:2−5:



縛り上げたとは言えど変形自在とタチの悪い性質を持つヘボ精霊が、また何時何の問題を越すのか嫌な想像ばかりが脳を過り、仕事も手につかなかった。
仕方なく戻ってみれば、案の定と言うかフザケンなこの野郎というか、宿屋は半壊も抜けのからで、宿屋の主人は俺が捕らえたスコーピオンを仲間が助けに来たと思ったらしく、しきりに謝り倒された。自称助けに来たそのスコーピオンは、十中八九マリーンの話に出てきた奴だろう。
たしか・・・・水・・・井戸?桶?そんな名前だった気がするが、どうでも良い。重要なのは、木っ端微塵に割られたガラスから推測して、そいつが相当自己主張の激しい奴だと言う事だ。こんな警備もろくに無い宿屋に侵入する方法など、無難かつ常識的なのが他にいくらでもあるだろうが。

「隊長っ!!今すぐ追跡しましょうっ!!」
「・・・・・いや、必要ない。」

部下の呼びかけに俺は投げやりな返答をした。腹が空いたら自分で戻ってくるだろ。・・・って空くのか?どっちにしろ、帰巣本能ぐらいあるだろう。

「え、あ、あの、隊長、すみません・・・実はリアサーラ様が既に追撃に向かったのですが・・・。」

最も聞きたくなかった名前に、俺は一瞬硬直し尋ね返した。

「追撃か?」
「はい、追撃です。」

追跡ではなく、追撃。ようするに、見付かり次第拘束、不可能ならば排除すると言う事だ。
リアサーラ・・・センチュリオンの一人ともなれば、スコーピオンかそうでないかの区別ぐらいつくのだろうが、奴の場合、撃ちたければ撃つ体質なのだ。特に珍獣などには目がない。
・・・・危ない・・・危なすぎる。
かくして俺が今日二度目にして、ヘボ人畜有害ボケ精霊を探す羽目になった経歴である。

見付かったら見付かったで既に腹を射抜かれてるわ、しかも死にも至りかねない重症でありながら、秒間再生するわ、水は毒化されているわ、やたらとスコーピオンの味方はするわ。

いくらなんでもこれ以上の問題提起はできまいと思った俺が馬鹿だった。

「泉ちゃんっ!!??」

叫ぶと、俺が止めるのも聞かずマリーンは駆け出て行った。
手足を拘束され、破れた漆黒の衣装の一部から血染めの白肌が覗いているスコーピオンは、その姿を見るなり瞠目したようだ。

「ひ、酷い怪我・・・。」

人と明らかに違う、黒に近い深紫の鮮血にも戸惑う様子無く、マリーンはハンカチを取り出すと傷口に当てた。これだけ説明すると胸も詰まる感無量なシーンかもしれない。
そう・・・周囲に、スコーピオンを唾棄すべき存在と敵意も露に立ち並ぶギャラリーが居なければの話だ。

「ごめん・・・見付かっちゃったんだ。」

そりゃあどこぞの三流怪盗かと聞きたくなるような侵入むしろ乱入をすれば見付かるのは当然だ。
屋敷に目をやり、一つだけ木っ端微塵にガラスの砕け散った窓を見つけた俺は、鼻頭に手を当てて項垂れた。頭痛がする。馬鹿だ。絶対馬鹿だこいつら。いいからとっと周りの殺気と敵意に気づけ。マリーンが、スコーピオンに近づけばするほどに、人々の敵意は彼女をも巻き込んで行くのだ。
あの馬鹿はそんな事気がつかないだろうが。
人の忠告も聞かずさっさと飛び出しやがって。
溜飲を煮えたぎらせながらもどうやってこの状況でマリーンの実態を説明するべきか考えていると、
泣きじゃくる幼女を守るように抱きかかえた老人・・・この砦の長が怨嗟の声で叫んだ。

「このものがっ・・・・この化け物が我が妻を殺したのだっ!!!」

怒声に驚いたのか、腕の中の少女がすすり泣き始める。
それにスコーピオンが顔を逸らせた事が解った。

「泉ちゃん・・・・。」
「毒水を飲んだんだ・・・。」

マリーンの震える問いかけに、スコーピオンが苦々しく返答する。俺は話を中断させるように割り入った。

「離れろ。」

これ以上通俗恋愛劇を見てる暇はない。水が毒化されてしまった以上一刻の猶予も許されない状況なのだ。それに、奴はスコーピオンである。変身すれば一匹で十人もの騎士を相手にする脅威となれる。

