまうんですよ。故郷が無くなったら悲しいです。家族がばらばらになったり、もし運悪く別の村に移住する事ができなかったら・・・。」
「ジブンの身はジブンで守るのが筋ってもんデショ。」

失敗。やはりこの人に良心なんてものはありませんでしたか。

作戦二:褒める

「リアサーラさん、ここでスコーピオンを助けられるのは兵士百人の力にも勝るリアサーラさんしか居ないんですよ。世界に五人しかいない勇者なのですから。どうかその辣腕をふるって下さい。」
「・・・気持ワルイんだけど。」

・・・逆効果。うう、アスターナ様だったらこれが一番効くのですが。

作戦三:脅す

「後でリトにいいつけちゃいますよ・・・減給されてもいいんですか。」
「ヘェェ、じゃあ遠慮なく口封じさせてもらおうカナ。」

大失敗。寿命縮みました。

あぅぅ・・・どうすれば良いんですか。こんな所で遊んでいる場合ではないのです。

「もう本当にお願いします。なんでもしますから。」
「一生ケンメイなトコロ悪いんだけど、別にイジワルでやらないって言ってるんじゃなくって、今日ホカク用の矢しか持ってこなかったんだよね。」

は、捕獲用!?

「アンタ狩る予定しかナカッタし。」

そんな予定立てなく良いですー!

「えーっと、えーっと、それでは弓兵から矢を借りてきますからちょっと待ってて下さい。」
「あんなモンでスコーピオンが貫けるワケないじゃん。」
「え?」
「オレが使う矢は全部ジブンで作ってるカラ。」

そういうとリアサーラさんは背中に繰りつけられた矢筒から矢を一本取り出しました。羽の無い棒矢で、矢尻が多少丸みを帯びている細い矢です。一直線で少しの傷もありません。

「うわぁ・・・これは芸術品ですね。」
「貫かれたくナッタ?」
「・・・え、遠慮しときます。」

捕獲用とか言っても痛い事に変わりありません。好き好んで矢の標的になりたいなんて思う訳ないじゃないですか。

「コレは捕獲用。対スコーピオンの矢はスコーピオンの尾カラ作るんだ。ソレ以外じゃ、甲冑を貫けナイよ。」
「うう・・・どうしましょう、今から戻ったら間に合いません。」
「だから、ズラかろーってイッたんだ。」
「駄目ですっ!倒せないならせめて村人を非難させなくては。逃げ遅れた人がいるかもしれません、行きますよ!」
「お人形サン、アンタじゃスコーピオンと間違えラレルのがオチでしょ。」

たしか、メルライナの時も私の手を取ってくれた人は殆どいませんでした。でも、それは仕方のない事なのです。敵と同じ姿をしていたら、味方だなんて普通は思わないでしょうから。

「緊急時にそんな事言ってられませんっ!」

こんなやる気のない人と何時までも会話しててはらちがあきません。こんな事ならもっと早く救出に行けば良かったです。建物の縁に足をかけると、私は一目散にビルから飛び降りました。一応私も精霊なので、身体能力はそれなりに備わっているのです。

 

 

「いた・・・いたい・・・痛いよぉ・・・。」
「大丈夫、大丈夫ですからね。」

泣きながら瞳を擦る小さな男の子を私はぎゅっと抱きしめていました。
やはり殆どの人は既に非難してしまっているようで、この子以外誰も見つからなかったのですが・・・ならこの子の両親はひょっとしてもう・・・。嫌な考えが過って周囲を見渡してみますが、瓦礫だらけで人が下敷きになっているかどうかは判断つきません。
無事に生きている事を願って。私は男の子を抱きしめて移転魔法を唱えました。

近くに村があるかどうか解らないので、王宮まで戻るのはかなりの力を浪費するんですが、仕方ありません。
ああ、でもリアサーラさん一人で帰れるんでしょうか。無視してここまで来てしまいましたが後で様子を見に・・・。




刹那、全ての音が遠くなった気がしました。瞬く間に口内を満たすえぐい塩の味。続けさまに凄まじい力で投げ飛ばされ、視界が転倒した私は、目の前に迫った地肌に広がる赤黒い液体を見てようやく自分が刺された事に気がつきました。だって、スコーピオンの血は青色ですから。それにしても、あまりにも痛いです。人間体でもこんなに痛いという事は核を傷つけたのかもしれません。

