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王宮内が活気付いて、メイドたちが色めき立ったので、リトが帰ってきた事はすぐに解りました。リトは勇者と呼ばれるだけあって、本当に沢山の人から尊敬されているのです。
国王陛下からも信頼され、騎士隊長だけでなく、宰相や大臣のような仕事にも一役買っているようなので、忙しいとないがしろにされても文句は言えません。

でも、本当は少しだけ、リトをお迎えにいきたかったりします。蛇の姿ならこっそり忍び出せるかなと思ったのですが、見つかったらまたリトが腹の底から迷惑極まりない表情をするので、やっぱり私は窓から背伸びして覘くしかないのでが。木が邪魔しているので殆ど何も見えないのですが。

でも、悲しい気持ちは感じ取れませんから、多分無事だったのでしょう。
良かったです。会いたい、会いたいけど、私はリトに会いにいけません。
必用以上に関わらないという約束ですから。ここにいても良いと言ってくれたリトに迷惑はかけられません。

でも、そうしたら私は、何故ここにいるのでしょう。
ふとした瞬間にそれを考えてしまうと、水分が足りなくなったように指先から冷たくなって私は動けなくなってしまいます。
私は、なぜここにいるのでしょう。何の役にも立たないのに。誰の力にもなれないのに。
疎まれて、アスターナさまを裏切ってまで。

 

だ、駄目駄目駄目駄目っ!!

大きく頭を振って、私は勢い窓から飛び降りました。いけません!マイナス思考は泥沼なのですから、悩まずに何かできる事を探しましょうっ。大丈夫です、藁(わら)でも猫でも役に立てるのですから、私だって・・・。

コンコン

一人意気込んでいると突然部屋がノックされて。
私は驚きつつも「はい」と短く返事しました。メイドさんが来る時間では無い筈なのですが・・・。

「入るぞ。」

へ!? 聞こえた声に瞳を丸めた合間に部屋のドアが開かれて。
あまりにも意外な登場に私はただ瞬きをするばかりで、言葉も出ません。

「何呆けているんだ。」
「す、すみませんっ!」

こつんと額を叩かれてようやく我に返って、私は慌てて謝罪しました。
リトが私の部屋まで来るなんて、本当に久しぶりです・・・いえ、最初ここに案内されたきりでしょうか。元々メイドさん以外は立ち入らない別棟なので人が来る事自体珍しいのですが。

「リト、何か御用ですか?」
「お前に客だ。」

二度目の驚愕。い、一体誰なのでしょう。こちらに知り合いはいませんし、記憶を辿る限り神界にマイルドかつ普通な性格の知人は居ないような気がする為、思わず身を硬くしてしまう私。そもそもそんな簡単に下界に降り立てる訳でもないのです。様々な手順を踏んで・・・。

などと濛々と考えている内に、ぐらりと室内に留まる空気が変化した事が解りました。
鈍重で、陰鬱な夜と影と、死の臭い。

私がびくりと大きく震えた事に、リトは訝しげな視線を向けます。
リトは、人には解らないのでしょう。この気配が。

 

う、嘘・・・嘘嘘嘘。お願いだから、こんなの嘘だって言って下さい。

室内を網で捕らえるように広がる紋様。
あああ・・・神様。
静かにむくりと床が膨れ上がり、山のような影がこんもり膨れ上がる。
そして天上に頭がつくほど高く聳え立った影から放たれる聞き覚えのありすぎる地鳴りのような声。

 

「閣下。」

 

 

いやーーーー!!!

嘘、うそうそうそうそ、絶対うそです。なんでいるんですかこんな所に。

「閣下。」

愛しげに、親しみを込めて地獄の番人である彼は私を呼びます。お願いだからせめて名前で呼んで下さい。ううう、貴方に閣下なんて呼ばれたら私女の子でいられません。

「ど、どどちらさまですか。」

声が裏返っているのは百も承知ですが、震えてしまうものは仕方ありません。
だってあれから何百年もたっているんですよ、もしかしたら忘れているかもしれないと藁にもすがるような思いで必死に抵抗すればごごごごっと・・・と、床がレイムを中心として揺れ始めました。
さながら天変地異の前触れ。

「・・・私を、忘れたと申されるのですか。」

その声は冥界から響くかの如く。

「いえ、ひ、人違いだと・・・・。」

それでも尚且つ否定しなければならない理由が私にはあるんですっ!

「私が、貴方を見間違えるなどと・・・?」
「そんな、珍しい容姿でもないんですから。あはは。」
「私が・・・貴方を間違える筈などありましょうか!」

ピシリ。部屋の壁に亀裂が走りました。あからさまにリトがなんとかしろと言うような険悪かつ訝しげな眼差しを向けてきます。そんな、ご無体なっ!

「いや、落ち着いて下さい、お、お茶でも。」

がしり。黒い外套のどこからとも無く伸びだした腕に体をつかまれました。
骨ばった長い指。その手の大きさは、片手で私の腰を鷲づかみにできる程。

「い、いたいです。」
「何故・・・嘘をおっしゃられるのですか。閣下。」

普通の者なら邪悪としか聞こえない音声が焦燥を帯びて、手に力が加わり、私の骨がミシミシと悲鳴をあげました。い、いたいですレイム。力の加減してください。
嘘を、つきたい訳ではないんです。でも、私は逃亡者となってしまったから・・・それに、ここにはリトもいるのです。リトには、絶対に知られたくありません・・・知られたら、いけないのです。私が・・・。

「貴方以上に我が主として相応しいものはいません・・・どうか、お戻り下さい。」

お、お願いですから、レイム。それ以上言わないで下さい。祈願するような眼差しを向けても、レイムが私の気持ちを推し測る事はなく。

「死の精霊を束ねられる程の力量を持つのは貴方だけなのです。」
「・・・っレイムっ!」

思わず叫んでから、私ははっと口を覆いました。し、しまった・・・うう、私ってば馬鹿です。でもそれどころではなくて、レイムの口から飛び出た台詞に明らかにリトが瞠目した事が解りました。ああ、どうして、その一言を。絶望が濁流のごとく押し寄せてきて。
私は力なく頭を振りました。

「それ以上は、言わないで下さい。」

今更制しても、後のまつりだとは解っているのですが。

「貴方が、戻ってくるのなら。」

・・・っもうっ!!

「レイムのっ・・・解らずやっ!!!」

数百年たっても石頭なだけは変わらないんですからっ!怒りのままに叫ぶと私はその場から逃げるように魔方陣を広げました。転移の魔法。レイムは影に忍び入る事ができるので影を踏まれない位置に移動して、行き先も決めぬまま私は転移呪文を唱えました。

逃げるようにその場から消える刹那。怖くて、私はリトの顔を見る事すらできませんでした。

 

 

本当は、解っているのです。
悪いのは、レイムではなくて、逃げてばかりいる私なんだって。

でも、怖くて。
あのときから、うまれたときから、ずっと怖くて。

私は、逃亡者。

課せられし己が使命から、逃避した者。

 

 



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