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全く、俺とした事がとんだ大失態だ。よりにもよってこの本体不明ボケ旧女神の使者を任務地に連れてきてしまうなど。有難い事にトラブルを起こさずにはいられないらしいヘボ精霊は、話を聞く事によれば天敵だと説明した筈のスコーピオンに助けられた挙句、世間話から悩み相談までのってあげたらしい。

「全く、尊敬に値すぎて恐縮しますね。」
「話を変に誇張しないで下さい~っ!というよりなんで私が縛られなきゃいけないんですかっ!」

涙目になりながら、じたばたとマリーンが両手を縛る布から逃れようともがいた。

「無駄な足掻きを。」
「・・・・・悪役代官。」

ほほう、猿轡さるぐつわがお望みらしいな。

「嘘です冗談ですごめんなさい。」

バカにして懸命な判断だ。冷ややかに睨みおろすと、マリーンは諦めたように溜息を吐いた。元はと言えば自分が撒いた種だ。少しは反省してもらわないと困る。

「リトは・・・私の事、疑ってるのですか?」

僅かばかりの沈黙の後。瞳を伏せたまま、マリーンがぽつりと言い放った。
断片的な問いに一瞬困惑した俺だが、直にその意を悟るとマリーンの頬に手を伸ばた。

「ひゃあっ!な、なんですか!?」

それだけでこれ以上ないぐらい顔を真っ赤にして狼狽する少女。落ち着けと一言言い放って俺は構う事無くその瞳をこちらに向けさせた。紅玉の様な瞳とかち合う視線。

「お前は、疑われるような事をしたのか?」

まぁ、随分と必死にスコーピオンの事を庇っていた様だがそれは今は不問にしておいてやる。一瞬瞠目したマリーンは、きゅと唇をかみ締めるときっぱりと言い放った。

「いいえ。」
「良い返事だ。」

騎士隊長を勤める身として、目を見れば大抵の嘘は見抜ける。マリーンの目は最初から偽り無かった。無駄に疑心暗鬼になったりはしない。

「私は、リトのために、この世界にいますっ。リトを裏切るような事は絶対にしませんっ!」

・・・・いや、其処まで言えとは言ってないが。そもそもその台詞自体が恥ずかしいとは思わないのか。当然だと言わんばかりに力説する姿に何を言っても無駄な気がして俺はそうかと圧倒されながら答えるしかなかった。

「取りあえずお前は何があっても大人しくしていろ。スコーピオンが目撃され、退治できなかった以上、集落の民は気が立っているからな。今度見付かったら逃げられる保障はないぞ。」

忠告すると、マリーンは眉を潜めた。

「退治するんですか・・・?まだ、泉ちゃんは何もしてませんっ。助けたい人がいるって・・・。」
「だが、スコーピオンはこの村を襲うつもりなのだろう?」

もう先ほどから何度もこの台詞を聞いたのか。無駄な討論の堂々巡りなどする気はないとばかりに、マリーンの台詞を俺は辟易と遮った。

「だったら敵に代わりはない。例えそのスコーピオンが真実人に害を及ぼすつもりが無くても。植えつけられた価値観は変わらない。ここは、人のテリトリーだ。そして、騎士団長として、民の不安の根を摘み取るのが俺の仕事だ。」
「で、ですがっ!」

それでも尚、不服だと尚抗議しようとするマリーン。酷似した外見に親近感でも沸いたのか。

「俺を裏切る真似はしないんだろう?」
「!!」

そう言った途端マリーンが口を噤んだ。逆手に取るのは卑怯かもしれないが、自分の台詞に責任は持たなくてはならない。

「リトの言う事は聞きます。」

小さく溜息を吐き、揺ぎ無い声でマリーンは言った。それからふっと笑顔で俺を見上げる。姿よりも数段大人びて見える笑みに、俺は眉を顰めた。

「・・・・でも、蛙は蛇を敵だとしか思えませんけれど、人は、違いますよ。変えられる奇跡を持ってます。忘れないで下さい。」

それは、人間とスコーピオンが歩み寄れるとでも言いたいのか。下らない。

「解った。覚えておく。」

だが、何故か二言無く愚考だと否定する事ができなく、俺は深々と溜息を吐いた。
頑固な奴だな。

「隊長、準備ができました。」

タイミング良く扉の外からオルドスの声がして俺は席を立った。
大人しくしていろよとベット上に座る精霊に最後の注意を促してドアを開ける。その向うで何故だか挙動不審な動きを見せていた副官は、俺の姿を見るなり姿勢を正し恐る恐ると言った様子で口を開いた。