「化け物っ!!こ、子供は・・・子供は絶対傷つけさせないっ!!」

女の人の声が頭上からしました。ああ、男の子のお母さんなのですね。生きてて、良かった。泣きながら母を呼び駆け寄っていく男の子の姿を視界の端に捉えて私は小さく溜息つきました。しかし一発で私の移動自由な核を当てるなんて、あのお母さんただものじゃありませんね・・・とか暢気な事を言っている場合ではないのですが、うっかり気を失おうものならレイムのお迎えが来てしまいそうな予感がするんです。ああ、い、息が辛い・・・ここは海蛇の姿になり皮膚呼吸にきりかえるべきでしょうか。そんな力残ってなさそうですけれど。はやく、貫いている凶器を抜かないと、再生できな・・・。

「お人形サンは馬鹿だね。」

不意に体が浮かんだかと思うと、ズブリと言う効果音と共に、右胸の少し下に、凄まじい激痛が走りました。ああ、今レイムが・・・レイムの姿が見えた気がしますっ。
しかしそれは一瞬の事で、直にじわじわと体が再生を始めた事が解りました。けれど核を傷つけられた分再生は遅く、このままだと血が先に足りなくなるかもしれません・・・血が無ければ心臓が動かない人と同様、私の核も血を必用とするんです。

「ちっ、オレは芸術的じゃない風穴はキライだ。」

台詞自体は意味不明なのですが、リアサーラさんは舌打ちすると、布を重ねたような長い衣装の右袖を取り外し、それを私の傷口に巻き付けました。ああ、良心の欠片もないなんて言ってすみません。傷が直ったら一杯お礼を言わせて下さい。感動。

「全くオレの獲物を横取りしようナンざ、許せないアマだぜ。」

きゃーっ!男の子のお母さんに何したんですかーっ!!
口を開く程の力は無いので、リアサーラさんの衣装をぎゅっと掴む事で意思表示。
私は元々獲物じゃありませんし人間は再生できないんですからね。

「人の心配ヨリ自分の心配シテよ。オレたち囲まれちゃっテルよ、蟲サンに。」

・・・は。

「だからサッサト再生してヨ。」

そ、そういう理由だったんですか。そう言えば自分の痛みで気がつかなかったのですが、周囲を禍々しい気配が蠢いています。ううう・・・なんだか精神的にも傷の直りが後退しそうです。

「・・・駄目・・・です。」

肉体は再生してもかなりの血を流しましたし、核につけられた傷はちゃんと療養を取らなければ直りません。その状態で転移魔法は恐らく使えないでしょう。

「魔法は、とうぶん、無理・・・ですから。一人で・・・逃げて。」
「なるほどネー・・・ショーが無い。」

感慨の無い声でそういうとリアサーラさんは私を横たわらせ、弓を持って立ち上がりました。そのまま何処かへ立ち去る足音を聞きながら、私はそっと瞼を閉じます。少しだけ、休みましょう。ああ、どうかもう一度リトを見る事ができますように。それからリアサーラさんが逃げ延びれますように。

 

目が覚めると、体は重くともなんとか動くようになっており、私はのろのろと立ち上がって周辺に感覚を尖らせました。スコーピオンはまだ群がっているみたいですね。時間はそれほど経っていないのでしょう。しぶとい自分の体に感謝です。

「ああ、起きタ?」

予期していなかった声を耳にし、私はぎょっと周囲を見渡しました。

「コッチ。さっそくダケド、小さくなれる?」
「へ?え、はい、なれますけど・・・。」

てっきりもう逃げたかと思っておりましたが、まだいたのですね。まさかこの状況で私を狩るつもりじゃ・・・。
疑心暗鬼が顔にでていたのかリアサーラさんがニヤリとスナイパーの笑みを浮かべました。

「そういうアソビはアトでね。」
「すみませんごめんなさい嘘です私が悪かったですーっ!」
「イイからサッサと小さくなってヨ。」

リアサーラさんといいリトといい、この世界の男性はこうもせっかちなのでしょうか。
けれどダーツ的になってはかないませんので、私は頷くと急いで体を小さな蛇に変化させました。

「邪魔にナラナイ所巻きツイてて。」

小さくなった私を自分の体に乗せたリアサーラさんがそう言うので、考えた末、私は首と肩にくるりとまきつきました。

「それじゃ、イキマスか。」
「な、何するんですか?」

大きな瓦礫の背後に身を隠し、矢筒に手を伸ばすリアサーラさん。

「一匹だけ倒スカラ、そこから逃げるヨ。」
「でも、さっき捕獲用の矢しかないって。」
「だから、コウするんだ。」

そう言うな否や、リアサーラさんは矢筒から四本の矢を取り出すとそれを扇状に弓の上に展開させました。

「十本は射ち込まなきゃダメだろうネ。気付かれるまで、4秒ってトコロか。キビシイね。」

台詞の割にリアサーラさんは楽しそうです。不意にその眼差しが狩人のものになりました。
そして瓦礫から飛び出した先は、丁度スコーピオンの目の前。

「ひぃぃぃっ!!目の前出るなんて、何考えてるんですかーっ!!?」

私の悲鳴と同時にリアサーラさんが一斉に矢を放ちました。いえ、実際は同時に見えてそれぞれ軌道をずらしていたのでしょう。そうでなくては、四本とも同じ場所に命中する筈がありません。なるほど、攻撃力の弱い矢でも同じ場所を何度も貫けば。