「リト!?」

マリーンが驚愕し瞳を見開いた。鞘から抜かれた銀剣を見て意思は悟った筈だ、それなのに立ち塞がるように体を動す。俺は柄を握る手に力を込めた。周りを見ない、後先考えない。感情のままに短絡な行動を起こす者ほど苛立つ存在はない。

「変身してみろ。その前に首を落とす。」

挑戦的な瞳を向けてくるスコーピオンに言い放つ。
一体何事かと周囲が緊迫に息を呑んだ。

その時だった。

振り上げた銀の剣刃が視界から消えた。いや、そうではない。辺り全体が、濛々と立ち上がる土煙によって胡乱と姿を隠されたのだ。それに伴うように響き渡る地鳴り。幾つもの・・・いや、何百もの地表を削る行進。

「タイチョーすいません、ちょっと数多すぎみたいです。」

緊迫の欠片もない声でリアサーラが飄々と俺の隣に降り立った。だが、その息は荒く大量の汗が衣装を濡らしている。

「全部で何匹いる?」
「50って所ですね5匹殺っときましたから、45匹デスか。」

平然と告げられた数に、俺は瞠目した。在り得ない。
今までどんな大都市を攻める時にもスコーピオンの数は20を越した事がない。
それだけで十分だからだ。それがこれほどの大群で、こんな辺境の砦を攻めて来るなど・・・いや、だが万一の確立も無かったとは言えない。実際起きてしまったのだからこれは俺の誤算だ。


「警備兵は?」
「聞きたいデスか?」
「・・・・・オルドスは?」
「さぁ?なんか、慌てて馬に乗って行ってしまいましたケド。」

オルドスの事だ、恐らく伝令に走ったのだろう。だが、間に合うとは思えない。残りの騎士たちは、命令通り、民の避難を最優先に行っている筈だ。
今この場に集まっている騎士は第一部隊から8人、第二部隊から10人。
精々スコーピオン三匹を相手にするのが限度だろう。

「全員避難だ!!騎士は民を誘導しろ!」

迅速に命令を下した俺に返される戦慄と瞠目。そして直に観衆はパニックに陥った。
地鳴りに掻き消されまいと騎士たちは懸命に指示の声を張り上げる。

リアサーラは相変わらず軽薄な笑みを浮かべ弓を構えた。
三本の矢が、一度に地平線を見据える。

「相変わらず、守り重視なコトで。」

開幕を待つ観客の雑談宜しく、リアサーラが呟いた。

「攻めはお前等の仕事だろう?」
「似てマセンねぇ。」

誰にとは問う必要もなく俺は眉を顰めた。

「・・・・・・大きなお世話だ。」











民が悲鳴をあげ逃げ回る中、大地の轟きが納まって。段々と晴れて行く視界の向こうから見えたのは漆黒の鎧。人の数倍はあると思われる巨大な黒塗りの甲殻から、複雑に捩れ上がった尾が、天を指し伸びている生き物。これが、スコーピオンの元来の姿だと言う事は一目瞭然でした。個々が冷然と立ち並ぶ中、一際大きい一匹がずずっと這い出し、目の前数寸離れぬ所で止まります。

「兄上・・・。」

その背に陣取る人・・・いえ、人の姿を模ったスコーピオンを見上げ泉ちゃんが震える様に呟きました。と言う事は・・・この方が、赤尾のスコーピオン『朧』なのでしょうか。まとわりつく威圧感に慄きながら私はその姿を凝視しました。紅玉がはめ込まれたような切れ長で感情の読み取れない瞳。無機質なまでに整った髪は、風に靡く事もなく真っ直ぐ降ろされています。泉ちゃんと同じように白皙の美貌を持ちながら、全体的に漂う無慈悲さが、どうしても血の繋がりを連想させない方だと思いました。

「負傷したか、泉。汝に問う。同属を裏切り人に加担した纏頭てんとうは得られたか。」

人とは違う幾分か黒く紫かかった血を胸元から大量に流す泉ちゃんを一瞥し、スコーピオンの棟梁は言いました。何の感情も篭らない、只現実を告げるだけのような平淡な疑問。それでも、泉ちゃんの体が、小刻みに震えているのが見てとれました。

「答えよ。我が弟よ。」

皆が見張る中、スコーピオンの長がゆったりと問いを繰り返す。
それだけで、足元から震えが競り上がるようでした。

「悔いはありません。兄上。」

やがて、唇をかみ締めて、泉ちゃんが言葉を紡ぎ出す。

「理解した。」

その言葉に、一体どれだけの意図が込められているのか知る由もありません。けれど次の瞬間目に見えたのは、巨大なスコーピオンがその漆黒の尾針を振り上げた所でした。
助けなければと思う反面、押しかかる威圧感に私は動く事すらできません。

ザシュッ!!