「隊長、あの、また声がしたのですが・・・一体誰が。」

「気のせいだ。」











リトは隊長さんの仕事に行ってしまい、また一人になってしまいました私。しかも結局縄を解いてはくれなかったので両手は縛られたままです。ううー、縄でなくて布みたいですから痛くはないんですが・・・・これでお約束にもお手洗いに行きたくなったらどうするんですかっ!!まぁ、精霊にそんな心配はありませんけど。
蛇の姿になれば簡単に逃げられますが、リトの言う事は聞くと言ってしまった建前、信用無くしそうですし・・・。ふぅ・・・もう寝て待つしか・・・。
とか思いながら、欠伸をもらした時でした。

パリーン!!!

盛大な音を立てて、目の前の窓が突然粉砕したのです。

「大丈夫?」

舞い散るガラス破片をもろともせず窓から舞い入った影は、唖然と瞠目する私に向かってにっこりと微笑んで言ったのでした。私と同じ、闇に光る紅玉の瞳を細めて。

「い・・・泉ちゃんっ・・・!?」

そ・・・そんな派手な登場しなくても・・・じゃなくって、

「どうして此処に?」
「マリーンを助けに来たんだよ。人間に捕まった所が見えたからね。」

えっ!?いや、捕まったわけではないのですが。

「ごめんね、直に助けられなくて。」

狼狽してしまった私をどう思ったのか、悲しげに謝る泉ちゃん。
うぐはぁぁっ!?い、今のは良心にかなり直撃でしたよ〜。うう〜、ごめんなさいごめんなさい、泉ちゃんでも私はスコーピオンでは・・・・。

どうにか説明せねばとしどろもどろになっていると、不意に宿屋が騒がしくなり。どやどやと階段を上る足音が幾つも響いて来ました。それと共に、警戒を呼びかける人の声。

「まずい、人に見付かったみたいだね。」

そりゃああんな盛大に音立てたら当然ですよ・・・。

「逃げるよ、マリーン。」

そう言いながら泉ちゃんは両手の拘束を解いてくれました。

「なんて酷い事を・・・。」

眉を顰める泉ちゃんに私はなんて答えて良いやら。そもそも私は逃げる訳には行かなくて・・・そうこう躊躇っている内に集まって来た人間たちが、扉を体当たりで壊し、部屋に雪崩れ込んできたのです。

「だ・・・・大丈夫ですか。」

痛そうに積み重なっているのでつい声を掛けてしまったのですが、相手は私の姿を見るなり瞠目し、直に剣呑な眼差しで這い上がると、手にしていた・・・アレ、なんですか?ふ、フライパン?を掲げて怒鳴ったのでした。

「す、スコーピオンっ!?俺の宿で何してやがるっ!!??」
「や、宿屋のご主人だったのですかっ!?」
「そ、そうだ、それがどーしたっ!?」


「・・・・普通に鍵でドア開ければ良かったのでは・・・?」

私の台詞に、むなしい沈黙が流れ、なんだか放心状態にあるご主人と、それを見つめる従業員(?)たち。良く見ると彼らも菜箸やらしゃもじやら包丁やら手に持っております。ダメージも個々多様な・・・・痛そうやら痛くなさそうやら。