「二発目。」

再び四本の矢を弓にセットする僅か一秒足らずの刹那も、スコーピオンは土煙を上げて突進してきます。大地が揺さぶられ、立ちこめる砂煙。これでは視界が見えないのではと心配すれば、砂煙の向こうで、何かが光ってます・・・あらかじめ矢に光を反射する物質を塗っていたのですね。けれど命中する音はしても、スコーピオンの進行は止まりません。
ハラハラと私はリアサーラさんが三回目の矢をセットする姿を見守りました。

「ラスト」

リアサーラさんの顔は余裕なのですが、本当に大丈夫なんですかっ!?ど、どうしましょういざとなったら大蛇に変身して・・・いやでもそれではリアサーラさん下敷きにしかねないですし。矢が突き刺さる音と同時に、目と鼻の先まで来たスコーピオンが尾針を振り下ろしました。万事休すっ!!けれどその前にリアサーラさんは攻撃を交わして身軽にスコーピオンの体に飛び上がりました。

「カンリョー。逃げるヨ。」

そのまますたりと背中から飛び降り、他のスコーピオンが気付かぬ合間に俊足の速さで走り去るリアサーラさん。振り向けば既に姿が小さくなったスコーピオンは大地に尾をつき立てたまま動きを止めていました。

 

 

「凄いです!リアサーラさん。捕獲用の矢でもスコーピオンを倒せたじゃないですか。」
「二度とゴメンだよあんな矢の無駄ヅカイ。」

げんなりした様子で言い放つリアサーラさんにどっと脱力する私。うう、そういう台詞さえなければ堂々と見直せたのに。

「はっ!そういえば、男の子とお母さんは一体どうしたのですか?」
「腹に風穴開けラレテまだ心配スルんだ。お人形サンは。マゾだね。」
「えっ!?はっ!?」
「そうイウコトなら幾らでもイジメテあげるノニ。」

リアサーラさんの笑顔に私は奇妙な叫びをあげて後ずさりました。この方の苛めは、著しく猟奇的で動物虐待に分別されるものであり、けしてうら若き乙女な講読者の皆様が想像なされる内容では無いのですよー!

「は、話を逸らさないで下さいっ!」
「フゥー、知らナイヨ。人間になんて興味ナイシ。」
「え、リアサーラさん人間じゃなかったんですか?」

納得です。

「アハハハ、剥製とホルマリンどっちがイイ?」
「どっちもイヤデススミマセン。」

恐怖の余り一瞬訛りが移ってしまいました。しかしそんな事よりも今はあの親子の消息が心配です。あれだけスコーピオンが暴れている中援護も無しに逃げ切るのはほぼ不可能なのですから。

「助けに戻らなければっ!」
「イッテラッシャイ、オレは行かないからネ。」
「はい、いってきます!」

頷いてくるりと踵を返した瞬間、首根っこを引っ張られて私は思いっきり転倒しました。

「ぐはう、気管がっ!は、はなして・・・。」
「頭カルイって聞いてたケドここまでとはネ。」

ぐはっ、誰からとは聞かなくても解ってしまいます。何しろその単語を日々挨拶代わりに言われ続けてますからね。シクシク。

「アンタが戻ってもシンジテもらえるワケナイデショ。」
「それは、そうですけど・・・。」
「第一見つけラレンの?ドーブツの感?」
「は!?それは良い考えかもしれません試してみますっ!」
「・・・面倒クセェ。」

リアサーラさん別に何もやらなくても良いじゃないですか。本当に面倒くさがりですねと呆れながら立ち上ろうとした私ですが、突如伸びてきた腕に腰を掴まれ、そのままバランスを崩してしまいます。しかしそれだけなら未だしも転倒した先には露出した胸板が。
・・・。

「ひぃぃぃぃっ!すみません。」

すみません、読者の方々にもすみません。一途系ヒロインとして今私あるまじき体制となっているのでは・・・。こ、ここここれは不幸な二次災害なんです、けして恋愛小説(らぶこめv)に似せた計画的アクシデントではっ・・・。

「面白いカオ。」

かはっ!!

