:2−3:


ああ・・・今も昔もずっと昔も。

私は、やはり弱い儘、愚かなまま。望む事を止められません。


「あ、あの・・・この方たち・・・。死んで・・・」
「いや、生きてるよ、眠らせただけ。」

微動だにせず横たわる村人に恐くなって訪ねると、笑顔で軽く返されてしまいました。
黒髪紅眼。これだけで断言する事はできませんが、アスターナ様の書類にこの様な生き物がメッジモークに存在している記録はありませんでした。彼らはひょっとして・・・。

「大丈夫?どこか痛いの?」
「あ、いえ、有難うございました・・・えっと・・・。」
「僕は『泉(イズミ)』。」
「・・・・泉ちゃん・・・?」
「ちゃんって・・・。いや、いいけどね。君の名前は?」

反芻すると、何故か一瞬困ったような顔をされましたけど、すぐまた笑顔に戻って泉ちゃんは私の名を尋ねてくれました。にっこりと柔らかな微笑があんまり可愛くて、何故か頬が赤くなってしまいます。

「ま、マリーンです。」

それでもなんとか自分の名前を口にすると、一瞬驚いた様に首を傾げてから、泉ちゃんは

「スコーピオンらしくないけど良い名前だね。」

とまた、柔らかく微笑んだのです。あ・・・やっぱり私をスコーピオンだと思っているのですね。だから助けてくれたのでしょうか。

「でも驚いたな、僕以外にもスコーピオンが来ていたなんて。君は、阿修羅のものじゃないよね?どこの藩所属なの『白霧』?『紅玉』?」

は・・・・はい?
私の返事の待たずして、泉ちゃんはどんどん話を進めて行きます。
ああ、流されて行っているような。藩?朧??急に訳の解らない単語を連発しないで下さい〜っ!

「えっと・・・・阿修羅ってなんですか?」

無難そうなものを尋ねてみると、泉ちゃんが大きく瞳を見開きました。
うっ、さっそく爆弾発言だったみたいです。

「阿修羅藩を知らないの・・・?今のスコーピオンを率いる藩なのに・・・?」

訳解りませんーっ!!

「ご、ごめんなさい、知らないですー。」
「変わった子だね。『阿修羅藩』は、さっきも言ったけど、今スコーピオンの棟梁となっているんだ。最も強いスコーピオンがいるからね。」
「最も強いスコーピオン・・・・・?」
「・・・本当に何も知らないんだね?・・・紅尾のスコーピオン『朧(おぼろ)』の名前ぐらいは聞いた事あるだろ?」

いえ、全然聞いた事ありませんがとはさすがに言えなくて、私はぎこちなく頷くしかありません。

「え、えと、泉ちゃんは、どうしてこの集落に?」

思わず話題をそらしてしまってから、私は少し後悔しました。
スコーピオンでないと言う機会を逃してしまいました。
助けて頂いたのに嘘を吐くのは心苦しいです。

「・・・・明日、兄上たちがこの町を制圧しに来るんだ。」

・・・・・・・・え?
罪悪感に囚われていた私は、泉ちゃんの台詞を理解するのに、数秒要してしまいました。

え・・・・えええええっ!?

せ、制圧ってっ!攻めてくるって事ですかっ!?そんな、そんな一大事をケロっと出会ったばかりの人に言ってしまって良いんですか、泉ちゃん。内心大慌てだけれど、
ぐっと唇を噛み締める泉ちゃんの姿は、口惜しさを訴えている様で、

「どうして、そんな悲しそうな顔をするのですか?」

私は思わず訪ねてしまいました。
リトは、スコーピオンを人間の天敵だと言っていたのです。だから私を見る人の目は、嫌悪と畏怖に塗り固められていて、それ故『スコーピオン』とは残忍な・・・少なくとも人に対しては無慈悲な生き物だと思っていたのに・・・。

「・・・・・友達が・・・いるんだ。」

私から瞳を逸らし、恥じ入る様に小さな声呟かれたその台詞は、
一瞬聞き間違いかとすら思いました。

「・・・・・お、おかしいだろ?解ってる!解ってるよっ!でも仕方ないだろ!?嫌なんだよ・・・死んじゃうかもしれないって知った時、どうしても嫌だって思っちゃったんだ。」

自らを責める様に感情を吐露してから、深く溜息を吐き項垂れる泉ちゃん。あ、私の驚愕を別の意味に取ったのかもしれません。

「ち、違いますっ!!」

慌てて私は泉ちゃんの視界に回りこみ、ぐっとその両手を握り締めました。

「むしろ、とてもっ・・・とても素敵な事ですっ!!」

だって、スコーピオンに、人に対する仁の心があるなら、逆だってきっと在りえる訳で。
泣きそうなな泉ちゃんの瞳を見ていると、ちくちくと心が痛くて。ああ・・・でもそれはこんなにも暖かい。

「私も、協力しますっ!!そのお友達を・・・この村を助けましょうっ!」
「・・・・・」

信じがたいものを見るような眼差しで、泉ちゃんは私を見つめました。

「・・・・ありがとう。」

そしてふっと、瞳を細めて綺麗な笑顔をくれて。だけど先ほどとは打って儚く浮かべられたそれに、私は、いけない事を言ってしまったような気になりました。

――――――――――ふわり

「ひゃ・・・・?」

理由を聞こうとした瞬間、視界が急に暗くなり、私は手探りで頭から被せられたらしい布を退かしました。これは・・・泉ちゃんのローブ・・・?

「君は隠れるのが下手なみたいだからね。それを被ってると良いよ。」

笑顔のままそう告げると踵を返す泉ちゃん。

「ま、待ってください何処にっ!?」
「・・・・気をつけなよっ!」

だけど、私の質問とは全く違う返事をして、泉ちゃんは走り出してしまいます。
お・・・追いかけなくては。だけど、駆け出そうとした途端、突如耳に轟いたのは蹄の音。
反射的に一歩後退した私の目の前に土煙と嘶き一声、白い獣が滑り止りました。
う・・・・こ、この記憶に新しい白馬は・・・・。

恐る恐る顔を上げると、見事に馬上の人と視線がかち合ってしまいました。
一瞬だけ驚きを映した深海の瞳は、直にこの上なく不機嫌に細められて。

「り・・・・リト・・・・・。」
「スコーピオンを見つけたと報告を受けて来てみれば・・・・。まさかお前とはな。」
「うっ・・・・。」

いえ、その方たちが見たのは多分泉ちゃんなのだと思いますが・・・・。
どう切り出して良いのか解らず、私が唸っていると今度は何重にも重なった蹄の音がリトの背後から聞こえてきました。馬の嘶きに混ざり、リトを呼ぶ声も聞こえます。部下の方たちでしょう。ああ、どうしましょう、見つかってしまいます。

「ど、どうしましょう見つかりうぁっ!?」

き、奇妙な声をあげてしまいました。だってリトが私を急に引き上げたのです。
もう、泉ちゃんと良いリトといい、何かするなら先に予告ぐらいして下さいっ!!

「ぼけっとするな。さっさと変身しろ。」

襲歩で迫る馬たちから私を隠す様にリトが言いました。あ、なるほど。隠れろと言う事ですね。私は頷くとすぐさま蛇の姿になりリトのポケットに潜り込みました。・・・慣れるとこれって便利かもしれません。

願わくば、あまり怒られませんように。
心底祈願しながら、私は一旦宿屋に強制送還されるのでした。






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