「マリーン、今のうちに。」

笑いを必死に堪えているような泉ちゃんはその隙にとばかりに私の手を引き、
窓枠に足をかけました。

「しっかり捕まって。」

引き寄せられた耳元でそう囁かれるや否や、私を抱えるような形で、泉ちゃんはトンっと勢い良く飛び上ったのです。す、すごい・・・なんてジャンプ力。

「泉ちゃん、朝、私が追いかけていた事、気づきいてました?」

屋根伝いに飛び続けた泉ちゃんがやっと路地に着地した後、私は尋ねました。
だって、此処まで脚力があるんなら、本気で逃げて、私が追いつく筈もありません。

「うん。でも、マリーンがスコーピオンだったのは意外だったかな。朝のは、誘導する為に態とゆっくり移動してたんだ。」

あれでもかなり速かったですけどね。ああ、でも私は誤解を解かねば・・・。
スコーピオンでないと言わなければなりません。

「あの、泉ちゃん・・・。」
「ん?」
「えーっと・・・。」

にこにこと、根気良く私の返事を待ってくれる泉ちゃん。もう良心はさっきからじくじく針の山に落とされたような痛さです。

「お友達は助けられましたか?」

うわーん、私のいくじなしっ!

「いや、まだなんだ・・・警備が厳しくてね。」
「王都騎士隊の?」
「それもあるけど・・・屋敷自体がね。」

見る限りこの集落はそれほど裕福ではなさそうです。屋敷なんて・・・。

「お友達は、村長さんの家に・・・?」
「うん・・・集落長の孫らしい。」

やはりそうですか。

「その子だけ・・・助けるのですか?泉ちゃん。もし、この集落全体を助ける事ができれば、その子も、助かりますよ。」

もし、一人だけ逃げ延びる事ができても、それは悲しい事です。

「・・・それは無理だよ。」

微塵の苦渋もなく、只否定するように泉ちゃんは首を振りました。

「スコーピオンを引き連れているのは、兄なんだ・・・・。止めることはできない。」

泉ちゃんの台詞には、止める意思すら感じられません。困惑する私にそれに・・・と付け足して、泉ちゃんは言ったのです。

「他の人間は嫌いなんだ。」

ああ・・・そっか。泉ちゃんもやっぱりリトと同じ。スコーピオンにとっても、
人は天敵なのでしょう。責める事はできません。

「それでも、家族が死んだら、その子は悲しみます。」

一生、スコーピオンを恨む事だって。
そう言うと、泉ちゃんは眉を潜めて私から視線を逸らしました。

「解ってるよ。」

でも、どうしようもないと泉ちゃんは言いました。

「水は、僕たちにも必要なんだ。人間は、泉を見つけると直に集落を築き上げ、他の生き物の侵入を拒んでしまう。」

ならば、泉を取り戻すには、人間が使えないようにするしかないと。

「でも、泉の毒は・・・・結局他の生き物を拒んでしまうのでは?」
「・・・・毒抵抗の強い生き物は、感化されない。」

だから、強い生き物だけ、生きれば良いと。
そう言うのですか。

責めようとしました。だけれど、泉ちゃんの瞳が何よりその心の痛みを称えていて。私は何も言えなくなってしまったのです。水資源が余りにも乏しいこの世界で、分け合うのは、難しい事かもしれません。でも、

「泉ちゃん・・・でも、泉ちゃんは、その子となら、お水を分けても良いと思いますよね?」

尋ねると、一瞬きょとんと瞳を丸めて、それからふっと泉ちゃんは頬を赤らめました。
ふふ、可愛いです。

「僕は、・・・おかしいんだよ。」

そんな事ないですよ、泉ちゃん。とっても、素敵な事・・・。
その時、不意に物音がして、泉ちゃんは私の手を引いて急いで物陰に隠れました。
もう夜も随分と更けっている筈ですが・・・。一体誰でしょう・・・。
こっそり路地に目をやると、それは寝巻きを着たままの男の人でした。寝ぼけているのでしょうか、井戸に歩み寄る足取りは、何処かおぼつきません。
夜中に喉が渇いたのですね、きっと。
警戒する必要は無いと思い、私はほっと息を吐き、けれど彼が戻るまでは出て行く事もできず、何気なくその行動を眺めていました。

釣瓶で井戸の水を汲みあげ口に運ぶと、拙劣な手つきの所為で、零れた水が口元から喉仏へ流れおちて行きます。うーん、私も水が欲しいかもしれません。
透明な雫が月光に反射し、満足したのか口元を拭って。