「ナーニか期待してるのカナ。」
「す、すすすすすとーーーぷっ!いけませんリアサーラさんっ!役的に貴方はそれ以上言ってはっ!!」

 

「・・・何を馬鹿な事やってるんだ?」

錯乱のあまりリアサーラさんの口を手で塞いでいた瞬間、背後から聞きなれた声が届きました。

「リトーっ!!」

歓喜のあまり思わず駆け寄ってしまいます。無論身の程をわきまえて抱きついたりはしませんが。あうでも抱きつきたいっ!

「今回、出番無いんじゃないかと心配してたんですよー。」
「・・・は?」

いえいえ、良いんです。そういう無頓着な所も大好きですから。

「タイチョー、速カッタですね。」

何時の間にやら背後に立っていたリアサーラさんに思わずぎょっと飛び退いてしまう私。いえ、助けられた恩はあるのですが、やはり数ヶ月間獲物として追われていた恐怖心は拭えないと言いますか動物的本能と言いますか。うわーん、だって何考えてるのか解らないんですもんこの人。

「報告でお前とこいつ、二人で出陣したと聞いてな。」

リト、ひょっとして心配して来てくれたのですか。

「別の狩に夢中になってスコーピオン退治などやらないだろうと思って来てみたんだが。」

シクシク。解っていましたけれどね、こんなオチだって。

「その血みどろの服からして予想通りか。全く何度こいつに構うなと言えば気がすむんだ。」
「え、待ってくださいリト。」
「お前もだ、危険だと思ったらさっさと逃げろ何のための魔法だ。」
「ち、ちが・・・。」

勘違いを伝えようとするもお説教モードに入ったリトは怒涛の冷気を纏わせており、怖くて中断できません・・・あうう眩暈が・・・。

「タイチョーさん、残念ダケドやったのオレじゃないヨ。今回は。」

不意に背中を支えられたかと思うと、頭上から声がしました。見上げればリアサーラさんがリトの背後、巨大な貨車を指差してにっこりと微笑んでます。え、笑顔が二割増しで怖い!

「そのオンナが蟲と間違えたンダヨ。」

その貨車は逃げ延びた村人を運ぶ為の物なのでしょう。リアサーラさんが指差した先には、私が見た男の子が、女性の腕に包まれて眠っていました。背後から刺されたので顔は見てなかったのですが、こちらに気付く様子もなく子供を抱きしめる姿は慈愛に満ちてます。
良かった助かったんですね。さすが私の核を一発で貫いただけあります。

「!!」
「およ?」

急に、お母さんが顔を上げた事に驚いた私は、咄嗟にリアサーラさんの背後に隠れてしまいました。ど、どどどどうしましょう。見つかりませんでしたよね。

「ホラね?このトーリ。」
「・・・。」
「す、すみませんリトー。かくかくしかじかで失敗してしまいました。」

恐る恐る見上げたリトから、無言の威圧感を感じて、思わず縮こまってしまう私。
怒ってます。明らかに怒ってます。はぁ・・・リトの場合、少しぐらいはリアサーラさんのお気楽さを真似ても良いかもしれません。

「タイチョー、怒ってばっかダトハゲマスヨ。」
「・・・。」

ひぃぃぃっ!余計怒らせないで下さいリアサーラさん。

「だ、だだ大丈夫ですよリト、たとえ禿げても精霊の愛に変わりはありません!」

正真正銘本音を力説したのですが、リトは凝固し、リアサーラさんは悶絶しております。
な、何故ですか。首をかしげていると、リトが勢い良く踵を返しました。

「さっさと帰るぞ。」
「あ、お人形さんはオレが連れて行くヨ。」
「・・・。」

ピタリと足を止めたリトが心底胡散臭いといわんばかりの眼差しを向けてきます。
ていうか私に主張権はないんですかとは首に当てられた手が怖くて言えません。

「ダイジョウブですって。タイチョーは他のニンゲン、連れてかなキャナンナイデショ?」

リアサーラさんの言葉に私ははっと顔を上げました。そうです、結局スコーピオンを退治できなかったのですから今頃オアシスは既に毒化されてしまったのでしょう。だからリトはこれから集落の人々に新しい住処を見つけてやらなくてはならないのです。

