:3−3:

マリーンのあまりにも下手な芝居を目の辺りにしなければ、俺は今だに男の探し人が彼女であるとは信じられなかっただろう。だが、明らかにマリーンはこの得体の知れない男と旧知の間柄・・・それも只ならぬ関係であるらしい。どうでも良いが・・・あいつは別に落葉に心を痛める事もなければ、炎が灰になる瞬間に涙する事もない。この間意気揚々と枯れた大樹から落ち葉を集め「やきいも」なるものをするのだと国家の天然記念物を躊躇い無く灰になるまで燃やし尽くしたばかりだ。まぁ、枯れたものは役に立たないので俺としてはどうでも良いが、信仰深い家臣の数人が卒倒していたなどとあの能天気は知る由もないだろう。

「お見苦しい所をお見せしました・・・」

暫く呆けたように佇んでいた影が重々しく体を反転させた。苦労人であるらしい男の姿に僅かばかり同情を覚える。だが、謝罪するぐらいなら半壊した部屋を修理してほしいという気も否めない。

「隊長っ!!」

その時、部下であるオルドスの緊迫した声が耳に届いた。どうやら息切れする程に俺を探し回ったらしい。その切迫した様子に眉をひそめつつ、同時にレイムと名乗った男の存在に圧倒されかねないと視線を向ければ、天井まで届くほどの巨体は、すでに跡形も無くその場から消えていた。おそらく来た時同様俺の『影に溶け込んだ』のだろう。考えるとあまり気分の良いものではないが、行動の俊敏さには感服せざるをえない。

「どうした。」
「スコーピオンが現れたらしいのです。それも大群でっ!虚報ではありません、今回は待機していた兵士からの連絡です。」
「解った。」

俺は頷き、オルドスと共にマリーンの別棟を離れた。何処に行ったのか気になるが、今はスコーピオンの襲撃を防がなければならない。すばやく馬に跨り城門を出た途端、呪詛の如き音声が脳裏に響いた。

 

「お供します・・・お役にたてることでしょう。ご迷惑をおかけたしたお侘びです。」

何故か悪魔に魂を売り渡した気分だが。俺は深く追求せずに速度を速めた。

 

 

情報どおり、たどり着いた村はスコーピオンの襲撃に曝されていた。計五体、無差別に尾針を振い上げ、目に付くもの手当たり次第破壊している姿から、下級種であると確定できる。
スコーピオンの生態は大きく分けて二つある。本能のみで動く下級種と、知能の高い上級種。

「センチュリオンは。」
「リアサーラ含めて消息がつかめません。」

全く・・・有給官職である己の立場を全く解っていない奴らだが、いないものは仕方ない。下級種なら普通の兵士でも相手できるだろうが、伏兵の数を考えると正面突撃は避けるべきだろう。

「いかがいたしますか?隊長。」
「・・・オルドス、お前は部下と共にオアシスへの進路上に爆薬を仕掛けろ。それから、弓兵は北東の位置から火矢を放つ準備を。俺は残りの者と準備が終わるまでここで奴らを食い止める。」

多くの場合、スコーピオンの襲撃目的は水源にある。特に下級種は本能で水のありかを探り出し、障害の全てを破壊しつつオアシスまで一直線に突き進む事が多い。
ならばその性質を利用するまでだ。