断末魔のような叫び声が、辺りに轟きました。

「な、なに!?」
「マリーン、待って!」

反射的に飛び出した私を追って泉ちゃんも井戸辺に駆け寄り、横たわる男性の顔を間近で見た刹那、私は思わず小さく叫び声をあげてしまいました。顔は蒼白。白目をむいて、口からは何色ともつかない泡があふれ出ていて。一目で事切れている事が解る惨状。

「これは・・・。」
「そんな・・・兄さんが動き出したのか!?何故・・・予定より早いっ!」
「そ、そんな事を言っている場合ではありませんっ!」

スコーピオンが、水を毒化したのなら、一刻も早くリトに知らせなければなりません。
水の外見には何の変化も見られないので、知らぬ間に他の人たちが口にする前に。

「俺は、リアを助けに行く。」

リア・・・初めて泉ちゃんの口から出た名前ですが、助けたいと言っていた友達の事でしょう。確認する必要もなく、私は頷きました。

「マリーン、君も一緒に・・・。」
「ううん、私は、やる事がありますから。」

泉ちゃんの手を拒否して、私は頭を振りました。

「マリーン・・・・君は・・・。」
「はやく、速く行ってくださいっ!人が来ます。」

泉ちゃんの声は、困惑しているようでした。でも、叫び声に感づいて来たのでしょう。遠くから警備兵の足音が聞こえてきたので、私は慌てて泉ちゃんを急かしました。

「私は、大丈夫です。逃げ道がありますから。」
「・・・・わかった。」

渋りながらも頷くと、泉ちゃんは地を蹴り、あっという間にその場から姿を消しました、私はほっと息を吐き、変身して隠れようと気を集中させて。

突如背後から、腹部を貫通するように襲った衝撃に足止めが効かず、前に倒れ込みました。

「!!??」

右側。腹部の下が、熱い。
そっと手を触れると、何かが突き出ているようです。鋭利な先端を持つ何か・・・。
ぼたぼたと手を濡らす暖かな液体は、嫌でも想像がついてしまって。


「びーんご♪」

人の腹を貫いておきながら、響いてきたのは底抜けに明るい声。怖い、すごく怖い。異常に怖い。戦慄に震えながらも、私は痛む身を堪えて体を起しました。
駆け寄って来たのは、毛先に近づくにつれ烈火のごとき赤みを帯びる珍しい金髪と、燃え尽きた灰色の瞳をした・・・たぶん・・・えーっと。

「女の人・・・・・?」
「・・・・・なんだって?」

瞬間、チャキっと構えられた弓先は心なしか・・・いえ、間違いなく脳天ど真ん中を狙っている気がします。な、なんで怒るんですか、と言うかなんで聞き返すんですかぁーっ!!?

「オレが、なんだって?」

冷や汗流していると、再び同じ質問をされ、変な人は弓の弦を軋ませた。
腹からどくどく血が噴出している状況で理不尽な尋問に答えなければならない私ってばなんて不幸なんでしょう。ああ、でも考えなくては。なんで怒ってるんですかこの人。考えなくては次の10秒以内に殺されそうな気がします。えーっと、えーっと。

ああ、そういえば、オレって・・・・・。

「お・・・・お・・・・・・男の・・・人?」

痛みを堪えて恐る恐る言い放つと、にっこり満足げに微笑んで。

「大正解。じゃ、さようなら。」

うわーんっ!ちょ、ちょっと待ってくださいーーーーーーーーーっ!!!
絶対絶命です。というかこの人なんなのですか、私ってば知らぬうちにまた何か恨みをかってしまったと言うのですかー。

だけど、覚悟して瞳を瞑った私に、待っていた衝撃が訪れる事はありませんでした。
恐る恐る目を開けると、目の前に広がる影。

「リアサーラ・・・こいつはスコーピオンじゃない。」
「リっ・・・・。」

呼びかけて、私は口を噤みました。長年こま使い下っ端として扱き使われてきた所為か、怒気には敏感になってしまいまして。その為解ってしまうのです。ああ、怒ってる。すこぶる怒ってる。そりゃあ約束また破ってしまった上問題を起こしてしまったのですから、当然かもしれませんが、
これぞ一難去ってまた一難。一気に殺されていた方が楽だったりして・・・あはは・・・・。