刃物が異物を断ち切る音と共に、視界に濃紺の鮮血が降り注ぐ。
それが泉ちゃんのものでも、ましてや私のものでもないと我に返ったのは、切り落とされた鋭利な尾針が地面に転がり落ちた後でした。


そして、剣の血痕を薙ぎ払い、仁王立ちする白い騎士。
先ほどまで同じく命を狙われていたのに、助けてくれるなんてリトは何を考えているのでしょう。
スコーピオンの長は、尾を切られてのた打ち回る部下を一瞥すると、静かに腕を広げました。その手の平に音も無く現れる巨大な槍。そして、彼はそれを躊躇いもなく・・・いえ、寧ろ感慨すらなく部下の脳に突き刺したのです。

断末魔の悲鳴を上げ、身悶えも空しく大地に崩れ落ちる巨体。
己が仲間に自ら止めを刺したスコーピオンは、何事も無かったかのように地上に舞い降りると、静かにリトを見据えて言い放ったのでした。

「・・・泉に見出した価値は何だ。答えよ、人間。」
「勘違いするな。侵入者を排除するだけだ。」

ああ・・・自信を持ってリトが味方だと言えない事が悲しいですが。
一言ずつ声を交わしたきり、二人は沈黙し、互いに睨み合いを始めました。
この二人が戦いを始めると同時に、この場全てが戦場と化すのでしょう。
そして、私が考える間もなく、その瞬間は直に訪れたのです。


煌く銀刃と、漆黒の槍先がぶつかった刹那。それを合図にスコーピオンも進軍を開始しました。
民を守りながら戦う騎士たちを援護する様に、リアサーラさんの弓矢が流星の如く降り注ぎます。それら一本一本が甲殻を避け、関節を貫くようにスコーピオン急所を突く。それでも接近戦に向かない弓矢では一定の距離を取らねばならず、絶えず押し寄せる漆黒の行進に確実に追い詰められている様です。


乾いた大地が再び土煙に包まれ、辺り一面に生臭さが広がって行く。人も魔物も問わない戦乱の匂いが、生き埋めにした記憶を掘り返してしまいそうで、私は速くなる鼓動を感じつつ泉ちゃんに向き直りました。

「先ず非難しましょう、泉ちゃん。動けますか?」
「あの騎士の名前を呼んだ。君は・・・何もの?人の見方なの?」

差し伸べた手を押さえつけ、真剣な眼差しで尋ねる泉ちゃんに、思わず硬直してしまう。

「わ・・・わたくしは・・・。」

この状況で、長くややこしい私の生い立ちなんて、語れる筈もありません。只、言える事は・・・・。

「私は、捕まっていた訳ではありません。リトの所に、望んで居たのです。」

そこまで言うと、泉ちゃんは静かに瞳を伏せ、よろめきながら立ち上がりました。支えようとした私の手は、拒絶するように、薙ぎ払われてしまいます。

「一人で、歩ける。」

もう、笑ってはくれないのですね。
差し出した手を在所なく胸の前に閉じ込めて私は考えました。言うべき言葉を。

「じゃあ、泉ちゃんはどちらの見方なんですか。」

期待している答えなんて無く、只尋ねたくて口にした疑問に、泉ちゃんは瞳を見開き、動けずにいるようです。



「うわぁぁぁあああっ!!」

だけれどそれも一瞬の事。刹那響いた、痛烈な悲鳴に首を傾けると砦の長老がスコーピオンに襲われようとしている所でした。リトもリアサーラさんも自分の戦闘に手一杯でとてもではありませんが助けられないでしょう。
護衛していた騎士は既に足元に肉塊同然で転がっていて、間に合いそうな人は――――。

私っ・・・・。

心臓を鷲?みにされるような切迫感。動かなければ、やらなければと命令する頭に反して、動いてくれない体。
だけれど、振り下ろされた尾が、身を切り裂く事はありませんでした。

「っ・・・・。」

傷口が傷むのでしょう。顔を顰めながらも、長老とその娘さんを間一髪で助ける事に成功した泉ちゃんの表情からは安堵が読み取れます。それに反する様に、長老の恐怖と困惑の入り混じった表情。

――――それに、他の人間は嫌いなんだ。

泉ちゃんの言葉が脳裏に蘇り、私はじわりと心が温かくなりました。
また一つ。奇跡を見つけました。

「みんな、自分の大切な人を守りたいんですよね。」

それは、ともすれば利己的な、悲しく美しい願い。







ネット小説ランキングに入ってみました。宜しければ投票してやって下さい。


<<...TOP...>><<...BACK...>><<...NEXT...>>            <<...HOME..>>