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ちっ・・・・なんて、強さだ。

上位のスコーピオンともなると、人間の言葉を理解し、話す事ができる。魔物と共通の言語を持っている事も不思議だが、幾度か戦ったスコーピオンから、棟梁『朧』の名を耳にした事があった。

魔物の長だけあって、噂に違わぬ実力という訳か。
しかもご丁寧に体力が格段に弱化する人間体で戦ってくれるとは、よほど舐められているらしい。
まぁ、余裕も無いので実際有難いのだが。

「・・・・悪くない。人間。」

お褒めに預かり有難う御座いますと言うべきか?

「が、飽きた。」

言うない否や突き上げられたのはもう一本の槍・・・・いや、紅の尾針。
醜く捩れ上がり、掠めるだけでも猛毒を受けるであろうそれをギリギリ盾で防ぎ、俺は跳び下がって間合いを取った。

凄まじい衝撃だった。なんて力だ。

「た、助けてくれっ・・!!」
「うわああっ!!!」


周囲を確認するどころか余所見すら許されない体制でも、阿鼻叫喚は遮断する事のできない聴覚に確実に訴えてくる。

「はやく、掴まってくださいっ。」

その中で途切れ途切れに聞こえる明朗な少女の声。
焦燥に意味はないと己に言い聞かせながらも俺は舌打ちした。あの馬鹿。とっとと逃げれば良かったものを。

「きゃあ!、攻撃しないで下さいーっ!敵じゃありません本当ですーっ!」

頼むから喋ってくれるな気が散る!
内心で罵倒した直後再び火花が散った。槍を盾で受け流し、尾針を剣でなぎ払う。
だが、空中に弾き飛ばされたそれは器用に方向転換し、体制を立て直す暇もなく心臓めがけて振り下ろされた。

「・・・・流石、体の一部という訳か。」

ねめつけると、能面のようなスコーピオンは瞳を細めた。それが優越なのか、怒気なのかは分らない。右手から剣が滑り落ち、鈍い音を立て砂地に落下した。その手の先、肱(かいな)全体に黒い尾が巻きつき、先端が首の根元、触れないギリギリの位置に当てられている。

「終だ。」

数歩近づき、赤尾のスコーピオンが宣ばいた。
まだだ・・・まだ、遠い。もう一歩。

「遺言は。」

どうやら毒殺する気も絞殺する気も無いらしい。また一歩近づき、スコーピオンは槍を構えた。



「無い。」

言い放ち、俺は盾から引き抜くように指を離した。防壁の無くなった左手から白銀の軌跡が生まれる。迷い無く劣弧状に描かれたそれはすり抜ける様にスコーピオンと俺の間を横切り、描き出されるように色濃い群青の液体が噴出す。俺は飛びのく様に距離を取った。

「!!?」

激痛であろうに声一つ上げず、だが驚愕に瞳を見開いてスコーピオンの棟梁は数歩後ずさった。俺は主を失って尚腕を締め付ける尾を剥し取り、地に投げ捨てる。びくびくと動く様がなんとも気持ち悪い。

「・・・仕込み刀か。」
「いや、こっちが利き腕(ホンモノ)だ。」

右、左。双方の手に構えられる銀剣。守備が一切許されない攻撃のみの剣技、『二刀流』。
これを『男なら当たって砕けろ』と笑いながら俺に伝授した奴が在た。こんな土壇場でしか使えない様な剣技を所構わず振り回す、軍門に下る事を夢にも思わないような、猪突猛進の馬鹿者だった。

「・・・悪くない。」

胸から大量の鮮血を流し、スコーピオンは唇を歪ませた。なんとも薄ら寒い笑みに似た表情が浮かぶ。渾身の一撃だった。土壇場の返し刃が、一度の戦いで二度通用する可能性は無きに等しい。だが、尾を無くし、重症を負わされながらも目の前のスコーピオンからは焦りどころか、愉悦すら感じられる。

「リトっ!!尾がっ!!」

嫌な汗が背筋を流れた刹那、叫びが聞こえた。体を押しやる衝撃があり、続けざまに不快なくぐもった水音が耳に届く。

「い・・・・たぁーーーいっ!!!」

俺にしがみ付くつきながら気の抜ける抗議の声と共に、マリーンが涙目で顔を上げた。衣装の背が引き裂かれ、焼けた様にどす黒く濡れている。一体何が・・・いや、それよりも

「痛い所じゃないだろ!!」
「さ、触っちゃ駄目です!毒が。」

傷口に触れようとする俺から離れ、マリーンは額に汗を浮かべながら頭を振った。

「これくらい、直に治ります。」

確かに、そう言う傍から血は止まっており、傷口が目まぐるしい速さで治癒されて行く。

「・・・再生能力だと?」

今までに無い驚愕を含んだ声が紅尾のスコーピオンから漏れた。その手には切られた筈の尾が握り締められている。あれが、マリーンを襲ったのか?だが、切り落とされて尚操る事ができるとは・・・・。そう考えた先、息が止まった。尾が引き寄せられるかのごとく切り取られた先へと戻り、皮膚が奇怪なまでの速度で合わさって行く。
どう見てもたった今目の当りにした、マリーンと同様の再生能力としか思えなかった。だが、全てのスコーピオンに或る訳ではない筈・・・・。そうでなければ、人に勝ち目は無い。

「貴様・・・我が同胞ではあるまい・・・何者だ?」

体が再生を続ける中、スコーピオンが重厚な口調で問うた。

「人に聞く前に自分から名乗るのが礼儀では?」

珍しく強気だな。しかも偉そうだ。スコーピオンがすっと瞳を細めた。

「我が毒を体内に受けながら、威勢の良い事だ。」
「・・・たかが蠍の毒が蛇に通用する訳ないじゃないですか。」

なんて無茶苦茶な論理だ。呆れるべきか感心するべきか解らない。
だが、謎が解けたと言うように、スコーピオンは口元を歪めて断言した。

「蛇・・・・・?そうか、その姿と能力。・・・・汝も『逃亡者』か。」

『逃亡者』。
放たれた台詞に、マリーンの体があからさまに強張る。その確定がどんな意味を持つのか、その時の俺には知る由も無かった。







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