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ここに居ても良いと、リトが言ってくれた事には驚いたし、とてもとても嬉しかったけれど。相応する痛みも、ずっと心に残っているのです。
「姫様、元気をお出し下さい。キーリトス様も、もう直帰られると思いますわ。」 廊下をこっそり人に見つからないよう抜き足差し足で歩いていた所、不意に声が聞こえて私は立ち止まりました。声はどうやら中庭から響いているようです。姫様がお茶会でも開いているのでしょう。 「最近スコーピオンの奇襲はめっきり減ったと聞きますわ。きっと大丈夫です。」 でも・・・心配な事には変わり無いわと恋する乙女らしい淡い溜息つく姫様に見つからないように、私はこっそり踵を返しました。リトの話をする時の姫様は本当に儚げで美しいのです。私に向ける視線は、アスターナ様も真っ青なぐらい冷たいのですが・・・それは恋敵に対する当然の態度というものなのかもしれません。敵などと言われる前に相変わらずリトには全く相手にされてないのですが。 自室に戻って扉を閉め、私は窓際に腰掛けました。暗くて日当たりの悪い部屋は見晴らしも良くないのですが、それでも手のひらサイズほどの隙間から、僅かばかりに広がる砂漠を垣間見る事ができるのです。 リトは、今頃戦っているのでしょうか。スコーピオンと。 脳裏に蘇った声に、私はそっと頬に触れました。力を使っている間は意識が無くなるのです。力のコントロールができる精霊ならば、起りえない事なのですが、これは弱い私の心が無意識にする「防衛本能」なのだと太古の昔に言われました。 苦しげに自らも傷ついた体を引き摺り、泉ちゃんは自ら変化した後、スコーピオンの棟梁である「朧」さんを背に乗せて帰って静かに帰っていったのです。 それから暫くはスコーピオンの襲撃が止んだのですが・・・ここ数日、再び起り始めたようです。数日前遠征に行ったリトはまだ帰ってきません。 もし、私の力が無くならなかったら、リトは私を連れて行ったでしょうか。 私はずっとずっと、そればかり考えているのです。
「またもや虚報でしたね、隊長。」 副将であるオルドスが、肩透かしを食らったとばかりに安堵の溜息を漏らした。 それでもここ数件スコーピオンの被害報告は、メルライナから非難してまだ恐怖の抜けきっていない住民たちの幻覚か、全くの見当違いであり、今まで緊張していた分肩透かしを食らった感じは否めなかった。センチュリオンたちのように戦闘好きでもないので、平和なのに越した事はないが。 「やっぱり帰って精霊狩りでもシマショウかネ。」 リアサーラの台詞に俺は辟易と項垂れた。あの一件以来どうもこの変体珍獣コレクターはマリーンが気に入ったらしく、虎視眈々と俺の目を盗んではマリーンを矢の標的にしている。標本にでもするつもりなのだろう。そういえばスコーピオンの遺体も数個消えているものがあったが、リアサーラが持ち帰ったに違いない。 全身から邪悪さを漂わせるその影に俺は静かに剣の感触を確かめた。得体のしれない物体の、力も目的も解らない状態でまだ抜刀する事はできない。
「閣下は・・・・・どちらに。」
やがて微動だにしない像の見えない口から、地の底から響くような声が漏れた。 「何の事だ。」 ようやくの事で声を絞り出して問う。 「こちらにいる筈なのです・・・閣下の元に、案内お願いします。」 身の毛もよだつ声は随分と丁寧な口調で言い放った。最も不気味に響く声音は耳を凝らさなければ良く聞き取れないのだが。 「その閣下というのは、どなたですか。」 予想に反して礼儀正しい影に、俺も口調を改めた。 「閣下は、強く・・・弱く・・・。最も美しい、命の精霊。」 そんな説明で解るか。名を聞いたんだと突っ込みたい所だったが、不気味な影は混沌から響くような暗黒の声で語り続ける。 「落葉に心を痛め、炎が灰となす事に涙する。脆く清美なる心の持ち主。」 なんて無駄な事をする奴なんだと思ったが、止めたくとも語りながら影は心酔しかけているようである。こんな所で得体の知れない黒装束の男(?)の色話など聞いている暇はないのだが。 「せめてその心を守るのはわたくしでありたかった・・・ですが。」 あまりにも見た目と台詞が合っていない。 「ある日突如姿を消してしまわれたのです。」 男の混沌とくぐもった声に悲愴が混ざる。 「私は、数百年探しました・・・そしてようやくみつけたのです。この世界で。」 聞きたくも無い気持ちで尋ねると、影やはっと気付いたように、その長身を折り曲げた。 「失礼・・・・わたくしは、命の精霊レイムと申します・・・世界によっては、死神と呼ばれる事もございます。」 口調だけは丁寧だが、内容も音声もこの上なく不吉であった。一生の内であり得ない生命体にばかり遭遇してしまう自分に憐れみすら覚える。死神ですと名乗られてどう反応しろと言うのだ。 「この地より、閣下の力を感知いたしました故お邪魔させて頂きました。」 だが俺の混乱など他所に死神は淡々と己の用件を紡いでいく。
「閣下・・・・マリーン様はいずこにいらっしゃいますか。」
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