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メルライナの奇襲から数日が経った。敵は討ち果たしたものの、水源を絶たれた集落は移住せざるを得なくなり、俺はその収拾に駆け回っていた。小規模な集落だったとは言え全住民を王都に受け入れる事はできない。周囲の市町村を駆け回り少しずつ振り分けて行くしかないのだ。

まぁ、その他に私的弁解などにも徒労させられたのだが。

・・・・詳細は説明させないでくれ。火の無い所に煙は立たぬ。今回の事は、百歩譲って俺が撒いた種と言えなくも無いだろう。とにかく聞くな尋ねるな。説明する気は全くない。

「ごしゅじんさまーーーーーーーっ!!」

渡り廊下を歩いていた俺は背後から呼び止められ・・・というより襟元を無理やり引きずられて振り向かされた。俺の事をこう呼ぶ人間は一人しかいないし、ここまで主人に不遜な態度をとる使用人も世に一人だけであろう我が家の老メイド、イールモーザである。何故彼女がここに居るのかと言えば、メルライナで倒れたマリーンの世話を俺が申し付けたからだ。自宅に運ぶには色々と立場上リスクが大きい。かと言ってマリーンの生態を知りつつ、普通に世話ができそうな人間は前科のあるイールしか思いつかなかったのである。
老体を日々宮廷まで出勤させるのは気が引けたが、イール自身はそれ程気にしていないらしい。日々楽しそうにを植物に水をやる要領でマリーンの世話をしている。
時折有りもしない妄想に不気味な笑みを浮かべ、俺をからかうのは止めてほしかったが。

「ど、どうした?イール。」

ぎゅうぎゅうと締め付ける手からなんとか逃れて俺はなるべく平静と尋ねた。
こんな醜態を他人に曝け出す訳にはいかない。

「マリーンさんの目が覚めたのですよっ!!良かったですねご主人様っ!!」
「・・・・そうか。」
「まぁっ!そんな無感動なっ!!」

返された安直な答えに満足できなかったのか、イールが眉間の皴を寄せた。とは言っても元から皴だらけの顔では余り変化も見れなかったのだが、数秒経たぬ内に何か思いついたらしく、相槌を打つと、何時もの怪しげな笑みを浮かべた。ああ・・・妄想してる。また妄想してるなこれは。


「ご主人様ってば、本当に照れ屋さんなんですからっ!!」
「何がだ何がっ!!」

頬を染めながら何時鍛えたんだと問いたくなる力でばしばし叩いてくるイールに無駄とは解りつつも思わず突っ込みを入れる。

「ではでは、私は去りますから、速く様子を見に行ってあげて下さいなっ!!」
「・・・・後で行く。」
「ぐっふっふっふっ・・・んもうっ!!本当に坊ちゃんってば・・・なんて初々しいのでしょうっ!!」

興奮のあまり過去に封印した呼び名まで出てくる始末だ。余りの恐ろしさに何を妄想しているのか聞きたくもないが、俺は特に刺激を与えないようそっとその場を後にした。

マリーンの部屋は、第三棟の最上階にある。他の棟の影になってしまっている為、日当たりが悪く滅多に人の通らない陰湿な部屋だ。人徳保護の為に弁解しておくが、その部屋を選んだのはマリーン自身である。なんでも暗くてじめじめした場所が好きらしい。爬虫類特有の性質だろう。バルコニーから見える大樹の影に隠れた窓をちらりと見上げ、俺は踵を返した。

私情を取り除いて、追求しなければならない真実がある。
瞼に未だ色濃く残る凄惨なる実景。
あれほどのスコーピオンをもし、本当に一人で壊滅させたのなら・・・。
余りにも可能性が多すぎて考えるのすら億劫だ。
それに、

望むべき答えと、望んでいる答えが。相応しくない気がする。







「キーリトス様っ!ようこそいらっしゃいました・・・。」
「スコーピオンの大群を全滅させるなんてっ、流石ですっ。」
「これで死んだ家族も報われますっ・・・。」

数日前から幾度も聞いている同じ台詞に相槌を打ちながら俺はメルライナを巡回していた。既に大部分が移住してしまったメルライナには寂れた雰囲気が充満しており、最後まで残っている店も観光鳥が鳴いている。声を掛けてくるのは未だ良心のある方。水の毒化を防げなかったと、家族を守ってくれなかったと、遠くから罵倒する者たちも当然いた。否定する気もない、実際オアシスを・・・民を守れなかったのは、俺の責だ。
だが、スコーピオンを退けたのがマリーンであると、俺は説明できずにいた。


民に見つかる前に亡骸は全て燃やしたが、残った灰からですら、その夥しい数は容易に見て取れた。不倶戴天の敵にようやく一泡吹かせる事ができたと騎士隊に感謝する住民たちに、真実を告げるべきか迷わなかった訳がない。

マリーンの立場は地の底まで落ちていると言っても過言では無いのだ。
だがスコーピオンの大群を一人で退けたとなれば、名誉挽回になるだろう。
それどころか女神にも匹敵する崇拝・・・いや、畏敬を受ける筈だ。

「・・・・似合わないな。」

アレを祭るなんて世紀の恥だ。むしろアレが祭られる性質か。

「何が似合わないんデスカ?タイチョー。」

何気なく呟いた独り言にあり得ない突っ込みが入り、俺は眉を潜めて振り返った。
相変わらず奇妙な色合の髪を揺らせて飄々と佇む男に目を細める。


「気配を絶って近づくな。」
「アレ〜?絶ってなかったハズですけどネェ。集中のし過ぎじゃあないデスカ?」

してやったりと言うばかりに稀代の弓使いであるセンチュリオンは白い歯を見せた。
一件爽やかな笑みに見えるかもしれないが、コイツの笑顔が吉事の前触れであった試しはない。
いやむしろ不気味、不吉、はた迷惑極まりないと言った方が正しいな。

「警備の状況はどうなんだ?」

余計な事を聞くなと言うばかりに業務の話を切り出した俺だが、それこそ待ってましたとばかりにリアサーラは瞳を輝かせた。

「得にいじょーナシですよ。ああ、スコーピオンもどきを見かけたぐらいデスカネ。」
「スコーピオンもどき?」

なんとも中途半端な語彙に眉間の皺が深まる。

「タイチョーがスコーピオンじゃないって言ったんじゃないデスか。」
「端折るな意味が解らん。」
「アレですよ、アレ。あの小さくてカワイイくるくるヘアーのお人形サン。」
「・・・・・・。」

激しく突っ込みを入れたい形容だが、その特徴に遠からずも当てはまる奴は記憶の中で一人基一匹しか存在せず。俺は静かに眉間に手を当てた。

「何時。」
「ついさっきですネ〜。一応変装してたみたいデスケド、気配が独特なんですぐに解りマシタよ。スコーピオンの遺体がどうなったのか聞き回ってたみたいデスよ。」


トラブル製造機かあいつは。頭の痛くなる報告にもはや溜息も出ない。

「解った。引き続き警備を頼む。」
「リョーカイしました〜。ああ、そうそう、最後は西の郊外に向かったみたいデスヨ。」

踵を返した俺の背に、リアサーラが珍しく助言を投げかける。
必要な情報である事には違いないが、悦楽な声が怒りを駆り立ててならない。
どうにもこうにも周囲の人間皆が俺の忍耐力を試したいらしい。
・・・何れそれが賢くない判断だと解るようになるだろうが、取り敢えず目下のところリアサーラは月給半減だな。







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