再生


 聖夜が特別だと感じるのは、天使が神の御使いだから。
 そんな理屈で感情を納得させるのはもう無理だ。
 黙したまま苦笑を浮かべるウリエルの隣には、疲れ果てて眠る少女が居た。窓の外は仄かに明るい。朝から降り止まぬ雪の所為だ。
 『力の互換』を済ませた彼女には、名残が鮮やかに残されている。愛らしい唇がたどたどしく名を呼び、裁きの大天使から赦しを得ようとしていたのは数十分ほど前のこと。重ねた肌から熱は去りかけていたが、乱れた姿は生々しい女のものだ。
 一度ならず二度、三度と及んだ行為を、儀式と呼ぶにはあまりに情熱的だった。
 半天使の血を完全な天界の住人のものにする目的など、どうでも良かった。彼女のすべてをウリエルで満たすこと、それだけしか頭になかった。

 ―――別に、此処までするつもりじゃなかったんだけど…ね。

『あ、あのっ、思うんですけどやっぱり先にミカエル様に渡し…っ』
 生まれて初めての状況に恥じらっての言葉か、本心からそう思ってのことかは分からない。
 ウリエルの寝室に運ばれてもなお、彼女がウリエルに逢う直前に託された書類のことなど気にしなければ、ウリエル以外の男の名など口にしなければ、きっともっと優しく出来た。
 ミカエルに渡される筈だった紙束は解けてばらばらになり、少女から剥ぎ取った着衣とともにベッドの下に打ち捨てられていた。
 書類はミカエルに渡す。ただし明日だ。それが朝になるか昼になるかは彼女次第だが、何しろ鈍感で生真面目な性分だ。やがて夜が明け、少女は目覚める。意識がはっきりするのに多少時間が掛かるかもしれない。寝惚け眼のままで、きっと彼女はおはようの前にそうだ書類届けなくちゃ、と言うだろう。たとえ無自覚でも、無神経な恋人を見逃してやれるほど、ウリエルは寛容ではない。
「いっそこのまま暮らしてみる? 君、どうも心配だし」
 くすくす笑いながら、緩やかに波打つ金の髪に指を絡める。見れば見るほど堕天使アクラシエルに瓜二つの娘だ―――だが中身は違う。少女がかの母に輪を掛けて強情で、お人好しで、鈍いうえに騒がしいことを、ウリエルはこの一ヶ月足らずで嫌と言うほど思い知らされている。
 力ある四大天使の一人であり、天界で一、二を争うほどの美貌の持ち主でありながら、徹底的に他者との関わりを排除して来た。そのウリエルがたった一人の少女に気を揉んでいたことなど、当人は知る由もない。
 髪を伝い下りていた指が、ふと背に触れた。汗はもう引いているが、鬱血痕は此処にも幾つか付いている。背後から愛した時だろうか。はっきり覚えていない。
 午前0時まであと少し。
 もうすぐ少女は翼を手に入れる。ウリエルの腕の中で天使が生まれる。
 このほっそりした背に奇跡が起きるのだ。それがウリエルと生きるためであることが嬉しい。そう思うと指で触れているだけでは物足りなくなり、白い背肌に唇を落とした。せめてこれ以上痛々しい痕跡を増やさぬよう、そっと。


END