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縛り上げたとは言えど変形自在とタチの悪い性質を持つヘボ精霊が、また何時何の問題を越すのか嫌な想像ばかりが脳を過り、仕事も手につかなかった。 仕方なく戻ってみれば、案の定と言うかフザケンなこの野郎というか、宿屋は半壊も抜けのからで、宿屋の主人は俺が捕らえたスコーピオンを仲間が助けに来たと思ったらしく、しきりに謝り倒された。自称助けに来たそのスコーピオンは、十中八九マリーンの話に出てきた奴だろう。 たしか・・・・水・・・井戸?桶?そんな名前だった気がするが、どうでも良い。重要なのは、木っ端微塵に割られたガラスから推測して、そいつが相当自己主張の激しい奴だと言う事だ。こんな警備もろくに無い宿屋に侵入する方法など、無難かつ常識的なのが他にいくらでもあるだろうが。 「隊長っ!!今すぐ追跡しましょうっ!!」 部下の呼びかけに俺は投げやりな返答をした。腹が空いたら自分で戻ってくるだろ。・・・って空くのか?どっちにしろ、帰巣本能ぐらいあるだろう。 「え、あ、あの、隊長、すみません・・・実はリアサーラ様が既に追撃に向かったのですが・・・。」 最も聞きたくなかった名前に、俺は一瞬硬直し尋ね返した。 「追撃か?」 追跡ではなく、追撃。ようするに、見付かり次第拘束、不可能ならば排除すると言う事だ。 見付かったら見付かったで既に腹を射抜かれてるわ、しかも死にも至りかねない重症でありながら、秒間再生するわ、水は毒化されているわ、やたらとスコーピオンの味方はするわ。 いくらなんでもこれ以上の問題提起はできまいと思った俺が馬鹿だった。 「泉ちゃんっ!!??」 叫ぶと、俺が止めるのも聞かずマリーンは駆け出て行った。 「ひ、酷い怪我・・・。」 人と明らかに違う、黒に近い深紫の鮮血にも戸惑う様子無く、マリーンはハンカチを取り出すと傷口に当てた。これだけ説明すると胸も詰まる感無量なシーンかもしれない。 「ごめん・・・見付かっちゃったんだ。」 そりゃあどこぞの三流怪盗かと聞きたくなるような侵入むしろ乱入をすれば見付かるのは当然だ。 「このものがっ・・・・この化け物が我が妻を殺したのだっ!!!」 怒声に驚いたのか、腕の中の少女がすすり泣き始める。 「泉ちゃん・・・・。」 マリーンの震える問いかけに、スコーピオンが苦々しく返答する。俺は話を中断させるように割り入った。 「離れろ。」 これ以上通俗恋愛劇を見てる暇はない。水が毒化されてしまった以上一刻の猶予も許されない状況なのだ。それに、奴はスコーピオンである。変身すれば一匹で十人もの騎士を相手にする脅威となれる。 「リト!?」 マリーンが驚愕し瞳を見開いた。鞘から抜かれた銀剣を見て意思は悟った筈だ、それなのに立ち塞がるように体を動す。俺は柄を握る手に力を込めた。周りを見ない、後先考えない。感情のままに短絡な行動を起こす者ほど苛立つ存在はない。 「変身してみろ。その前に首を落とす。」 挑戦的な瞳を向けてくるスコーピオンに言い放つ。 その時だった。 振り上げた銀の剣刃が視界から消えた。いや、そうではない。辺り全体が、濛々と立ち上がる土煙によって胡乱と姿を隠されたのだ。それに伴うように響き渡る地鳴り。幾つもの・・・いや、何百もの地表を削る行進。 「タイチョーすいません、ちょっと数多すぎみたいです。」 緊迫の欠片もない声でリアサーラが飄々と俺の隣に降り立った。だが、その息は荒く大量の汗が衣装を濡らしている。 「全部で何匹いる?」 平然と告げられた数に、俺は瞠目した。在り得ない。
オルドスの事だ、恐らく伝令に走ったのだろう。だが、間に合うとは思えない。残りの騎士たちは、命令通り、民の避難を最優先に行っている筈だ。 「全員避難だ!!騎士は民を誘導しろ!」 迅速に命令を下した俺に返される戦慄と瞠目。そして直に観衆はパニックに陥った。 リアサーラは相変わらず軽薄な笑みを浮かべ弓を構えた。 「相変わらず、守り重視なコトで。」 開幕を待つ観客の雑談宜しく、リアサーラが呟いた。 「攻めはお前等の仕事だろう?」 誰にとは問う必要もなく俺は眉を顰めた。 「・・・・・・大きなお世話だ。」