「あれ?タイチョーじゃないですか。スコーピオンじゃないって?どぉーみても化け物ですけど?」

に、ニコニコ笑いながら容赦ない人です。

「それとも、水を毒化させる事のできる生き物が他にいるんデスか?」

金髪の弓使いアーチャーさんが指差した先。
横たわる死体に視線を向けて、リトは眉間の皴を深く寄せました。何を、思っているのでしょう。私の所為だと思っているのでしょうか。そうじゃないと説明するべきか解らずリトを見上げても、リトは私に一瞥くれる事なく、リアサーラと呼ばれた弓使いさんに向き直りました。

「リアサーラ、宿屋に行って、全市民に水の毒化を知らせるようオルドスに伝えてくれ。それから、オアシスの警備兵を全員砦入り口に配置するようにと。」
「タイチョーは?」
「こいつを医者に連れて行く。」

ひゅぅ〜と、意味ありげにリアサーラさんが口笛を吹きました。意味解りませんが、
り、リト・・・まさか前から私に「一旦脳ミソ医者に見せるべきだ」とか言っていましたけれど、終にそれを実行するつもりですかっ!?

「い、いえ、その必要は・・・っ!?」

逃げ言葉を言い終わらぬ内に抱き上げられて、抵抗しようにも腹部をぐっと手で握られてしまい、襲う激痛に私はリトにしがみつく事しかできません。
いたいいたいいたいいたいーっ!リト、そこ、そこっ!矢が突き出てるの見えてるんですかぁーっ!傷口さわらないで下さい〜っ!!いえ、見えてるんですね、態とですね。新種の拷問なんですね。

「詳しい説明は後でする、とにかく、これはスコーピオンじゃない。」
「ああ、そんな事最初から知ってたけどねぇ〜。」
「はっ!!?」

私は思わず声を上げてしまいました。スコーピオンじゃないと気がついていたなんて・・・じゃあなんで私は打たれなきゃいけなかったんですかー!?

「なんか、可愛かったし。」

それで射抜かれたんですか、ちょっと待ってください。貴方は道端に可愛いものがあったら取り敢えず矢を打つんですかーっ!?

「スコーピオンと話してたし、人じゃなさそうだし、珍しいから取り敢えず狩っとこうかなーっと。」

こここここ怖っ!!いや・・・嫌ですーっ!この人っ!!要する絶滅動物を集めようとする違法珍獣コレクターみたいな気分で私を射抜いたんですね。頭上でリトが深々と溜息をつくと、リアサーラさんはケラケラ笑って身軽く踵を返しました。

「ワカリマシタ。言うとおりにしますよん。」

ヒラヒラと手を振って駆け去って行く後姿に、私はやっと安堵の息を漏らしました。

「よりにもよってリアサーラに掴まるとはな。急所を免れただけでも奇跡的だぞ。」

そんなにすごい方なのですか。と聞きたいのですが、傷口に触れるリトの手が余りにも痛すぎて、私は涙目でリトの服をぎゅっと握り締めました。拷問にしたって痛すぎですーっ!

「・・・止血してるんだから痛いのは我慢しろ。自業自得だろうが。」

眉間の皴をよせ、リトが言う・
あぁ、それで傷口を触っていたのですね。新手の虐めじゃなかったんですか。

「ほう、そんなに痛い目に合いたいか。」

うわーんっ!口に出して無いのになんで解るんですか〜!必死にふるふると頭を振るとあきれ返ったようにリトが溜息を吐きました。でも、止血してもらう必要はないんです。そうじゃなくて。

「ゆ、弓・・・・抜いて、くだ・・・さいっ・・・・。」
「バカか。この状況で矢を抜いたら間違い無く出血多量で死ぬぞ。」

必死に言ったのに舌打ちして苛立だしげに言い放ったリトは、
まったく私の言葉を信用してくれません。こうなったら、激痛で気絶しても自分で抜くしか・・・。

「何やってるんだっ!」

矢に手を伸ばそうとした私を、リトが激しく制止します。もう怒りMAXなのは目に見て解ってます。でも、でも、信じてくれても、良いじゃないですか。少しぐらい。
曲りなりにも我が身の事なんですよ。涙を堪えていると不意にリトが盛大に溜息を漏らしました。