「・・・日没までに帰って無かったら月給無しにするからな。」
「リョーカーイ。」

げんなりと溜息ついたリトが歩き去っていきます。

「それじゃあ、イクヨ。」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」

咄嗟に叫んで私は思わずリトを追いかけてしまいました。必死でマントをぎゅっと掴むと、驚いた様子でリトが振り返ります。

「ぜぇ・・・ぜぇ・・・。」
「・・・大丈夫か。」

すみません、これしきの距離と思われるかもしれませんが何分体力不足でして。

「あ、あの・・・ごめんなさい、リト。村を助けられなくて。」

よくよく考えてみれば、最初に私が力を使えばスコーピオンを追い払う事ができたかもしれないのです。その場合近くにいたリアサーラさんも住民も巻き込まれてしまうのですが。

「なんでお前が気にする。」
「だって・・・。」
「お前は騎士でも兵士でもないだろう。民を守らなければならない義務がある訳じゃない。」
「でも・・・。」
「リアサーラならともかくな。大方、矢の種類でも間違えたんだろうあの遊び人は。」

あ、当ってます。さすが隊長さん、部下を把握しているのですね。

「月給半減だな。」
「えっ!いや、それは許してあげた方が。」
「玩具を作れる余裕を無くしてやる。」

こ、怖い。リトから黒いものが立ちこめてるんですが。リアサーラさんの場合、お金が無くても、ありったけの財産を遊びに費やしそうです。でもリトにこれ以上ストレスを感じさせて本当に禿げたりしたら、即効ヒーローの座から落とされそうなので黙っておく事にしましょう。

 

 

 

「ひぃぃ、揺れます、落ちます、怖いですーっ!」

馬も無く一体どうやって帰るつもりなのだろうと懸念していた私の目の前で、リアサーラさんが呼び出したのは、なんと巨大な鳥でした。でも実際、三つある目とか大きく裂けた口から除く鋭利な歯とか、強靭な爪の生えた足とか、猛禽としか思えない姿なのですが。

「心配ナイって。」
「先程から180度回転する頭に睨まれているのですがーっ!」

しかも涎垂れてますし。またしても獲物視されてるんですか私。

「きゃーっ!しししし舌がーっ!」

ぬめりと裂けた口から伸びた舌が足に絡まり、思わず悲鳴をあげてしまう私。

「オマエの餌はコッチだよ。」

けれどリアサーラさんがポンと何か投げると、鳥はそれを口に含んだきり大人しく前を向きました。す、すごいです。猛禽を手なずける男。絶対お近づきになりたくありません。

「お人形サン、考えてる事顔にデテルヨ。」
「えっ!?すみませんけして失礼な意味はっ!!」

思わず慌てて弁解すると、リアサーラさんの綺麗な顔に、初めて邪でない笑みが浮かびました。ま、まずい。な、なんか雰囲気が逆戻りしてる気が。なるべくこれ以上の話題は避けるようにしましょう。そうです、残りを私のナレーションで埋めてしまえば・・・。

「オレ、タイチョーの座、狙ってみよーカナ。」
「は・・・え・・・それはどういう・・・。」
「だってタイチョー素っ気無いシ、仕事人間デショ?それに、イチオー売約済ダシネ。」

何も言い返せませんが、それより何故近づいてくるんですか。

「結構カンタンに引き摺り落とせるとオモワナイ?」

さり気に下克上な台詞を吐かれても困ります。ち、近いんですって。只でさえ袖を無くしたリアサーラさんは上半身中途半端にはだけており目のやり場に困る。落ち着くのよ私、ここは一ミリたりとも動けないけれど、猛禽の上。ロマンの欠片もないんですから。

「え、えーと、私、爬虫類なんですが。むしろ獲物ですし、的ですし。」
「大丈夫、オレ人間に興味ナイカラ。」

何が大丈夫なのか解りませんが、私はやはり珍獣として好かれているという事なのでしょうか。でもリアサーラさんの場合、性格と話し方が珍妙過ぎてヒーローの座には相応しくないと思うのですよ。

「話方なら別に変えられるけど?」
「えええええっ!?」

じゃあなんで今までそんな妙な訛を演出していたんですか。もう訳解りませんこの人。
頭がくらくらしてきました。

「暴れると落ちるヨ。」
「ひぃっ!」

すみませんもう微動だにしませんから抱き寄せたりしないで下さい!
し、信じられません。先週まで網で追いかけられ朝まで矢の的であった筈なのに何ですかこの展開。うう、頑張って下さいねリト。このままじゃ本当にヒーローの座危ういですよ。なんて言ったらかえって清々したとか言われそうですが。意外な伏兵の出現にますます拗れていく私の恋はこれからどうなってしまうんでしょうか。次回に続く・・・のであります。



リアサーラは勝手に行動しちゃって生みの母である私でさえびっくりです。
でしゃばりすぎだよ!キミ!

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