「なっ!!その様な少数でスコーピオンを相手するなど無理です隊長!私も隊長と共に戦わせて下さい!」

とんでもないと声を荒げるオルドスに

「いや、良い。今回、殆ど兵士は新参者だろう。お前が指揮してやれ。」
「ですがっ!」
「俺なら大丈夫だ。」

そう言うと、諦めたようにオルドスは深々と溜息を吐いた。

「本当に、そういう無鉄砲な所はイグニード様そっくりですね。」
「・・・それは褒めているのか?」
「無論です。」

古株である従者が悪戯めいた笑みを老いた顔に浮かばせる。その刹那、隠れていた建物が破壊音と共に崩れ落ちた。

「速く行け!」

瓦礫を避けながら叫ぶ。体の横を掠める様に振り下ろされた漆黒の尾張り。見上げると何百もの紅蓮の瞳とかち合った。慣れてはいても一呼吸の合間身が硬直する。

「お前の行き先はこっちだ!」

大地を蹴り上げて瞳の一つに剣を突き立てた。残念ながらあまりにも硬すぎるスコーピオンの甲冑を全て切っていては直に刃が駄目になってしまう。

「相手にするな!時間稼ぎをすれば良い。誘導して逃げ回れ!」

視界の先に残った兵の姿を見つけ、俺は声を上げた。

「っ!尾針がっぐあああっ!!」
「ぐっ・・・毒に・・・。」

最初は辛うじて攻撃を交わしていた兵士らも、時間が経つほどに体力が衰え、隙が生じはじめる。
オルドスからの合図が今だ無い事に俺は焦っていた。

『助勢いたしましょうか。』

四面楚歌の危機に、得体の知れない声が脳裏に響いた。

「できるなら、頼む。」

どう考えても不吉極まりない状況にも関わらず、普通に順応してしまっている自分が恐ろしい。
これも慣れなのだろう。得体の知れない生き物ばかり周りにいるからな。

「了解しました。では。」

あまり周囲の人間を驚かせないでくれよと、内心で祈った次の瞬間、影がおもむろに実体化する。待て、そんな目立つ登場するな!と咄嗟に焦った俺だが、驚愕すべき異形の出現に、誰も・・・スコーピオン含め、兵士らも驚いた様子はない。それどころか、気がついてさえいないようだ。

見えていないのか・・・?

ならば何故俺にだけ見えるのだろうと疑問を抱いたのも束の間。振りかざされた男の手に巨大な鎌が現れる。死神はああして死に瀕した者の魂を狩るのだと、昔神話か何かで目にした記憶がある。しかし、真実と伝承は、異して当然な物だとばかり思っていたが。ここまで見事に期待を裏切らないとは・・・。やはり伝承と同じく、虫を潰すかの如く容易さで瞬時の内に命を奪ってしまうのか。空恐ろしさを感じ、俺は拳を握り締めると同時に、死神は鎌をもたげた。

ザシュッ!!ドカッ!!

それは瞬く間の出来事であった。目の前で五匹全てのスコーピオンが巨体を切断され瓦礫の如く崩れ落ちた。噴出した鮮血を避けきれず、衣装が青黒く染まる。

「うわああっ!?」
「隊長、一体何が!?」

「落ち着け、大丈夫だ。」

俺自身困惑しているが、突如の事に激しく狼狽する兵士らを宥める。

「隊長、これは隊長が・・・。」
「いや・・・違うが。先ずはオルドスに連絡を入れろ。作戦は中止だ。残ったものは躯の処理を始めてくれ。」
「しかし、これは一体。」
「理由の追求は後だ。」
「は、はい。」

手早く捲くし立てるように部下を追い払う。後でもっとマシな言い訳を考える必要があるなと思いながら、俺は疲労困憊した面持ちで、傍らに聳え立つ、恐らく俺にしか見えていないであろう巨体を見上げた。

「おそまつ様でした。」
「・・・・。」

返す言葉が見つからない。人域を超えた技であった。凄まじいし助かった事変わりは無い・・・だが。

「死神のくせに思いっきり物理攻撃か!?」
「え?ああ、それはそうですよ。死神の力では、死に間際の命しか奪えませんからね。あの物たちは残り103と二週月の余命がありましたので。」

平然と述べる死神に頭痛を覚える。

「じゃあ良いのか、死に間際でないのに殺して。」
「え・・・?まぁ、大丈夫でしょう。」

好い加減すぎる。これほどの力を持つ者が、こんな好い加減で良いのか。危険すぎるのでは無いか。様々な畏怖と懸念が脳を過り、益々頭痛が酷くなった。すると、困ったように巨体の男は溜息を吐いた。・・・地の底から響くよう唸りだが、恐らく嘆息なのであろうと推測しておく。