「歯を食いしばれ。」

え、な、殴る気ですかっ!?
ぎくりとしながらも、反射的に歯を食いしばった私は、次の瞬間襲った激痛に
気を失いそうになりました。

ズブリと、躊躇していた割りには豪快に抜き去ってくれましたね、リト。なんていうかもう、な、情け容赦無い抜きっぷりでしたよっ。それでも腹部の痛みは確実に和らいで行き、
私はほっと息をつきました。

「なっ!?」

瞬く間に塞がる傷口に気がついたリトが瞠目し、まじまじと私を見つめました。

「ふぅ・・・あれ?言ってませんでしたっけ。私、自己再生能力あるんで、急所を切られない限りは何度でも再生するんですよ。」
「・・・・・。」

得意げに言ったらリトは黙り込んでしまいました。ち、沈黙が一番怖いんですが・・・。非常識だとか不気味だとか原生動物かお前はとか言ってくれないとつまらないです。

「お前は・・・・。」
「ひゃ、ひゃにするんれすか〜!」

ぐにぃ〜と私の頬を引っ張りながら、リトは怒っているのか呆れているのか疲れているのかどれともとれない様な声で言いました。

「そういう事は速く言えっ!!」

言いましたーっ!!なんて、そんな事を口論している場合ではありませんでした。

「リト、どうしましょう。お水が毒化されてしまいましたっ。」
「ああ、そうだな。」
「リトっ!!」

私がこんなにも焦燥し、狼狽していると言うのに、リトはどうしてそんなに冷静なんですか。

「お前、毒化される現場を見たのか?」
「い、いえ。見てないです。泉ちゃんも驚いてました。」
「・・・・ほう。スコーピオンと手と手を取り合って逃げたと言う証言は本当らしいな。」
「え゛っ!?い、いきなり何言うんですかっ!?」

間違っては無いですがっ!何処か誤解されるような比喩をしないで下さいーっ!

「どうでも良いが。そいつが犯人って訳じゃないんだな?」
「違いますっ!!」

思わず憤慨して言うと、リトはすっと瞳を細め、私から視線を逸らしてしまいました。お、怒らせてしまったみたいです。やっぱり泉ちゃんが人を嫌いであるように、リトもスコーピオンを疎まずにはいられないのですね。

「そんなに同属の味方をしたいのなら、構わないぞ。」

え・・・・?ど・・・う・・・ぞく・・・?

「今は見逃してやるからさっさと行け。」

リトが、平然と言い放つ台詞を理解できなくて、私はまじまじと深く冷たい蒼を覗き込もうとしましたが、リトは視線を避けるように逸らせてしまいます。

「その代わり、次会った時は敵として扱うからそのつもりでいろ。」
「・・・・・・・・。」

答えが、見付からないです。言わなければ、リトに置いていかれると解っていても、私は口を開く事ができないでいました。
私は、行かないです。行けないです。スコーピオンではありませんし。私は、リトの為にこの世界に在るんですよ。

って。言いたかったけれど、私は、約束を守れなかったですから。
信用されなくても、無理ありません。
それに、例え私がそう思っていても、足引っ張っていますし、お役に立ててませんし。
迷惑だと思われて当然です。

うーん・・・こういうの、なんて言いましたっけ。えーっと、ああ、そうです。厄払いです。私ってば厄払いされようとしているのですね。

「え、えーっと・・・・・。」

うーんと、うーんと。ここは、粘るべきでしょうか、それとも潔く払われるべきでしょうか。言葉につまり、濛々と考え悩んでいた時でした。

「隊長っ!!」

巡回に出ていたのでしょう。
リトの部下と思われる騎士の一人が緊迫した面持ちで駆けてきたのです。
だけど、話題が逸れた事に思わずほっとしてしまったのもつかの間。
張り詰めた声で報告された内容は、息も止まるものでした。

「集落長の屋敷にてスコーピオンを捕らえました。」






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