民が悲鳴をあげ逃げ回る中、大地の轟きが納まって。段々と晴れて行く視界の向こうから見えたのは漆黒の鎧。人の数倍はあると思われる巨大な黒塗りの甲殻から、複雑に捩れ上がった尾が、天を指し伸びている生き物。これが、スコーピオンの元来の姿だと言う事は一目瞭然でした。個々が冷然と立ち並ぶ中、一際大きい一匹がずずっと這い出し、目の前数寸離れぬ所で止まります。 「兄上・・・。」 その背に陣取る人・・・いえ、人の姿を模ったスコーピオンを見上げ泉ちゃんが震える様に呟きました。と言う事は・・・この方が、赤尾のスコーピオン『朧』なのでしょうか。まとわりつく威圧感に慄きながら私はその姿を凝視しました。紅玉がはめ込まれたような切れ長で感情の読み取れない瞳。無機質なまでに整った髪は、風に靡く事もなく真っ直ぐ降ろされています。泉ちゃんと同じように白皙の美貌を持ちながら、全体的に漂う無慈悲さが、どうしても血の繋がりを連想させない方だと思いました。 「負傷したか、泉。汝に問う。同属を裏切り人に加担した 人とは違う幾分か黒く紫かかった血を胸元から大量に流す泉ちゃんを一瞥し、スコーピオンの棟梁は言いました。何の感情も篭らない、只現実を告げるだけのような平淡な疑問。それでも、泉ちゃんの体が、小刻みに震えているのが見てとれました。 「答えよ。我が弟よ。」 皆が見張る中、スコーピオンの長がゆったりと問いを繰り返す。 「悔いはありません。兄上。」 やがて、唇をかみ締めて、泉ちゃんが言葉を紡ぎ出す。 「理解した。」 その言葉に、一体どれだけの意図が込められているのか知る由もありません。けれど次の瞬間目に見えたのは、巨大なスコーピオンがその漆黒の尾針を振り上げた所でした。 ザシュッ!! 刃物が異物を断ち切る音と共に、視界に濃紺の鮮血が降り注ぐ。
断末魔の悲鳴を上げ、身悶えも空しく大地に崩れ落ちる巨体。 「・・・泉に見出した価値は何だ。答えよ、人間。」 ああ・・・自信を持ってリトが味方だと言えない事が悲しいですが。
「先ず非難しましょう、泉ちゃん。動けますか?」 差し伸べた手を押さえつけ、真剣な眼差しで尋ねる泉ちゃんに、思わず硬直してしまう。 「わ・・・わたくしは・・・。」 この状況で、長くややこしい私の生い立ちなんて、語れる筈もありません。只、言える事は・・・・。 「私は、捕まっていた訳ではありません。リトの所に、望んで居たのです。」 そこまで言うと、泉ちゃんは静かに瞳を伏せ、よろめきながら立ち上がりました。支えようとした私の手は、拒絶するように、薙ぎ払われてしまいます。 「一人で、歩ける。」 もう、笑ってはくれないのですね。 「じゃあ、泉ちゃんはどちらの見方なんですか。」 期待している答えなんて無く、只尋ねたくて口にした疑問に、泉ちゃんは瞳を見開き、動けずにいるようです。 「うわぁぁぁあああっ!!」 だけれどそれも一瞬の事。刹那響いた、痛烈な悲鳴に首を傾けると砦の長老がスコーピオンに襲われようとしている所でした。リトもリアサーラさんも自分の戦闘に手一杯でとてもではありませんが助けられないでしょう。 私っ・・・・。 心臓を鷲?みにされるような切迫感。動かなければ、やらなければと命令する頭に反して、動いてくれない体。 「っ・・・・。」 傷口が傷むのでしょう。顔を顰めながらも、長老とその娘さんを間一髪で助ける事に成功した泉ちゃんの表情からは安堵が読み取れます。それに反する様に、長老の恐怖と困惑の入り混じった表情。 ――――それに、他の人間は嫌いなんだ。 泉ちゃんの言葉が脳裏に蘇り、私はじわりと心が温かくなりました。 「みんな、自分の大切な人を守りたいんですよね。」 それは、ともすれば利己的な、悲しく美しい願い。 |
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