「それに、あの者たちは逃亡者のようですし・・・狩られても仕方ないのですよ。」
「・・・逃亡者・・・?」

それは、スコーピオンと、マリーンが口にしていた単語でもあった。

「精霊には、生誕した瞬間、生涯の任務が与えられます。死神が、私の任であるように、閣下もまた任を背負っておりました。それらを放棄した精霊は逃亡者と呼ばれ・・・狩られる対象となります。」
「・・・。」

現実離れした話に、脳がついていけない。正直、マリーンの存在も、目の前のこいつも、俺にとっては神話の世界の話なのだ。突如壮大すぎる話を述べられてもついていけない。

「まぁ、わりと逃げる者は多いので、放置される事もありますが。」

好い加減だなおい。

 

「先程の生き物・・・貴方がたはスコーピオンと呼びましたか・・・あれは恐らく逃亡者の末裔ですよ。精霊の気配をうっすらと感じますしね・・・それも同胞の予感がします。」
「逃亡者というのは・・・マリーンもそうなのか。」

ただそれだけは明確に理解し、確認する為に尋ねた。

「はい・・・一度、他界に渡ったようなので消息は掴めてませんでしたが・・・閣下は逃亡者とされております。見つけられれば、狩られるでしょう・・・それを避ける為にも私は戻って頂きたいのです。」

スコーピオンの大将にそう呼ばれた時、怯えるように戦慄いていたマリーンを思い出す。
必死に隠そうとしていたのは、この事だったのか。

「だが、あいつはもう力を使い果たしたと言っていたが。戻っても役に立たないんじゃないか?」

ここにいても役には立っていないが。そう述べると、黒一色の男は何を言っているのだと言わんばかりに巨体を仰け反らせた。今更だが、フードの中が非常に気になる。

「それは、死の精霊としての力を指しておられるのですか?」
「・・・恐らくは。」

あの力を称するなら、それが一番相応しいだろう。

「それならば、ありえません。後から取って付けられた女神アスターナの力ならともかく、死の精霊としての力は、閣下本来の身に宿るもの。そもそも魔力を消費しませんし,どんな状況に陥ろうと失われる事などありえません。」

力説しながら男は高揚してきたらしく、口を挟む間もなく弁舌を振るった。

「閣下は、死を司る精霊の中でも、生まれながらにして類稀なる才に恵まれた方。内なる意識を解き放てば、それだけで生命の持つ本来の、死に対する欲望を引き出すのです。」

「同胞の中には一部効かぬ者もおりますが、閣下の力を用いてすれば、先程のスコーピオンを、一掃する事など、容易いでしょう。」

 

ふと、今まで禍々しい外見とは裏腹に泰然自若とした温和な態度を取っていた男に異変を感じて、俺は眉を顰めた。

「あいつは、俺に力は無くなったと言った。」
「閣下は、己の力を嫌っておいでですから。」
「それじゃあ、なんでお前は俺に話したんだ?」

少しばかりの間、男が沈黙する。

「貴方には、守らなければならない人間が多くいらっしゃるようでしたから。必用かと思いました。閣下の力が。」
「だけど、あいつは嫌なんだろう。」
「はい。けれど、閣下は何度もあの力を使っておいでです。そして、この世界でも、貴方の為に、一度お使いになられたのではありませんか?」
「・・・。」
「私はそれを感知し、やって参りました。閣下が己が力を使ったのは、人の時で100年ぶりとなります。貴方の為ならば、閣下はきっとその力をお使いになられると思いますよ。」
「お前はなんでそこまでしてあいつに力を使わせたいんだ?」

再び、男が沈黙し、そしてふっとフードに隠された空洞の奥で笑った気がした。

「貴方は、賢い人間ですね・・・ご想像通りそうすれば、あの方が傷つき、戻って下さるかもしれないからですよ。」

堂々と答えるとは思っていなかった俺は少し拍子抜けし、半ば呆れたような眼差しで表情の見えない男を見上げた。

「けれど、貴方にとっては悪い話ではない筈ですよ。人の世を脅かす魔を一掃する事ができ、閣下の面倒をみる必要もなくなるのですから。」

 

 



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